十三話 無かったこと

「あれ? 滝の外に転移されるのね?」


 ルディアは辺りをキョロキョロと見回していた。


「あ……言ってなかったな……」


 特に問われなかった為、言い忘れていたことをアレフは思い出した。


「そう言えば滝の中だったらびしょ濡れだったじゃない! 着替えも持って来てないって言ったじゃない!」


「あ、そう言えば……ごめん」


 少し肩を落とし謝るアレフにルディアもバツが悪そうになった。


「別に謝って欲しいわけじゃなかったんだけど……」


 二人の間に一瞬の沈黙の時が流れたあと、アレフはルディアに問いかけた。


「で、これからどうする?」


「とりあえず帰らないとね」


 ルディアはさも当然かのように答え歩き出した。今の時間を考えれば確かに当然のことだ。

 アレフは一緒に横を歩きながら、先程の質問の言い方を変えて再度問いかけた。


「いや、そうじゃなくて進化をさせるのかって思ってさ」


 ルディアは目線を変えずに前を見据えて足を止めることなく答えた。


「いや……あたしは今のままでいいわ……進化はさせない。召喚石で召喚出来る使い魔と合成を組み合わせて上を目指すわ」


 そう答えたルディアにアレフは疑問を示す。


「進化の方が強くなるって言ってたけど?」

「そうね。でも、多分無理だわ……進化の条件が曖昧すぎるもの……」


 そう言ってルディアは何度か軽く首を横に振った。


「どういうこと?」


「正直ね、ロックゴーレムは結構頼ってたし進化出来るんじゃないかな? とは思ってたけどダメだったのよ。接し方を変えなさいってことでしょ? そもそも論なのよ」


 そう言ってルディアは肩をすっと竦めた。


「まぁそうかもね……」


 その後、ルディアは顔の前で人差し指を立てて、ブンブンと上下に指を振った。


「あと、アレフもディルオブスタンの進化条件のこと聞いてたじゃない? その進化条件……あれって多分使い魔ごとに違うんじゃない? だってトイハウンドが魔物倒してるとは思えないもの……」


 アレフは腕を組んで何かを思い出すように首を捻りながら答えた。


「確かに。餌がどうとか言ってたから色々食べさせてたのも関係あるのかもなぁ……」


 その言葉にルディアは腕を組んで大きく頷いた。


「やっぱり。だからこそあたしには無理ね。と言うかアレフにしか無理かも……そんな不確定要素が高すぎることなんて出来ないわ」


「でも、召喚石だって確実じゃないだろ? 何出るかわからないんだから」


 アレフの問いにルディアは肩を竦めて答えた。


「そうね……今となってはね。進化や合成のことを知った今ならそうかもしれない。けど、知らなかったら強い使い魔を引き当てるしかないのよ。だから合成が出来るだけで他の召喚士よりもかなり有利になるわ。あたしには今はそこまでで充分。その為に命懸けで遺跡ダンジョンに潜るのは割に合わないわ。まぁアレフは下を目指すのが目的だから、ついでくらいのイメージなんだろうけどね」


 そう、アレフとルディアは根本的な考え方、目的が違う。アレフは遺跡ダンジョンの地下を目指し、ルディアはお金を稼ぐ為に召喚士をしているのだ。と言うよりもアレフ以外はである。

 アレフが召喚士として上のランクを目指しているのには理由がある。五階層にいるボスの部屋にはD以上でないと入室出来ない。最低限そこにはならないと駄目なのだ。


「まぁそう言われちゃうとなぁ……無理に進化させる必要もないのか」


 そんな話をしていると、街への魔法陣が見えてきた。


「じゃ、帰りましょうか。あたしは合成を活用して上に行く。アレフは進化もしっかり活用しなさいね」


 そう言って魔法陣に入ったルディアをアレフは追って街へと帰ったのだった。


 アレフが街に戻る扉を開けると目の前に立ち止まっているルディアにドンっとぶつかった。


「っとルディアどうした?」


 ふとルディアの視線の先を見ると、カイトと他二人がキッとこちらを睨み付けて立っていた。


「フンッ、カイト様からノコノコ逃げといてやっと帰ってきやがったな、無能野郎め」


 向かって右にいる緑色の髪をした少年に続けて、左の青い色の髪をした少女が言葉を放った。


「ホントに! カイト様に勝てる訳がないじゃない! バカは死ねばいいのよ!」


 緑色の髪をした少年はギルバート、青い髪をした少女はエレンという名である。ちなみに、三人の後ろに黄色の髪を持った小さな小太りの少年も、何も言わずにこちらを偉そうに見ていた。その少年の名はレイモンドと言う。この三人はいわゆるカイトの取り巻きとしてよくつるんでいるのだ。


「何言ってるのよ! アレフが勝ったわよ?」


 怒りで少しルディアは肩を震わせながら怒鳴った。

 しかし、どこ吹く風と言ったようにカイトは挑発的な顔で肩を竦めた。


「何言ってんだ? 俺が現地に行った時には誰もいなかったじゃないか?」


 カイトは誰も見ていないことを幸いと、アレフたちが居なかったと言い張ったのだ。

 その言葉にさらに怒りをましたルディアは静かに言い放った。


「ふざけないでよ……」


 そんなルディアの怒りも意に介さず、カイトはにやにやと嫌味ったらしく笑みを浮かべていた。


「ふざけてなんかないさ? 証拠でもあるのか?・・・・・・・・・


「クッ!」


 確かにカイトの言う通り目撃者などいない。そこを逆手にとって自分が負けたことなど無かったことにしようという訳だった。


 アレフは確かにあの時は頭に来たが、既に時間が経っており冷静になっているので、もう謝罪など求めて無かった。と言うよりカイトが謝罪をするなど有り得ない。元々嫌な奴ではある印象は持っていたが、殆どの人間もアレフにとっては同じようなものだった、カイトはそれに毛が生えたようなものだった。

 だから、今は正直ルディアには悪いが正直どうでもいいと思うようになっていた。


「ルディアがこいつの肩を持ってるのはこの際どうでもいい。俺はこいつと模擬戦なんかしていない。こいつは逃げて訓練場にはいなかった・・・・・。そういうことだ。だから俺の不戦勝だな」


 アレフを顎で指すカイトに対して、もはやカイトと関わることがバカバカしくなってきたアレフはため息混じりにボソッと呟く。


「無かったことにするどころか、勝ったことにするなんてとんだお笑い種だな……」


 そのアレフの呟きに怒りの形相でカイトが噛みついてきた。


「はぁ? なんか言ったか? お前に何か言う権利なんかねぇよ」


 アレフは少し小馬鹿にしたような仕草で言葉を吐いた。


「それは申し訳なかったな……じゃあどうすんだ? 今度こそ・・・・・模擬戦で決着つけるか?」


 ギリギリと歯ぎしりをしながらカイトがアレフを睨みつけてくる。が、次の瞬間、なにか思いついたようにニヤリと笑みを浮かべたカイトがアレフに答えた。


「決着だと……じゃあ一週間後にバトルで勝負してやるよ」


「いや、無理だろ? 俺はまだFだぞ? お前とはバトルでは戦えない」


 模擬戦なら当事者同士の闘いなのでランクは関係ないが、バトルとなると観客の問題もあるのでランクが違う者との闘いはほぼ無い。上位になればそのような対戦も観客が入るので行われるが、Fではそのようなバトルは無いのである。

 カイトはEなのでバトルで戦うことは出来ない。


「闘うのは俺じゃない。こいつだよ。こいつがお前のことを公開処刑してやるよ」


 そう言ったカイトは半身をずらし、レイモンドの姿をアレフに見せながら言い放つ。レイモンドがカイトの後ろに隠れるようにしながらも、胸を仰け反って偉そうにアレフを見ている。


「いや、確かにそいつなら同じFだけども……お前、それでいいのか?」


 アレフがレイモンドに問いかけるとカイトの後ろに隠れるようにしたまま大きな声でアレフに答えた。


「フ、フンッ! お、お前なんかカイト様が相手するまでもない! お、俺がぶちのめしてやるよぉ!」


 レイモンドはカイトとよく一緒にいるメンバーの中でも一番の臆病者なのか、常に誰かの後ろにいるような位置にいる。まあ、態度だけは他の者と同じように大きいのだが……


「あなたはいいの? 負けっぱなしで悔しくないの?」


 ルディアが見かねてカイトに尋ねる。が、カイトは肩を竦めて首を何度も横に振った。


「何を言ってるかよくわからないなぁ? 負けたのはこの無能野郎の方だろぉ? 逃げるくらいだから優しい俺様がチャンスをあげてるんじゃねぇか? まあ、俺様が相手するまでもないからこいつに相手をさせてやるんだけどなぁ」


 カイトはそう言ってにやにやしながら、レイモンドの頭をポンポンと叩いていた。

 アレフはその様子を見て何を企んでいるのかわからないが、少しは警戒した方が良さそうだと思った。

 恐らく皆の前で恥はかきたくないが、このまま引き下がるのも癪に障る。だからレイモンドを言いくるめてアレフと闘わせようという魂胆なんだろう。

 レイモンドが勝てばそれでよし、負けても自分は痛くも痒くもない。カイトらしいと言えばカイトらしいとアレフは思った。


「まあ、良いだろう……じゃあレイモンド、一週間後にバトルだ。エントリーを忘れるなよ?」


「フ、フンッ! お前こそ」


 バトルは観客の都合上、事前のエントリー必要なのである。希望する対戦相手がいる場合はそれも必須事項となる。五日前までにエントリーを行い、三日前に闘技場前の掲示板に貼り出される。それを見て観戦するバトルを決めたり賭けを行うのである。


「じゃあ決まったところで今日はここまでにしてやる

 覚悟しておけよ!」


 カイトはそう捨て台詞を残して去っていったのだった。

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