三十九話 過去

 アレフは急いで今来た魔法陣へ入ろうとした、が、魔法陣は光を失っており作動する様子を見せない。


「クソ! 何でだよ! は、早く戻らないと! ルディアが!」


「無理よ。その魔法陣はもう使えないわ。あっち側の魔法陣が壊されちゃったんでしょうね」


「そんな! なんとかならないのか?」


 焦る様子を隠さずに、天の声に向かって叫ぶアレフ。対して天の声はいつもと変わらない声色で言葉を返してきた。


「何ともならないから、無理・・って言ったのよ」


「あのままじゃルディアが! ルディアが死んでしまう!」


 ルディアの周りに発現した魔法陣、あれはルディアの者だった。その数は三個ではなく、もっと多かった。つまりルディアは禁忌を破って多重召喚を行った、ということ。アレフは下手をしたらルディアの命が危ない、と思って焦っていたのだった。


「そ、そうだ! 第六階層へ行って!」


 と、アレフは別の魔法陣へ向かおうとする。が、すぐにその足を止めて、頭を抱えてしまった。


「ダメだ! それじゃ間に合わない! どうすれば……」


 どんなに急いでも、小一時間はかかる。どう考えても間に合うはずがない。アレフは焦り、頭を抱えたまま右往左往している。


「ねぇ、ひとついいかしら?」


「なんだ?」


「あなたを呼べ、とうるさいのよ」


「呼べ? 誰がだ? 今、この時にか! ルディアが死ぬかもしれないって、今、この時に?」


 アレフは苛立ちを隠すことなく、その声にそう尋ねた。すると、含みがあるような言い方でアレフにこう答えを述べる。


「大丈夫。あの子は死ぬこと・・・・は無いわ。そう、死ぬこと・・・・はね」


「どういうことだ? 何を知っている?」


「私には答えることを許されてないのよ。最下層・・・への魔法陣よ。行けばわかるわ。全てを知ってきなさい」


 そして、アレフの目の前に今まで無かった魔法陣が展開された。

 今まで何度もその回答をアレフは聞いてきた。だからこそ、これ以上問い詰めても時間の無駄だとも知っている。

 アレフはそれ以上は何も語らず目の前に現れた魔法陣の中に足を踏み入れたのだった。


 いつもの光が晴れると、そこは見覚えのある場所のようだった。


「ここは……闘技場の地下か? いや、似ているが違う場所だ。闘技場の方が少しだけ古そうだな」


 アレフは壁を少し触って感触を確かめた。材質や作りは似ているが、いつもの魔法陣がある部屋の壁よりも古い感触があった。

 アレフは一歩ずつ階段を登り、扉を開けて外に出ると目に飛びこんできた光景に感嘆の声上げた。


「これは驚いた……バレンシアにそっくりだ」


 バレンシアでは無いことは勿論わかるが、街並みはバレンシアにそっくりだった。ただ、見上げると空はなく、薄暗い地下であることがわかる。

 どの建物は朽ちておらず、ここに住んでいる者たちがいるということも一目でわかった。

 広さとしてはバレンシアの十分の一、くらいであろうか。


「行けばわかる、か……ここの何処に行けばわかるのか。広さはバレンシアほどではなさそうだが、決して狭くないが……」


「待っていたぞ。付いてこい」


 辺りを見渡しながら呟いていたアレフの耳に、男の声が飛びこんできた。ふと、アレフが声のした方を見ると、路地の影から一人、アレフをじっと見ている人影があった。路地は薄暗く、フードを被っており顔は見えないが、アレフは付いていくことしか出来ないので、その声に従った。

 男は何も語らずにアレフの前を行く。アレフも何も話しかけずに淡々と、その男の後を付いて歩いてた。

 数分後、男は一つの建物の前で立ち止まり、扉を開けた。


「入れ」


 アレフは促されるままにその建物の中に入ったのだった。

 中はさほど広くなく、一つだけ置かれたロッキングチェアにフードを被った人間が座り、椅子を揺すっていた。

 アレフが中に入ると扉がパタリ、と閉じられて、中にはアレフとその人物だけが残される。


「来たか」


 だいぶ年齢を重ねているように感じる男性の声であった。ロッキングチェアに座ったまま、立とうとすらしない。


「俺に何の用だ? そしてここは何なんだ?」


「地上のバレンシア。あそこや闘技場、そして地下深く潜ることの出来るダンジョンは我が先祖が住んでいた場所だ。ここはそこの最深部。野蛮な者共に侵略され、我が先祖は地下深くに逃げこんだのだ」


 そしてロッキングチェアに座ったまま、フードをバサりと取って顔を現す。


「黒い髪……」


 その人物の顔にはしわが多く、手は痩せこけていた。老年の男性であり、髪は白髪は混じっているが、アレフの言う通りルディアと同じく黒い髪であった。


「黒い髪は特別な民の証。我が先祖は数千年前、バレンシアを中心に世界を治めていた。だが、数千年前、野蛮な者共によって、バレンシアを奪われたのだ」


「世界を? この世界にはバレンシア以外は砂漠しかないんじゃないのか? どこまで行っても何も無い砂漠だ、としか聞いた事がないぞ?」


 実際にバレンシア以外から来たものなどいないし、バレンシア以外へ行ったものなどいなかった。しかし、老人の答えは違った。


「それは違う。砂漠に張られた結界により、今は出入りが出来ないが、砂漠にはオアシスもある。砂漠の外には森や山、他の国もあるはずだ。数千年前の通りであればな……」


「マジかよ……」


「そして白髪のお前。我が先祖はお前らの主である。白髪の人間は我らの先祖が戦奴として扱ってきてやったのだ。だが、お前らが弱かったせいで、我がバレンシアは野蛮な者に侵略され、結果数千年もの間、この地に隠れることとなってしまった」


「黒い髪? じゃあルディアも?」


 アレフがそう尋ねると、老人はチラリと横に置いてある水晶玉のようなものに視線を送ってからアレフの問いに答えだした。


「ずっと見ていたぞ。あの女のことだな? 確かに我らが血を引いているのだろう。我が先祖の中には野蛮な者共の手に落ち、地上に残った者もいると聞く」


「じゃあ、多重召喚をしても死なない、と言っていたのも? それが理由なのか?」


「元々召喚士の指輪は我が先祖は作った物だ。我らが使えば命まで失うことはない。それをお前らにも使わせられるようにしてやったまでのこと。だから我ら以外が多重召喚をすると死に至る」


「じゃ、じゃあ! ルディアは無事なのか!」


はな。我らとて、何も影響が無い訳では無い」


 老人はそこまで語るとゆっくりとロッキングチェアから降りて、アレフの前に立ち、こう言い放つ。


「だが、地上に残った者の末裔であるそんな女のことはどうでもいい。お前をここに呼ばせたのには理由がある。お前には力がある。我がバレンシアを取り戻すことが出来るであろう。野蛮な者共を滅ぼせ。根絶やしにしろ。そうすれば、お前ら白髪の戦奴共が弱かったせいで我らが追いやられたことは赦してやろう」


「な、なんだと? 何を言っている!」


 一方的な物言いにアレフは抗議の声を上げる。が、その老人はアレフのことを蔑むように言葉を紡いだ。


「力はあっても脳はないのか? それとも耳が遠いのか? 地上の者共を滅ぼしてこい、そう言ったんだ」


「な、なにを馬鹿なことを!」


「口答えする気か? まあいい、用は済んだ。あとはお前次第だ。去れ」


 すると急にアレフの足下に魔法陣が展開し、アレフを光で包み込んでしまった。


「クソッ! ふざけるな!」


 アレフが上げた怒号は光と共に消えていったのだった。

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