二十九話 キングバジリスク
「うーん」
アレフはゴソゴソと寝袋から出て一つ大きな伸びをした。ふと横を見るとフューネルが丸まってまだ寝ている。周囲の気配に敏感なフューネルには自身が寝ている間の番を任せてある。そのフューネルが寝ているという事は危険は無いということだった。
アレフが七階層の村に泊まり込んで探索を開始してから五日目の朝を迎えた。
初日は村周辺を中心に、二日目は七階層全体、三日目は八階層と順に探索を進めたアレフは四日目の夜は村に戻らず、十階層で野宿をして今朝を迎えたのだ。
大体一つの階層を抜けるのに二~三時間かかる為、村から十階層まで大体六時間以上はかかる。往復だとその倍で半日以上かかってしまう。だから十階層にたどり着き、ある程度の目星を付けたところで適度な岩陰を見つけそのまま野宿に切り替えたのだ。
今日の目標は十一階層……一~五階層が森、六階層から岩山だったので、十一階層からはまた違った状況になるだろう。
それに、五階層にはボスがいたので十階層にはボスがいる可能性がある。どんな相手かはわからないが、気を引き締めなければならない。
ただ、今の魔物強さは現状、アレフ達にとって六階層から先……辿り着いた事のある九階層までである。が、手こずるような魔物はいなかった。
魔物の強さの難易度としては五階層までと同じように感じた。
六階層からグッと魔物強くなったような気はしなかった。それどころか余裕も生じる状況が多かったのだ。
これはアレフにとって嬉しい誤算ではあった。
……まあ、ミノタウロスを倒しすぎて、想定よりも強くなりすぎてしまっていたのはアレフは知るよしもないのだが……
「取り敢えず朝飯を食ってからだな。
付近の岩の上に立ったアレフがじっと見つめる先には、昨日確認した転移の魔法陣がある。ここから五分とかからない場所だ。そう、十一階層へ……もしくはボスの待つ部屋への転移が出来るであろう魔法陣である。
昨日はその場所を確認できた為、付近で野営を行ったのだ。
「鬼が出るか蛇が出るか。入ってみてのお楽しみだな……」
そう呟いたアレフは岩からひょいと飛び降りたのだった。間もなく踏み入れる魔法陣の先への準備を少しでも整える為に。
「ボスか……」
転移を終えたアレフは周囲をぐるりと見渡してそう呟いた。
ミノタウロスのいた部屋と全く一緒の構造。つまり
既に覚悟の決まっているアレフが躊躇うことなく魔法陣の外へと一歩を踏み出すと、ミノタウロスの時と同じように部屋の中心に鎮座する魔法陣から黒い光が立ち上る。その後現れたのは巨躯を誇る紫色の蛇だった。
とぐろを巻いた胴体から立ち上った頭はエラを張っているかのように、少し膨らんでいる。
突き出した頭部に備わる口からは巨大な牙と共にチロチロと常に舌が出入りしていた。
巨大な牙からは液体が滴り落ち、地面からは紫色の妙な煙が舞い上がる。
「キングバジリスクか……」
ボスを一目みたアレフはそう呟いた。牙から滴り落ちる液体は恐らく猛毒なのだろう。それが既に特殊能力であると考えても間違いなさそうだ。
冷静に敵を分析するアレフに向かい、キングバジリスクがガバッと口を大きく空ける。
と、次の瞬間、アレフに向かってキングバジリスクの口から液体の塊が放たれた。
アレフは当然受けずにひょいと
立ち込める気色の悪い臭いにアレフは眉をしかめる。
回避するのはこの距離なら難しくない、至近距離だとわからないが、地面を溶かすほどの威力である。浴びたら終わりだ。かなり警戒する必要はある。
あと問題はこの匂いだ。正直かなりの吐き気をもよおす。あまり長時間戦いたくはない相手だ。
「さっさと倒さないとキツいな。しかも何度も戦いたくない相手だ……」
レアなアイテムを手に入れられてもミノタウロスのように何度も戦うのは御免こうむりたいと考えながら、アレフは早めに勝負を決めようと動いた。
アレフが駆け出すと同時に意図を察した使い魔達も一斉に動き出す。
キュォォォン!
アレフの頭上を低く舞っていたベンヌが一つ鳴き声をあげるとその体が光に包まれた次の瞬間、その体から無数の光り輝く羽根がキングバジリスクへと降り注いだ。
ズドドドォォォン!
勢い良く降り注いだ光の羽根たちが、あたりを大きな音と砂埃で包み込む。砂埃の向こうではキングバジリスクがドスーン、ドスーンとのたうち回る音が聞こえる。
キングバジリスクがのたうち回ることも、砂埃が舞い上がることに拍車をかけているようだった。
その隙にアレフとフューネルが止めを刺そうと素早く距離を詰める。
と、その砂埃の中からキングバジリスクの尻尾がヒュッと飛び出しフューネルに迫る。
すんでのところでフューネルがヒラリと躱すと、対象が無くなりキングバジリスク尻尾が彷徨う。するとその尻尾に向かいアレフが、両手で掲げたデュランを力いっぱい振り下ろした。
「うぉぉりゃぁぁ!」
ドスンと大きな音を立てて地面に食い込んだその刃は、音を立てることも無くキングバジリスクの尻尾を真っ二つにしていた。本体から離れた尻尾はまるで切られたことに気付かないかのごとくビクンビクンと動き回った。
逆にキングバジリスクの本体は、痛みと怒りで今まで以上に暴れ回り、切り口から飛び散る体液は辺りに酷い匂いをより充満させていった。
「クッ! 体液もヤバいのかよ! 一撃でケリをつけないと!」
予定外の出来事にアレフは少し焦りの色を浮かべる。牙から出る液体だけでなく、体液も毒性を持っているようだった。
砂埃の中のキングバジリスクを一撃で仕留めるのは骨が折れると、一旦距離を取って様子を伺うアレフに対して飛び散る体液を躱しつつ近くで伺い続けるフューネル、そして上空にはベンヌが待機する。
「最後は俺がやる。攪乱だけ頼むぞ……」
アレフは体液の影響も考え、直接攻撃を控えるように二体の使い魔にそう指示を出した。
低い唸り声を上げつつ応える二体の使い魔は一瞬早くベンヌが降下し、その後すぐにフューネルが飛びかかる。
それを合図にアレフも再度キングバジリスクとの距離を一気に詰めた。
うっすらとしていく砂埃の中にぼんやりと見えるキングバジリスクの体。その正面少し上空でベンヌがバサリと大きく羽ばたく。
ビュウゥゥという音と共に一気に視界が晴れてキングバジリスクの姿があらわになった。と、同時に頭部を目掛けてフューネルが大きく身体を広げて飛び掛る。
が、それは囮……キングバジリスクの視界をフューネルの身体で覆い隠したその背後、一気に距離を詰めたアレフがデュランを横一文字に薙ぎ払った。
ギシャァァァァ!
頭と胴を切り離されたキングバジリスクは、断末魔をあげるとすぐに白い靄のようなもので包まれていった。
「終わったな……」
そう呟いてじっと靄が無くなるのをアレフは待った。ミノタウロスの時と同じように何か手に入るのかと思ったのだ。
すると現れたのは一つの小瓶。中には透明な液体が入っている。
「小瓶? なんだこれは……」
拾いあげようとアレフがしゃがみこんだ瞬間、視界がぐにゃりと歪み、どさりと小瓶の横に倒れ込んでしまった。
「え……」
アレフは急に自身の身体に起こった異変に動揺する。視界が歪み、身体の自由も奪われてしまったようだった。何とか手を伸ばし小瓶を握るが起き上がることはできない。
「クッ! ど、どうした? ま、まさか……毒か!」
アレフは必死に思考し一つの考えが浮かんだ。それはキングバジリスクの体液だ。元々毒性が高そうな様子だった。浴びてはいないが、その匂いは嗅いだ。つまり少なからず吸い込んでいる。
それが身体の自由を奪ったのだとしたら……
「フューネル!」
長居はまずいと判断したアレフはフューネルに自分を転移の魔法陣まで連れて行くように指示を出す。
ズルズルっとアレフは魔法陣まで引きづられ、やっとの思いで辿り着く。
アレフは薄れゆく意識の傍らで魔法陣の起動を感じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます