三十一話 戻れない理由
アレフが扉を出るとそこは七階層の村と同じような荒れ果てた村であった。ここも建物は十棟あまり、その内でいくつかまだ使える家の中の一つをカールが使っていたのだろう。
「ほら、あれが見えるだろ?」
そう言ってカールが指を差した先にはポツンと岩があるのが見える。
「ああ、見えるけど。あの岩がなにか?」
「まあとりあえずあそこまで行こう。その間に歩きながら話してやる」
そう言って歩き出したカールの横をアレフは並んで歩き出した。
「まずあの岩……あそこがこの島の中心だ。で、この島はぐるりと水に囲まれている」
そう言われたアレフはぐるりと周囲を見渡した。
しかし、この場所から水が見えるということは無かった。と言うよりも殆ど何も見えなかった。見渡す限りほぼ地平線だったのである。
「何も見えないだろ? そう、何も見えないんだ。島の端っこまで行っても何も見えない。辺りは水しかない。まるでバレンシアの周りが砂で囲まれているようにな」
アレフはその言葉になるほどと思った。確かにバレンシアの周りはどこまで行っても砂漠である。それと似たような光景を容易に想像出来た。
「本当に周りには水しかないの?」
そう尋ねるアレフに対してカールは肩を竦めた。
「さあ、わからんな。何も見えないし、道具もない中で泳いで行ってみようなんて考えられん。魔物も出るし自殺行為だろ。先でもわかればいいんだが……」
その言葉にアレフの脳裏にある考えが浮かんだ。ベンヌである。ベンヌに上空から島がないか確かめて貰えば良いと思ったのである。もし、カールの言う通りこの階層にはたった一つの島があるだけなら、ここが最下層ということになってしまう。
ただアレフにはそう考えられなかった。あの部屋の魔法陣は三個ではなく六個あったはずだからだ。
「俺にいい考えがある。ベンヌに上空から見てもらおう」
そう言ったアレフにカールは視線を送った。
「ほう、ベンヌか。それは良いな。召喚士の指輪も三つもある。他にも良い使い魔に恵まれたんだろうな……」
その言葉にアレフは力強く頷いて応えた。それから左手を天に掲げた。
「さ、ベンヌ。頼むぞ」
現れたベンヌはキュォォォイと一つ鳴き声を上げて遥か上空へと飛び立っていく。
「すげぇな……」
カールは既に見えなくなるほどの高さまで舞い上がったベンヌを見つめてそう呟いた。
「ちなみにアレフ。お前他の使い魔で鉱石系のゴーレムがいたりしないか?」
鉱石系のゴーレムとはエメラルドゴーレムやルビーゴーレムなどである。ゴーレムの中でも最上級である
「え、いないけど?」
そう返したアレフの言葉にカールは肩を落とした。
「だよなあ……そう都合よくはいかないか」
ぽそりと呟いたカールの言葉には明らかに残念そうな色が見えた。
「ってなんでそれを聞くのか教えてくれない?」
最初の目的だった岩まで辿り着き、立ち止まったカールに対してアレフが尋ねると、カールはその岩に手を当ててこう答えた。
「いやな……鉱石系のゴーレムくらいしかこの岩動かせないだろ?」
カールの目的は岩を動かす事のようだった。どうしてまた……とアレフの不思議そうな表情がカールに伝わったのだろう。カールは岩を見つめ続けたのだった。
「なんでこの岩を動かしたいって思うのかって表情してるな? お前もあの部屋に行ったんだったら多分わかるだろ? あの滝の中の魔法陣から転移するが、戻ってくる時は同じ場所に戻されない。少し離れた場所に戻される。違うか?」
そう言ってカールはアレフに視線を送った。カールの言う通り滝の中に戻されず、滝の外に戻されるのだ。アレフは確かにその通りだと頷いた。
「だろ? ここも恐らくそうなんだ……この島には魔法陣は一つしか確認出来てない。キングバジリスクの居る部屋に行ける魔法陣だ。あの部屋に戻る魔法陣は確認出来てない。この岩の下を除いて、な。転移して来たのはこの岩の横だ。この岩の下にある可能性は高いと思ってる」
再度、岩に視線を戻してじっと見つめ続けたカールは、ふぅとため息を吐いてからアレフを見つめ直した。
「まあ、いないなら仕方ない。これでわかっただろ? お前はともかくキングバジリスクを倒して戻ってくれ。今度は毒にやられないように気をつけろよ。最悪、ダメそうだったらこっちに戻ってくればウンディーネが治してやる。戻れたら母さんに無事なことを伝えてくれ。それと出来ればたまには会いに来てくれると嬉しい」
少し哀愁の漂う表情でそう語るカールをじっと見つめたアレフはふと視線外してから岩に近づき手を置いた。
先日戦ったアーマードゴーレムを凌ぐサイズの見上げる程の岩である。確かに力に優れる鉱石系のゴーレムなら動かせるかもしれない。
しかし、鉱石系のゴーレム
「父さん。まだ諦めるのは早いかもよ」
そう言ったアレフはガシリと両手で岩を抱え込み力を込める。
すぐさま、ギシリ……ギシリ……と音を立てて動くはずが無いべき岩が少しずつ浮かび上がる。
「と、と、とうさん……ど、どう……ま、魔法陣はある……」
アレフがカールに尋ねると、眼前に繰り広げられている有り得ない光景に、少し放心状態になったカールが我に返る。
「あ、ああ……えっと。あ、ある!」
カールがかがみこんで岩の下を覗くと、そこには念願の魔法陣があったようだった。
「うし……じゃ、じゃあ……ウォォリャァァァア!」
アレフは大きな掛け声と共に岩を放り投げ飛ばした。
ドズゥゥゥゥン!
大きな音を立てて地面を揺らした岩はさほど離れていない場所へと降り立った。
「これで帰れるよ?」
アレフに微笑みかけられたカールは少し引き攣った笑みで返した。
「あ、ああ。それにしても、アレフ。お前凄いな……って凄いレベルじゃねぇな。本当に人間か……?」
未だに今の出来事が信じられないと言う表情のカールがなんとか言葉を絞り出す。
と、その時キュォォォイと鳴き声をあげてベンヌが帰って来たのだった。
「ベンヌ、お帰り! どうだった? 島はあったか?」
帰ってきたばかりのベンヌにアレフが尋ねると、ベンヌは首を大きく伸ばしてキュォォォイと鳴いた。肯定の意思を示したようだった。
「よし、でかしたベンヌ。じゃあ父さん、早速戻ろう」
とアレフは現れたばかりの魔法陣に足を踏み入れたのだった。
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