第4話 文芸部
ある日の放課後、梅宮さんと並んで歩く道すがらにスマホを操作して、
『すまん、寄っていくところができたので、先に帰るように』
と澪にメッセージを送った。
今俺たちは、文芸部の部室へと向かっている。
長い廊下と階段を通って一旦外へ出て、隣の棟の2階へと移動して少し歩いた先に、目指す場所があった。
「木下さん、いるかな~」
梅宮さんが引き戸をがらりと開けて中に入り、俺もそれに続く。
普段いる教室と同じくらいの広さの部屋の中には、2つの島に分かれてテーブルが置かれ、それを囲むようにパイプ椅子が並べられている。
壁際には大きな書棚が置かれていて、きちんと整理されていろんな色の背表紙の本が、ぎっしりと収納されている。
物置のように使われているテーブルもあって、雑然とノートパソコンやプリンターなんかが置かれている。
扉を開いた先にある島の向かい側に、こちら側に顔を向けて、真剣な表情でノートパソコンに向き合っている女の子がいた。
今この部屋にいるのは、彼女と梅宮さん、そして俺の三人だけのようだ。
「木下さん、こんにちは」
「お、梅宮じゃないか。久しぶり」
木下さんと呼ばれた彼女は、黒い縁の大きな眼鏡が印象的だ。
あまり大きくない梅宮さんよりももうちょっと低めの身長で、後ろで長い髪を束ねている。
眉毛が濃いめで、りりしい顔つきだ。
「木下さん、こちら、匠宗一郎君。私と同じクラスなのよ」
梅宮さんに紹介をされて、ぺこりと頭を下げ、
「こんにちは。匠です」
「匠君か、ようこそ。ここに男子が来るのは、いつぶりくらいになるかな」
「普段は女子しかいませんもんね」
「木下萌香、三年だ。一応ここの部長をやらせてもらっている、よろしく。まあ、ゆっくりしていってくれ」
どうぞと奨められて、木下さんに向かい合って、梅宮さんと並んで椅子に座った。
「今日はお一人なんですか?」
「今日は本来部活の日じゃないからね。私だけ、学園報のフォーマット作りだ」
木下さんはパソコンの画面に目を落としてから、
「ところで梅宮、我が部へ入ってくれる気になったのか?」
「あ、いえ…… 今日は別の用事で。匠君が小説に興味があるようで」
いきなりこちらに話題をふられて、背筋に冷たいものが走る。
「そうか。どういったものが好みだね、匠君?」
「えっと、ファンタジーものや学園ものとか。あと、歴史小説なんかもよく読みます」
「なるほど。ファンタジーものは、梅宮も好きだったよな」
「ええ。この前たまたま、匠君と同じ本を読んでました」
「そうか、素晴らしい! 感性が同じなんだね、君たちは」
そう言われてもなんと返したらよいか分からず、俺も梅宮さんも沈黙した後。
「匠君は、書く方にも興味があるみたいなんです」
梅宮さんに更に背中を押されて、緊張がレベルアップしていく。
「それはいい。うちは普段、本を読んで感想を言いあったり、自分で書いた文章を紹介し合ったりしているんだ。一人でやっているよりも、学ぶことは多いと思うぞ?」
「……そうなんですね」
「例えばねえ」
木下さんは席を立って書棚をしばらく漁り、紙束を手にして戻って来た。
「これは最近の発表会での作品集だ。見てみるか?」
手に取って見せてもらうと、A4の用紙に横書きで、びっしりと文章が並んでいる。
「そこに置いてあるパソコンで、うちの部員が打ち込んだものだ。長さも内容も、全部自由でな」
ぱらぱらとめくって斜め読みすると、確かに色々なテーマがありそうだと分かる。
「ただし、官能小説は禁止だ。我々はまだ未成年だからな。そういうのは、家に帰って一人でやってくれ。非公式に持ち込んでもらう分には歓迎するが、学校にはばれないようにな」
「木下さん、大丈夫なんですか、そういうのって?」
「おお、興味があるのか梅宮? ちょうど今1つあるぞ」
「いえ、私は別に……」
脇に置いてあった鞄の中から半ば強引に渡されて、梅宮さんが苦笑している。
しばらく目を通していって、どんどんと顔が赤くなっていく。
「……もういいです、木下さん」
「といった具合に、我々は自由と自主性をモットーにやっている。興味があったら、是非見学でもしていってくれ。もちろん、梅宮も一緒にな」
それからしばらく梅宮さんと一緒に、壁に貼られたポスターを見たり、書棚の本を物色したりした。
「おお、『峠の上の雲』があるじゃないか。これ読みたかったんだよ」
「歴史小説だっけ、それ?」
「なんなら、持って帰ってもいいぞ。次来るときに返してもらえればな」
次の月曜日が部の活動日とのことなので、その日に梅宮さんと一緒に、見学させてもらうことになった。
左手に文庫本を5冊ほど抱えて、梅宮さんと並んで教室へと向かう。
「ごめんね、迷惑じゃなかった?」
梅宮さんが少し心配げに、上目遣いで訊いてくる。
「いや、全然。なんか面白そうだし」
「そう、ならよかった!」
「なんか、梅宮さんも、誘われてなかった?」
「木下さんって、中学の時からの先輩でね。ここに入学してから、ずっと誘われてるのよ」
「へえ、そうなんだ。随分と個性的な人だね?」
「そうでしょ? 昔から、あんな感じなのよ」
あれ、そういえば?
ふと、自分に困惑している自分がいる。
何で俺、梅宮さんとこうやって、普通に話してるんだろう?
つい先日までの自分からは全然想像ができないし、今現在も夢を見ているんじゃないかと感じてしまう。
共通の話題、のせいだろうか。
こちらから色々話し掛けているわけではないが、実際梅宮さんとは会話を続けることができている。
「匠君は、もう帰るの?」
「ああ、うん」
「じゃあ、よかったら、一緒に帰る?」
せっかくの申し出を断る理由は、特になく。
緊張で手汗を滲ませながら、借りて来た文庫本を鞄に詰め込み、教室を出た。
何となく背中に、他の生徒からの熱い視線を感じながら、梅宮さんと一緒に校庭脇の小道を歩く。
学園一の美少女とも噂される梅宮さんと平凡な底辺男のとり合わせは、さぞ奇異に映るに違いない。
けれども梅宮さんがたくさん話し掛けてくれるので、今はそんな事が気にならない。
「あの作者は、前のシリーズも面白いよ?」
「え、そうなの? それはまだ読んでないなあ」
「良かったら、今度貸すよ?」
「え、いいの? ありがとう。あ……」
梅宮さんが何かを思いたったように。
「? どうかした?」
「いえ、週末にでも読ませてもらおうかなって思ったけど、今日は金曜日だったね」
確かにそうだった、今日は金曜日なので、次に会うのは週末開けになる。
ああ、でも。
「俺の家駅から遠くないから、ちょっと待っててくれたら、取って来るよ?」
「そんな、悪いわよ、わざわざ!」
恐縮して手を横に振る梅宮さんに、
「いや、俺は別にいいよ。梅宮さんがよければね。この前梅宮さんが下りた駅の一つ先が、俺の最寄り駅だよ」
「そうなんだ……」
梅宮さんはほっそりした顎に手を当てて少し考えてから、
「ありがとう。じゃあ、私がそっちの駅まで行くよ」
帰宅時間に差し掛かっているためか、駅のホームは人でごった返していた。
俺と梅宮さんは体が触れ合いそうになりながら、何駅か満員電車の中で揺られた。
人の波に押されながら駅の改札を抜けて駅前の広場に出ると、梅宮さんが意外なことを言ってきた。
「どうせなら、匠君のお家まで行っちゃだめかな?」
「え、家に?」
「ここでじっと待ってても暇かな、なんてね」
憧れだった梅宮さんが今目の前で、俺の家まで来たいと言っている。
今日は長い時間一緒にいて、それだけでも一生ものの思い出になるかも知れないのに、まだこんな展開が待っていようとは。
明日、天地がひっくり返るのではないかと、真剣に心配してしまう。
梅宮さんに気づかれないように、跳ね回る心臓を必死に抑えながら、片道10分程歩道を歩くと、見慣れた一軒家へと辿りついた。
「ここだよ」
家の鍵を回しながら、ふと思った。
せっかくここまで来てもらったのに、家の前で待たせたままはいさよならって、それはそれで失礼ではないだろうか?
やんわり言ってみて、嫌なら断ってくれるだろうと腹を決めて、
「良かったら、お茶でも飲んでく?」
「……え?」
しまった、流石にドン引きされてしまったかな。
梅宮さんが明らかに、石膏のように固まっている。
「あの、お家の人は……?」
そう言えば、この家は今俺一人だった。
こんな所に姫宮さんのような女の子を上げるなんて、無謀で配慮がないのもいいところだと、即座に反省して。
「あ、そういや、今俺だけだと思うから、無理はしなくても……」
「……」
「じゃあ取って来るから、待っててね」
ドアを開けて家の中に入ろうとすると、梅宮さんが口を開いた。
「じゃあ……ちょっとだけ、お邪魔しようかな」
「え? あ、ああ…… どうぞ」
途端に脈拍数が激上がりして、耳の奥で鳴り響いている。
本当に、明日でこの世が終ってしまうのではないかと、心底心配になった。
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