第27話 文化祭
この高校の文化祭である鳳礼際の開催日が間近に迫ってきた。
各クラスでの出しものは内容によって、教室や体育館、運動場で催される。
ミュージカルや劇のようなものは、体育館の壇上がステージとなり、床一面に並べられた椅子が観客席になる。
二日間の中でくじ引きで時間が決められ、俺たちのクラスは1日目の午後が割り当てになっている。
舞台上での事前練習の日時も決められていて、今その真っ最中だ。
「はい、二人ともこれに着替えて」
衣装担当の女の子が、ようやく出来上がった舞台衣装と被り物を手に、目を躍らせている。
足元がふわっと広がった黄色のロングドレスを手渡された澪が、体操服の上から被ると、広めに開いた胸もとや肩から白い布地が見えて、何とも不格好だ。
「うーん、美咲さん、上脱いでもらった方がいいかも」
「え、脱ぐの!?」
「うん。その方が、絶対綺麗だよ」
衣装担当の子との会話にどぎまぎしている様子が、何だか可愛らしい。
家ではもっと大胆な格好をしている時があるが、人前でとなると、恥ずかしさがあるのだろう。
「ちょっと待ってて、着替えてくるから」
そう言って更衣室に澪が行っている間に、こちらは青色の上着と黒のズボンを身に着けるが、どう見ても衣装に着せられている感が否めない。
それでも毛むくじゃらで角が生えた被り物を頭から被ると、「お~!」と周りから声が上がった。
着替えを終えて帰ってきた澪が、しきりに胸の辺りを気にしている。
「どう、美咲さん?」
「えっと、ちょっと胸のあたりがきついかも」
「あー、採寸したときよりも、また胸がおっきくなったのかも知れないね、羨ましいなあ」
「……」
大きく張り出した胸もとときゅっとしまった腰回り、それを光沢を放つ黄色の布地が覆い、艶やかで華のある空気を醸し出している。
「お前、もうちょっと運動した方がいいんじゃないか?」
「な……こっちだって、好きでこうなってるんじゃないわよ!」
胸もとを手で隠しながら、恥ずかしそうに顎を下げる。
大きい子には大きい子なりの、悩みもあるのかも知れない。
他の舞台メンバーも着替えを終えて壇上に集合して、舞台上の背景や小道具が持ち込まれると、違う世界にいるようで、気分が高揚してくる。
「匠君、似合ってるわよ」
「ありがとう、梅宮さんも綺麗だよ」
『オペラ座の魔人』の仮面舞踏会のシーンでヒロインを演じる梅宮さんは、レースをあしらった純白のドレス姿。
凛と咲く清楚な花のような印象だ。
「俺へたれだから、被り物があって助かったよ」
「私もこんなの初めてだから、ドキドキしちゃうわ」
梅宮さんのことは色々と考えたけれど、とくにいい考えは浮かばなかった。
今まで傷つけたことはあったかも知れないけれど、これからも仲良くしたいと思ってくれているのなら、こちらからあえて崩すことはない。
友達として、今までと同じように、できるだけ自然に接しようと思う。
「じゃあ、通し稽古、行くよ~!!」
監督役の演劇部の女の子の掛け声が飛び、全体の通し練習が始まる。
照明が舞台を明るく照らし、効果音が鳴り響く。
舞台衣装に身を包んだキャストが躍り出て、練習した通りに舞い、躍動し、時に声を上げる。
「さ、いこっか、宗」
「うむ」
甘くゆったりとした音楽が流れるのを待って、二人で手をつないで舞台へ出ると、コーラス担当の唱歌が始まる。
澪が膝を曲げて一礼し、上目使いで俺を見る。
俺は恭しく胸に手を当てて腰を折り、差し出されたか細い両手を手に取る。
深夜まで一緒に練習していたおかげだろうか、流れるように体が動く。
全てが終わると、ちらほらと見学に来ていた生徒達から、拍手が湧いた。
「お前ら、よかったぞ。先生は今、猛烈に感動している!」
担任の吉原先生も満足げに、顔をくしゃくしゃにしている。
どっと疲れたが、まだ肝心の本番が残っている。
舞台から撤収して、あとはほぼ、その日を待つのみとなった。
文化祭初日は、澄んだ秋晴れだった。
いつもの通り遅めに起きると、澪が迎えに来て、「早くしろよ、おい!」とせかされる。
準備に少し手間取って1本遅い電車に乗り、教室に駆け込むと、ほとんどの面子が揃っていた。
「おせえぞお前等、来ないかと思ったぞ!」
「ヒューヒュー!」
文化祭の通し練習以降、こんな感じで冷やかされることが増えた。
踊りの息がぴったりで見とれてしまったとかがその理由らしいが、当の本人はその場を見ていなので、よく分っていない。
遠目に真野を見やると、親指を立てて不敵にほほ笑んでいた。
クラスの出し物は午後からなので、それ以外は基本フリーだ。
それ以外に俺には文芸部の仕事もあり、合間での手伝いや、両日の夕方にある朗読会への参加といったお役目も待っている。
「あ、あの、匠君……」
「梅宮さん、よかったら、どっか見学に行こうか? ついでに部室にも顔を出したいし」
「え……うん!」
昨夜澪と話し合いをしていて、1日目は梅宮さんと一緒に行動することにしている。
そのかわり二日目は私とねと、ざっくり釘をさされているが。
創作品の展示、お化け屋敷、たこ焼き屋…… うちのクラスでは却下扱いになったメイド喫茶もある。
実行委員がばたばたと走りまわり、同じTシャツに身を包んだ一団が行き交う。
あちらこちらで色とりどりの装飾がされていて、学校内全体がお祭り感一色だ。
「ねえ、匠君、あれやってみない?」
梅宮さんが指さす先には、ゲームコーナーの看板があった。
教室内にいくつかゲームがあって、ひとまず輪投げをやることに。
棒状の突起がいくつか並んでいてそれぞれに点数が書いており、離れたところから輪っかを投げる。
点数の合計に応じて、景品がもらえる仕組みだ。
200円を払って輪っかを5つもらい、二人で交互に投げる。
「きゃー、惜しい!」
「あー、だめだあ」
簡単そうに見えて意外と難しく、なかなか狙った目標に輪が入らない。
「もっかいやろうかな」
「もしかして梅宮さん、何かほしいものあるの?」
「あれ……」
梅宮さんの視線の先には、白地に二等親の動物キャラが載ったタオルが掛けられていた。
「あれってもしかして、ゲームセンターでとった時のやつ?」
「そう。『なみ平』のキャラ、大好きなのよ」
頑張れば、何とかいけそうな点数の景品だ。
「じゃあ、俺もう一回頑張ってみるよ」
「え、いいの?」
もう200円を払って輪っかをもらい、ここできっちりゲットできたら恰好いいなと身構えて――
そううまくは行かずに、結果は惨敗だった。
「よし、もう一回……」
「匠君、もういいから、ありがとう。次いこ、ね?」
梅宮さんに腕を引っ張られて、別の場所へ。
教室での出し物以外にも、吹奏楽の演奏やダンスパフォーマンスなどなどの野外イベントもあって、色々見ているとあっと言う間に時間が経ってしまう。
こんなにはしゃいでいる梅宮さんを見るのは初めてな気がして、何だか新鮮だ。
部室の方も気になるので、お昼ご飯代りに焼きそばとフランクフルトを買って、顔を出した。
『ようこそ、文芸部へ』と大きな文字で書かれた看板の横の扉を開け中に入ると、何人かの生徒が屯していた。
文化祭の期間中は一般に開放されていて、無料のスナックやジュースコーナーが設けられ、置いてある本や学園報に目を通すことができる。
学園報は無料配布されていて、朗読会への参加希望者は、そこで受付ができる。
実はこの学園報と朗読会は古くからの伝統のようなものがあり、現役生だけでなく、卒業生の間で結構人気があるのだという。
受付の用紙には、既にかなりの人数の名前が記載されていた。
「よう、よく来た二人とも」
「どうですか、木下さん?」
「まあまあだよ。何人か小説が書きたいっていう子がいたから、一応勧誘しておいたが」
自慢げに語る木下さんに、
「あの、俺達が見てますから、よかったら昼飯にでも行ってきて下さい」
「そうか、悪いな。君たちの出し物は、いつからだったかな?」
「集合はあと2時間くらい後ですから、その前までなら大丈夫ですよ」
「よし、分かった。それは絶対に見にいくからな」
そう言い残して、木下さんはばたばたと部室を出て行った。
「相変わらず、パワフルな人だなあ」
「そうね……」
学園報を一冊手に取った、梅宮さんが、
「ね、匠君が書いたこの小説のことなんだけど……」
「あ、それね。俺の実体験に基づいた、創作なんだ。詳しくは、今日の夕方の集まりの後にでも話すよ」
それから木下さんが戻ってくるまでの間、俺と梅宮さんでその場を仕切った。
公演の出し物のための集合時間になって教室へ戻ると、そこは異様な盛り上がりだった。
みんなで今まで作り上げてきたものを披露する最高の見せ場を前に、明るい笑顔があちらこちらで咲いている。
俺はといえば緊張で腹の具合が悪くなってきたが、ここで泣き言を言う訳にもいかず。
「顔色が悪いね、大丈夫?」
と澪に言われても、笑って胡麻化すしかなかった。
一旦男女に分かれて、先に男子が舞台衣装に着替え、次に女子が着替えた。
キャスト全員が着替えを終えてから、クラス全員揃って、体育館の裏手に向かった。
前の公演が終わるまで待機していると、遠くから歓声や拍手の音が流れてきた。
――いよいよかな。
控室に入って息を整えていると、監督役の女の子が勢いよく入ってきた。
「みんないい? いくよ!?」
「「「おお――!!」」」
他のみんなよりも申し訳程度の掛け声を出して、先の出番のキャストが出ていくのを見守る。
「緊張してるね、宗」
心配そうな顔で、澪が話し掛けてくる。
練習の時の衣装を着て、髪を後ろで束ねる銀の髪留めが、鈍い光りを放っている。
「そりゃあね。人前に出るのがこんなに苦手な奴が、よりにもよって大トリなんだからな。正直吐きそうだよ」
「ははは。大丈夫よ、二人であんなに練習したんだし。せっかくの素敵な舞台、一緒に楽しもうよ?」
そういって投げ掛けられる優しい笑顔に触れて、少し緊張が和らいだ気がした。
「美女と魔獣、出番よ!」
そう声を掛けられて、俺と澪は、舞台の方へと向かった。
――終わってみれば、あっと言う間だった。
煌々と降って来る照明、遠くの席まで埋まる客席とそこから発せられる歓声、目の前には神話の世界から来たのかと見紛うような綺麗な女の子。
その女の子の手をとって、柔らかに奏でられる音律に乗って無心で体を動かし――
気づけば、キャスト全員が揃ってのカーテンコールの真ん中にいた。
大きな拍手と絵顔が、俺達に向けられる。
全員で礼をして、幕がゆっくりと下りた。
終わった。
心地よい達成感と開放感に浸りながら教室へと戻り、どっとひと息――
というわけにはいかない。
これから文芸部の朗読会がある。
俺の出番は明日だけれど、受付や効果音の係など、分担が割り振られている。
さっと着替えを終えてから、
「じゃあ、行こうか、梅宮さん?」
「うん」
彼女と一緒に、文芸部の部室へと急いだ――
「あー、いい風呂だあ!」
楽しくも緊張感に溢れた一日が終わり、自宅の風呂に漬かって、おっさんのように独り言を発していると、脱衣場の方から澪の声がする。
「ねえ宗、お肉の焼き加減、どんな感じがいい?」
「ええっと、ミディアムレアで」
「了解」
今日は頑張ったということで、ステーキ肉を買ってよいとのお言葉を、親から頂いた。
今日は残念ながらどの親も来られなかったけれど、明日はうちの母さんと澪の父さんが、文化祭に顔を出す予定だ。
「結構評判よかったみたいよ、うちの出し物」
「そうか?」
髪を乾かすこともせずに、焼き立てのステーキ肉を頬張りながら、澪と二人で雑談をする。
「なら良かったよ。でも次からは、やっぱ裏方がいいな」
「えー、結構さまになってたのに」
「……お前と一緒だったからなんとかなっただけな気がするけどな」
「そんなことないと思うけどな。宗も頑張ってたし、自信もっていいと思うよ?」
そうは言われても、今は頭が働かない。
先のことは、またその時に考えよう。
「明日の朗読会は、宗も出るんだよね?」
「ああ。それは是非聞来てくれ」
「あたりまえじゃん、絶対に行くから。あと、明日は私に付き合ってよね?」
「はーい」
あと一日。
明日は、澪に聞いてもらいたいものがあるんだ。
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