第3話 剣姫

「ほい、もって来たぜ」

「すまない、わが友よ」


 昼の休憩中、恭しく頭を下げた先には、同じクラスの真野順平がいた。

 異世界ラブコメアニメのブルーレイを買ったそうなので、頼み込んで借りることにしたのだ。

 

 入学したてでクラスに知り合いがいない中、こいつとはひょんなことでお互いアニメ好きということが分かり、仲が深まったのだった。

 

 そんな真野が目を光らせながら、


「これ、ゲームにもなるらしい」

「まじか? どんな感じのやつだろうな?」

「冒険しながら、ライラ姫の心をゲットしていくものらしいぜ」

「そうか、俺はライラ姫よりも、聖騎士のドロシーの方が好きだけれどもな」

「お前もしかして、可愛い系よりも、お姉さん系の方が好きなのか?」

「いや、そうじゃないけど、剣とか持ってて、恰好いいかなってさ……」

「うんうん、強くて、自分にだけツンデレってのも、確かに捨てがたい。分かる、わかるぞ匠!」


 多分この会話についてこられるのは、このクラスでは俺とこいつだけだろう。

 俺と似た地味な空気感を纏っていて、あまり気を遣わずに話すことができる、貴重な存在だ。

 しかもこいつは、意外と情報通だったりする。


「そう言えばお前、昨日美咲さんが告られてたっての知ってるか?」

「いや? 初耳だが」

「昨日の放課後、第4校舎の裏で、京極さんと一緒にいたらしいぜ」

「へえ、そうなのか……」


 この鳳学園高等学校にはいくつか校舎があって、第4校舎の裏は駐車場になっていて、普段人気があまりないことから、秘め事のメッカである。

 そこでの密会や告白めいた噂話が後を絶たない。


 そのことはまあいいのだが、京極さんという名前は、なかなかインパクトがある。

 2年生にしてサッカー部のキャプテンを務め、遠目からも180センチはあろうかといいう高身長で、ほんのり日焼けした甘いルックスとくれば、学園物の小説では必ず一人はいそうなスーパーキャラだ。

 いつも取り巻きがいて、そのほとんどが女の子達だ。

 他人にあまり興味のない俺でも、その名前を知っているくらいだ。


 けど澪は、そんなこと一言も言ってなかったし、変わった様子もない。

 正直、この手の話は昔から慣れている。

 噂を耳にして「どうなったんだ?」と訊いても決まっていつも、「まあ、もう終わった話だよ」と笑って返されるので、それ以上気にしたことはなかった。


 何も話さないってことは、今回も多分、そういうことなのだろう。


「ところでお前、どっからそんなネタ仕入れるんだ?」

「ふふん。こう見えても俺は、色んなところにアンテナを張っているのだよ」

「……自分で覗きに行ったとかじゃあないよな?」

「! な、何てことを言うんだ! たまたま散歩してたら、目に付いてしまったとかだな……」


 どうやらこいつ、覗きに行ったみたいだ。


 その日の放課後、人気がなくなった教室で、一人佇むことに。


「ちょっと友達と話してくるから、待ってて」


 そう澪に言われてから、もう10分ほど放っておかれている。

 教室には、他には誰もいない。


 暇だな……


 そう思って、おもむろに鞄の中から、一冊の大学ノートを取り出した。

 それぞれのページには手書きで、思いついたアイデアが書き込んである。

『学園の中に秘密結社を作って、悪徳生徒会と対決する』

『寿司職人が異世界へ転生して、日本食を広めて一大財閥を築き上げる』

 こんなアイデアをもとに、話の流れを大雑把に書き込んであるのだ。


 本を読むのが好きなことが転じて、いつしか自分でも、何か物語が書きたいと思うようになった。

 このノートは秘密のネタ帳で、澪を含めて誰にも見せていないし、そんな想いは誰にも話していない。


 そう言えば、昨日電車で偶然梅宮さんと会ったようなシチュエーションは使えるかもな……

 そんなことを考えながら自分の世界に浸っていると、


「……みくん……」


「たくみ君……」


 誰かに呼ばれた気がして顔を上げると、梅宮さんの綺麗な顔がそこにあった。


「あ…… う、めみやさん……」

「ごめんなさい、邪魔しちゃったかな?」

「いや、えっと、なに……?」


 突然のことにしどろもどろになった俺に、梅宮さんはくすっと笑い掛けた。


「日直の日誌を先生に渡して戻ったら、匠君がいたから……」

「ああ、そうなんだ……」


 そう言われて梅宮さんの机の方に目をやると、まだ鞄とか手さげ袋が残されていた。


「もしかして、お話考えてるの?」

「あ、いや、これは……」

「ごめんね。私目がいいから見えっちゃったんだけど。電車の中で偶然って、もしかして昨日のやつ?」


 顔から火を噴きそうだ。

 ずっと秘密にしていたことが、よりにもよって、梅宮さんに知られてしまった。

 さっとノートを閉じて、あははと作り笑いを彼女に向ける。


 何をどう話していいのか分からず、かといってずっとだんまりという訳にもいかず、頭をフル回転させて思いついたのは、 


「梅宮さんって、剣姫に似てるね」

「えっ?」


 それは、昨日呼んでいたラノベに登場するキャラクターだった。

 新刊の表紙には、銀色の長い髪の美少女が白銀の鎧を纏って、剣を横一文字に構えた姿が、色鮮やかに描かれていた。

 剣の天才で、あまり感情を表に出さない。

 いわゆるクールビューティは、作中では剣姫と異名をとっている。


 梅宮さんが意表を突かれたような顔つきで、


「私って、あんな感じなの?」

「うん、まあ…… 俺の主観だけどね」

「そっか…… でも、私マーガレット大好きだから、嬉しいな」

 

 物語に出て来る剣姫マーガレットとは少し違って、梅宮さんは屈託のない笑顔を綻ばせる。

 そんな意味では、天才剣士よりも梅宮さんの方が、もっと魅力的かも知れないと、俺は思った。


「でも私あんなに凄くないよ? 運動は全然駄目だし、勉強も今一だし」

「そんなことはないよ。中間試験では、国語が一番だったじゃない?」

「えっ、覚えててくれたんだ」

「そりゃあそうだよ。凄いなあって思って」


 この高校では、各試験の成績優秀者が順位付けされて、得点と一緒に掲示される。

 この前の中間試験では、梅宮さんは国語がほぼ満点で一位だった。


「そう言う匠君だって、英語と社会は、名前出てたじゃない?」

「いやまあ、あれこそまぐれだよ……」

「私英語は苦手だから、凄いね」


 試験直前に詰め込んだ成果だが、残念ながら澪が特訓してくれた数学は、今一つの成績だった。

 ちなみに澪は数学が得意で、中間試験では学年トップの成績だった。

 いつも丁寧に教えてくれるけれども、性に合わないのか、何故か頭から抜け落ちてしまうのだ。


 それよりもちょっと意外だったのは、梅宮さんが俺の成績を知っていたことだ。

 もしかしてクラス全員分、チェックしているのだろうか?


「梅宮さんは、剣姫よりも魅力的だと思うよ。一回本当に剣を持って立ってもらいたいくらい」

「……あんまり言わないで。恥ずかしから」


 ドン引きされる展開も覚悟していたが、意外にそうでもないらしい。

 梅宮さんは照れながらも、目は笑っている。


「匠君、お話を考えてるんだったら、文芸部に入ればいいのに」

「文芸部?」

「ええ。本を読んだり、お話を考えて、学園報に載せたりしたりしてるみたいよ」


 この学校にもそんな部活があって、大体どんなことをやっているかくらいは知っている。

 しかし……


「そうは言われても、俺全然素人だし。趣味でやってるようなものだからさ……」

「そうなのね。でもどうせなら、他の人とわいわいやった方が、楽しいかもよ?」

「まあ、そうか知れないけれどもね……」

「よかったら、私もついていくよ? 文芸部の部長さん、知り合いだし」

「え~っと、そうだなあ……」


 急な申し出に戸惑いはしたけれど、見ていて吸い込まれそうになる笑顔と予想外な押しの強さに断りきれず、この場は首を縦に振るしかなかった。


 梅宮さんが帰った後、かなり長く一緒に話しができた余韻に浸り、胸の高鳴りを心地よく感じていると、突然、


「ごめん、遅くなったー!」


 と澪の元気な声が響きわたり、それはかき消されてしまった。


「いや、いいよ」

「? なんだか嬉しそうね? なにかいいことでもあったの?」

「いや、別に」

「ほんとかなあ? なんか怪しいなあ?」


 昔からこいつは妙にかんが鋭いところがある。


「いいから、帰るぞ」

「はーい」


 ひとまず梅宮さんとの会話は内緒にしておいて、澪と一緒に学校を後にした。



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