第23話 恋愛相談

「よし、こんなものかなあ」


 ノートパソコンの液晶画面を覗き込みながら、梅宮さんが嬉しそうにほのめいた。


「どう、匠君?」

「うん、いいと思う。流石は梅宮さん」

「匠君が、たくさんアドバイスをくれたからだよ」


 10月末にある文化祭で、文芸部から発行する学園報への執筆作業が、大詰めを迎えている。


 9月に入ってからほぼ毎日部室へ入り浸り、梅宮さんとの共同作業を進めてきた。

 書きたいシーンを話し合い、梅宮さんが文章を作って、俺が意見を言って修正していく。

 商店街に取材に行ってからほぼ2か月をかけて、今日最後のパートの執筆が終ったのだ。


 一仕事を終えた安堵感からか、梅宮さんはふうっと息を吐いて、凝った肩に自分で手を当てて指を動かしている。


「よかったら、肩揉もうか?」

「え、いえ、あの……」

「はは、冗談だよ。お疲れ様」

「もう……」


 一緒に過ごす時間が多かったこともあって、このくらいの冗談は言い合えるようになっていた。

 喋っていてまだ時折緊張はするけれど、それでも以前のような気後れやぎこちなさは感じない。


「よう、出来たか、二人とも?」

「あ、木下さん。はい、一応」

「一度最初から読ませてくれ。楽しみだのう」


 これから木下さんの確認を経てから、迫田先生の最終承認によって、学園報への掲載が決まる。


 それからすぐに教室に戻って、今度は演劇の出し物の練習が待っている。

 そんな感じで、毎日忙しく過ごしていた。


 部室から立ち去ろうとした時、梅宮さんが話し掛けてきた。


「匠君、ちょっと相談があるの」

「うん、いいよ」


 梅宮さんの後についていくと彼女は、窓から夕陽が指し込む階段を上って行き、屋上へと続く鉄扉を開けた。


 大事な相談なんだなと思った。

 わざわざ人目を避けてここまで来たのは、多分訳があるのだろう。


 金網越しに街の情景を見やりながら、梅宮さんが口を開いた。


「ここの景色、好きなんだ、私」

「へえ。俺来たことなかったけど、綺麗だね」

「うん。あっちが、普段歩いてる方向かな」


 街も空もオレンジ色に染まって、梅宮さんの頬も同じ色を映している。


「あのね、私、告白されてるんだ……」


 何か大事な話しなのだろうと予想はしていたが、やはりそんなことか。

 なぜだか、胸の奥がざわついた。

 なにか色よい話が聞けるかもしれない期待感なのか、目の前の仲のいい少女が他の人に心を寄せているかも知れないことへのいささかの寂寞なのか、よく分からない。


「そうなんだ」

「うん。どうしようかなと思ってて」

「……誰から?」

「2年の京極さん」


 聞き覚えのある名前だ。

 夏休み前に澪に告白していた、サッカー部のエースで超イケメンの陽キャの先輩だ。

 澪に告白していた時には他にも付き合っている女の子がいて、それからほんの短い間に、今度は梅宮さんに告白をしたらしい。


 ハーレム物ラブコメの主人公かよと苦々しく思ったが、学園内でも評判になるほどの美少女である二人がこうして悩むのだから、やはり女子からして異次元の魅力があるのだろう。

 正直気分が良くないが、平均的モブとは違って、勝ち組の存在とはそういったものかも知れない。

 そもそもこの世の中には厳然と、一夫多妻制なども存在するのだし。


 けれどもここではたと、何で彼女は俺にこのことを相談しているのだろうと思い当たって、言葉に窮してしまった。

 友達も多いはずなので、他でも相談とかはしているのかも知れない。

 男友達の一人として、何か意見が聞きたいのだろうか。

 彼女の想いを尊重して応援してあげるべきなのだろうけれど。


 頭の中で思考を回しながら、ちょっと前にあった状況と似ていることに気づいた。

 澪に相談された時に同じようなことを話して、それからしばらく会えない日々が続いた。

 梅宮さんがどんな言葉を欲しがっているのかが気になった。


「梅宮さんは、どうしたいの?」

「よく分からないの。嬉しくはあるんだけど、なにか引っ掛かるっていうか」

「引っ掛かるか、何にだろうね」

「匠君は、どう思う?」


 何だか不安げに、何かを訴えてくるような目を向けてくる。


 考えてもよく分からないけど、友達ならできるだけ思ったことを伝えよう。


「梅宮さんには悪いけど、俺はあの人のことを良くは思っていないんだ。確かに格好いいとは思うけど、女の人のことでは良くない噂も耳にするよ。それに……」


 どうしようかと少し逡巡してから、


「ちょっと前に、あの人に告白された子を知ってるんだ」

「……そうなの?」

「うん。だから…… え、また? て感じはしちゃうよね」

「ね、その子ってもしかして……」

「ごめん、それは想像にお任せするよ。けれど、これは嘘じゃないから。だからと言ってその人の全部がダメとは言わないけどさ。だから梅宮さんには、大事に考えてもらえたらって思うよ」


 答えになっただろうか。

 結局言っていることは、澪に対しての時と、あまり変わらない気もする。


「………匠君は、どうなってもかまわない?」

「え?」

「あ、ごめんなさい、変なこと言って。忘れて……」


 眉尻を下げて、申し訳なさげに俺を見つめる姫宮さん。


「ありがとう。教室戻ろっか」

「おい、梅宮さん……」


 出入りの扉の方へ足を進めた彼女に、


「梅宮さん、君がどんな答を出しても、俺ずっと友達だから」

「……ありがとう……」


 そう呟いた彼女の横顔がなぜか寂しそうに見えて、俺はしばらくその場から動けなかった。


 それからあまり話さずに教室に戻ると、梅宮さんは何食わぬ顔で、仲間の中に溶け込んでいった。


「あ、宗、お疲れ」

「おう、遅くなった」


 ここから、舞踏会の振り付けの練習が始まる。


「はい、そこで右に回って体を寄せて!」


 ダンス部女子の厳しい檄が飛ぶ。


「匠君、腰にしっかり手を回して、美咲さんを支えないと!」

「はい……」

「はは、そんなに気を使わなくていいよ、宗。大丈夫だから」


 言われた通り、右手を肩の高さに上げて手をつなぎ、左手を澪の腰に回す。


 かなりの密着度に、澪の息遣いの音が耳に流れ込んでくる。

 これはダンスなんだと自分に言い聞かせても、やっぱり人前でこういうのは照れくさい。


「なあ、これ、別の場所でできないのかよ?」

「なんで?」

「……ちょっと目線がな」

「……確かに」


 制服姿の男子女子が密着している姿に、視線が集まる。


「これは踊りなんだから、気にしないで! はい次!」


 ダンス部女子の指導は、相変わらず容赦がない。


 暗くなるまでレッスンが続いて、ヘトヘトになって家に帰るが、俺たちの一日はまだ終わらない。

 今日は珍しく母さんが先に帰っていて、夕飯を用意しておいてくれた。


「へえ。文化祭で踊りを踊るのね?」

「はい、まだしどろもどろですけど……」


 澪がコロッケを頬張りながら、苦笑いを浮かべる。


「だからこれから、宗と練習するんです!」


 それを言い出したのは澪だった。

 俺としては適当に流して、家では趣味に浸りたかったのだが、どうせならしっかりやりたいのだと。

 変なとこで真面目な彼女らしい。


 ごちそうさまをして、2階の俺の部屋に上がってから、


「やっぱここじゃ、踊りの練習には狭いと思うけどな」

「その前に、宗?」

「はい」

「今日、なんかあったでしょ?」

「へ……っ、なんで?」

「……さっきから、上の空が多かったから」


 図星だった。

 梅宮さんと話したことが気になって、たまに考え事をしていたのを、どうやら見抜かれていたようだ。


「……気のせいだ」

「うそ。ほっぺ抓るわよ?」

 

 どうやら誤魔化しはきかないようだが、多分梅宮さんにとって内緒の話しだろうから、全部話すのはどうかと思う。


「ちょっと内緒の相談を受けたんだ」

「……もしかして、朱里?」

「……」

「やっぱ。そうか」

「何で分かるんだよ?」

「宗と今日一緒にいたのって、朱里くらいだからさ」


 全く、相変わらずかんが鋭い。


「よく見てるなお前」

「ごめんね。ちょっと気になってたからさ」

「何がだ?」

「その…… 宗と、朱里のこと」


 とても言いにくそうに、首を下に折って小さく呟く。


「別に、澪に気にしてもらうようなこと、何もないさ」

「でもさ、最近ずっと、二人一緒にいたからさ……」

「いや、普通に部室にいたりとかしただけでさ」

「じゃあ、今日の話って、何だったのよ? まさか……」


 心配そうな眼を俺の方に向けてくる。

 黙っているわけにはいかないかなと思い、


「恋愛相談だよ。告白されて、どうしたらいいんだろうって」

「……それを、宗に?」

「うん。なんで俺なんだろうな、とは思うけどね」

「…………それって…………」

「ん、どした?」

「あ、ううん」

「だから、どんな結果でも、俺は友達だよって話をさ、したんだよ」


 少しオブラードに包んで話をしたせいか、澪は表情を曇らせたままで、あまり納得のいっていない顔だ。


「それ、宗は間違ってはいないとは思うけど…… あのさ、今日は練習やめにしない? 何だか疲れちゃって」

「ああ、いいけど」

「ちょっと、座って話したいな」

 

 ベッドの上に並んで座って一緒の時間を過ごすが、なにかぎこちなく。


「何だか、私が宗に相談した時と、被っちゃうんだよなあ」

「そうだな、それは思ったよ」

「だから、何となく、朱里の気持ちも分かるっていうかさ……」

「澪は、あの時俺に、何て言って欲しかったんだ?」

「……今更こんな話するのははずいけど、多分私は、止めて欲しかった気がするかな。宗の言葉で」

「梅宮さんも、そうして欲しかったんじゃなかったか、てことか?」

「分かんない。けど、もしそうなら、朱里とって宗は、友達以上なのかも」

「え?」


 思いもよらない言葉に、一瞬心臓が飛び跳ねた気がした。

 友達以上……か?

 友達以上、恋人未満なんて言葉はよく耳にするけど、まさかな。


「……そうだとしても、ちょっとは信用してもらってる友達ってことなんじゃないかな?」

「それならいいんだけどさ」


 澪は心配げな表情を崩さない。 


 そうだ、話題を変えよう。


「なあ、もうじき、澪の実家だね」

「あ……そうだね」

「俺、お前のお母さんに、お礼を言おうと思うんだ。お前を生んでくれてありがとうって。今こうして一緒にいられるのって、お母さんがいてくれたからだよな」

「うん……そうね。だったら私も、宗のお父さんとお母さんに、お礼を言わなきゃね」

「あの二人はいいよ。普段からお前に散々世話になってるんだし、こっちからお礼言いたいくらいだと思うよ?」

「え~、そうかなあ?」

「そうそう、そうに決まってる!」


 それから他愛のない話をするうちに、ちょっとずつ彼女が普段の笑顔に戻っていった。




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