第20話 お食事会

「宗一郎、澪ちゃんが迎えに来たわよ!」


 下の階から、母さんが呼ぶ声が聞こえる。


 欠伸を一つしてから学校用の鞄を拾い上げて階段を降りると、ビジネスカジュアルに着替え済の母さんと制服姿の澪が、居間で立ち話をしていた。


「おはよ、宗!」

「おはよ……」

「なに辛気臭い顔してんのよ?」

「この時間はまだ寝てる生活になじんじまってなあ」

「怠惰な奴め、天罰を与えよう。ビシ!」


 澪のカラテチョップをおでこに受けても、眠いものは眠い。

 昨夜は録画で撮りだめしていた深夜番組をまとめ見していて、結構な夜更かしをしたのだ。


「じゃあ、行ってきます!」

「気を付けてね、二人とも」

「へい……」


 二人とも朝から元気だ。 

 この世はやっぱり女性で回っているんじゃないかと内心思いながら、駅へと向かう。


 今日は夏休み中の登校日。

 休みのペースに体が慣れてしまっていてなかなか辛いが、澪に背中を押されながら、強い紫外線の中を歩いていく。


 電車でいくつか先の駅へ移動してから、緩やかな坂道を昇ると正門が見えてくる。

 そこをくぐって校庭の脇を進み、教室のある建屋の影に入ってほっと一息をつく。

 猛暑下とあって、ちょっと歩いただけでも、汗ダク状態だ。


 教室に着いて――

 なんだか違和感が。


 そこにいるクラスメイトの視線が、一か所に集中していた。


 その先には、椅子にどっしりと腰を下した真野と、そのすぐ脇に立って笑顔の梅宮さん。

 想像するに、梅宮さんの方が真野の席に赴いて、談笑しているのだろう。

 俺は入り口近くの机の上に鞄を置き、澪は頭を掻きながら前の方の席へ。


「おはよ、澪」

「おっす、美咲!」

「ああ、どうも」


 三人が挨拶を交わす様子に、クラスのあちこちでひそひそ話が始まる。


「あいつ、さっきも梅宮さんのこと呼び捨てだったよな?」

「何があったんだ一体?」

「畜生、俺もあんな風に喋ってみてえ~!」


 学園で一、二を争う美少女たちに気楽に声を掛ける真野が、かつてない注目を浴びている。


「なので今度は、ハードロックにも挑戦してみようと思うのだよ」

「そっかあ。真野君の声って力強いから、似合うと思うよ。楽しみ!」

「真野って、アニメ以外には世界を知らないと思ってたんだけどな」

「な、なにを、失礼な……!」


「おい、あれって、カラオケの話しか?」

「まじかよ。なんであの二人が?」


 三人の掛け合いを見た意外そうな皆の反応に、忍び笑いをしながら自分の椅子に座ると、梅宮さんが近寄ってきた。


「おはよう、匠君。今日の食事会、楽しみね」

「おはよ。俺、差し入れでサラミとソーセージ持って来たんだけど、みんな食べるかな?」

「なんか、お酒とかに合いそうね。うちのお父さん大好きだし」

「うん、いけると思うよ。塩っ辛いのとしゅわしゅわって、結構合うんだ」

「……匠君、なんだか自分で飲んだことがあるような話し方ね?」

 

 しまった、これ言ったらダメなやつだった。


 酔った大人達の横で興味本位で勝手にご相伴して、美味いなと思ったことがある。

 よくないんだろうなと思いながらも、その背徳感にぞくぞくしたものがあった。

 その時確か澪には、必死で止められていた気がするが、


 そんなやりとりの一部始終を、クラス中の目線が追う。

 そこにある世界を、モブ二人が支配する。


 長めのホームルームの後、担任からの注意事項を終えて、午前中の予定完了となった。

 

「じゃあ私、先に帰るから」

「ああ、またな」


 今夜は澪と一緒に鍋をつつく予定だが、そんなことは気取られないよう、通り一遍の挨拶を交わす。

 これから文芸部の顧問の先生主宰のお食事会なので、梅宮さんと一緒に部室へと向かう。


 扉を開いて中に入ると、すでに木下さんがいて、ビニール袋の中からベットボトルを取り出している最中だった。


「よう、来たかね」

「こんにちは、木下さん」

「どうもっす」

「君達すまないが、迫田先生のサポをお願いできないか? 職員室で宅配が届くのを待っておられると思うのだ」

「はい、分かりました」


 文芸部の部屋は管理棟の2階にあり、職員室はその下の階にある。

 お願いされた通り梅宮さんと一緒に向かうと、本や何かの書類が山積みの机が並んでいて、その1つの前に迫田先生が佇んでいた。


「迫田先生、こんにちは」


 梅宮さんが礼儀正しく挨拶をすると、


「あ、いらっしゃい。手伝いに来てくれたの?」

「はい」

「じゃあ、もうじき宅配が届くと思うから、ここで待っていてくれる?」

「分かりました」


 使われていない近くの椅子を引っ張ってきて腰を下すが、職員室のど真ん中はとても居心地が悪い。

 知らない人が見たら、呼び出しを受けて怒られている子供に見えるのでと思ってしまう。


「二人とも、部活の方はどう?」

「はい、楽しくやってます。みなさんと色んなお話もできますし」

「匠君は?」

「そっすね。楽しくやってますけど、女子ばかりなので落ち着きません」

「そうね、男子は君一人だけね。希望者はいるんだけど、中々木下のお眼にかなう人がいなくてね」

「……先生がOKすればいいんじゃないんですか?」

「私はお飾りみたいなものでね。実質の文芸部の女帝は、彼女なのよ」

 

 確かにその風格はあるよなと思いながら雑談続けていると、机の上の電話が鳴った。


「はい、こちら職員室です。――はい、分かりました。職員室へ通して下さい。守衛の所に、バイクが来たようです」


 職員室の前の廊下で待っていると、配達員の二人が、大きな袋を携えてやって来た。

 俺と梅宮さんでそれを受け取ってから、三人で文芸部の部室へ。

 

 香ばしい匂いが鼻をつき、腹の虫が目を覚ます。


 部室には他のメンバーが集まっており、ペットボトルに紙コップ、紙皿に割り箸が並べられていた。

 運んできた袋から、ピザに唐揚げにフライドポテトにサラダ…… 女子高校生には多過ぎるのではないかと思ってしまう量の料理を取り出し、テーブルの上に並べていく。


 一通り準備が終って、


「では、迫田先生から一言お願いします」

「えー、では、みなさん――」


 先生の簡単な挨拶の後に乾杯が行われ、立食形式のお食事会が始まった。


「そこのクレープが美味しかったのよ。イチゴ味の」

「あ、知ってる。この前新しくできたやつでしょ?」

「そうそう。早速インスタに上げちゃったんだ」

「へえー、見せてよお」


 普段は本や小説の話題が多いが、今日はそれだけではなく、夏休みにどこへ行ったとかの話しに花が咲いている。


「ところで、梅宮はどっか行ったの?」


 木下さんの突っ込みに、


「えっと、ほとんど家にいたからなあ…… あ、カラオケ行ったよね、匠君?」

「うん……」


 照り焼きチキン味のピザを口いっぱいに頬張りながら頷く。


「え、まさか、二人で行ったの?」

「違うの。クラスの友達も一緒だったよね?」

「うん」

「そういえば匠君ってさ……」


 木下さんの溜めを作った話し掛けに、不穏なものを感じる。


「美咲さんって子と仲いいって聞いたんだけど、そこんとこどうよ?」

「あ、私も聞いた~!」


 周りにいる他の女子も、話に乗っかってくる。

 

 意表を突かれた振りに、食べかけの物を喉に詰めそうになりながら。


「いや、昔っからの知り合いで、家が近いだけですよ」

「なんか、朝とか一緒に学校に来てるって聞いたけど?」

「あ、それそれ~!」

「……あの、ま、方向が一緒だし。知り合いだったら、それくらいするっしょ?」

「えええ~、普通無いよ、そんなの」

「なんか怪しいなあ~」


 宴会のネタ扱いに必死に耐えながら、あまり話さなくても済むように、ひたすらジャンクフードを口に詰め込みまくる。

 女子ばかりの中に男子一人と聞くと羨ましがられるかもしれないが、こういう感じで取り囲まれると、多勢に無勢で辛いものがある。


「そういう木下さんの方は、どうなんですか?」

「いるよ、彼氏」

「「「えっ!」」」


 話を逸らすつもりで何気に訊いてみたのだが、その答えに一同が驚いている。


「……何だよ、私に彼氏いたらおかしいのかよ?」

「い、いえ、でも、初耳っていうかあ~」

「ま、誰にも言ってなかったからな。中学からの付き合いの奴がいるんだ」

「へえー、どんな人なんですかあ?」

「まあ、普通の奴だよ」

「写真見せて下さいよお」

「お前の彼氏の写真と、交換だ」

「え~、いませんもん、そんなの」


 ひとまず、矛先を他に向けることに成功し、聞き耳を立てながら唐揚げを口へ運ぶ。


 木下さんの話が一段落してから、


「そういえば、梅宮さんはどうなの?」

「え……私ですか?」

 

 今度の犠牲者は梅宮さんのようで、紙コップを片手に苦笑している。


「決まった人はいません」

「じゃあ、好きな人とかは?」

「……それは……」


 梅宮さんが口ごもって、みんなの視線が余計に集まった。

 目を逸らして聞かないふりをしていると、


「いるような、いないような……」

「ええ~、誰え~、聞きたい~~!」


 黄色い声が飛び交う中で、梅宮さんが困り顔で応じている。

 よく男子が女子の噂話をしているのは見掛けるが、女子の方も同じなんだなと、実感してしまった。


 2時間ほどの楽しい(?)時間の後、この日はお開きに。

 残った食べ物を分けあいっこして、みんなで片付けを終えてから、梅宮さんと一緒に家路についた。


「ふう。ちょっと食べ過ぎたかなあ」

「そうね、楽しかったからつい。匠君ってたくさん食べるのに、体はスマートよね」

「いやこう見えても、脱いだらタプタプなんだよ。ここでは見せられないけど」

「あはは、そうなの?」

「そういう梅宮さんこそ、スタイルいいよね?」

「え、そうかしら…… ありがとう」

「何か運動でもしてるの?」

「いえ、とくには…… あまり言わないで、恥ずかしいから……」


 そんな感じで普通に雑談をしていると不意に、


「さっきの話しじゃないけど、匠君、澪と仲いいよね、やっぱり」

「そりゃまあ、ずっと前からの幼馴染だからね」

「そうなの? いつ頃から?」

「えっと、小2の時からだから、7、8年程前からかなあ」

「そっか……じゃあ私なんかよりも、澪と一緒の方が、匠君は楽しいのかな?」

「え…… いや、別にそんなことはないよ。梅宮さんも、友達だと思ってるし」

「……そう、よね……。友達、だもんね……」


 ――ん? 

 何かいい淀んでいる感じが。


「あ、ごめんね、変なこと訊いて」

「いや、別にいいけど」

 

 一瞬梅宮さんの表情が暗く陰ったように見えたけども、すぐに彼女はいつものように戻って、最近読んだ本とか今度親の実家に帰るんだといった話をしてくれた。


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