幼馴染の彼女が毎日のように家に来ます

まさ

第1話 幼馴染

 頭が痛いし体が鉛のように重いぞ……


 寒気がするのに汗びっしょりで、寝間着がわりのスウェットがじっとりと湿っていて気持ちが悪い。

 当たり前か、昨日の夜から40度以上の熱があるのだ。


 故に今日は学校を休んで、自分の部屋のベッドの上で、蓑虫のように布団にくるまって唸っている。

 

 こんな状態の俺、匠宗一郎を一人残して、共働きの両親は平然と仕事に行ってしまった。

 薄情な親だと思いながらも、


「多分あいつが来ることを見越してのことだよな」


 と、朦朧とする意識の中で独り言ちて、思わず笑みがこぼれた。


 枕もとの目覚まし時計を見やると、もう夕方の時間だった。


『ピンポーン』


 来客を告げるインターホンの音が鳴った。

 ……無理だ、こんな状態で出たら、お客をびっくりさせてしまう。

 それに、大体予想はつく。


 シーンとした家の中に、ガチャガチャと鍵を回して、バタンとドアを開け閉めする音が響いた。

 トントントンと、階段を上る音が近づいてくる。

 コンコンと部屋のドアをノックする音がして、


「どうぞお」


 しわがれたおじいちゃんのような声で応えると、


「よ、生きてる?」


 と明るく元気な声がして、ドアの隙間から女の子が顔を覗かせた。

 学校の制服姿で、ちょっと天然パーマが掛かった茶色っぽい髪が、肩のすぐそばで揺れている。

 そして相変わらず…… おっぱい星人だ。


「死んでる」

「あはは、声聞こえてるじゃん!」

「でかい声はやめてくれ。頭に響くんだ」

「あ、ごめん。具合どお?」

「……見てのとおり、ゾンビ状態だし」


 女の子は部屋に入ってくると、俺の額に手を当てた。


「熱いね。病院には行ったの?」

「ああ、一応」

「ちゃんとご飯食べた?」

「ポタリスウェットとウーロン茶」

「ばか者! それじゃ薬も飲んでないでしょ? 今お粥作るから」


 そう言い放って部屋から出て行った女の子は、今年入学した高校のクラスメイトの美咲澪、俺の幼馴染だ。


 小学校2年の時、お互いの父親がこの街の将棋道場で意気投合して、彼女の父親と一緒にこの家を訪ねてきて以来のつきあいだ。

 彼女の家が父子家庭だったこともあってちょくちょくこの家で預かるようになり、そのうちにすっかり馴染んでしまって、今ではこの家の合鍵まで持っている。


 週の半分以上は、いや、暇な時はほぼ毎日のようにこの家に顔を見せて、いつも美味しい料理を作ってくれる。

 うちの両親もすっかりそれに慣れてしまっていて、仕事から帰ってから、いつも彼女と雑談しながら、それに舌鼓をうっている。

 

 ほぼ毎朝一緒に登校していて、今朝も迎えに来てくれたところ、母さんが俺の容態を伝えたらしい。

 その時はばたばたとこの部屋に乱入してきて、「今日は早く帰ってくるね」と言い残して、慌ただしく出て行ったのだった。


 頭痛と倦怠感を相手にほぼ白旗状態で抗っていると、澪がトレイの上に土鍋を乗せて戻って来た。


「ね、少しは食べないと」


 ベッドの脇に白い膝をついて、蓮華にお粥をすくい取って、


「はい、あーんして」

「……自分で食べられるよ」


 ふらふらと体を起こそうとすると、


「いいから、そのままで。食べさせてあげるから」


 そう言いながら、お粥の乗った蓮華をふーふーして冷ましてから、俺の口元にそっと近付ける。

 言われるがまま口を開けると、温かく甘いものが口の中に染み渡った。


「どう?」

「ありがとう。美味いよ」

「ん」


 時間をかけてほぼ食べ終えてから、


「さ、食べたら薬飲むわよ」


 澪は手付かずの状態で枕もとに放置してあった薬の袋を開けて、プチプチと錠剤を掌に取り出した。

 水の入ったコップを片手に、


「はい、口開けて」 

「あー、ごく」

「よし、えらいぞ。私しばらくここにいるから、ちょっと寝るといいよ」

「お前、離れてないと、風邪がうつるぞ」

「そうなったら、今度は宗が、私を看病してよ」


 そう言って澪は優しくて柔らかな笑顔を見せながら、小さな手で俺の頭を撫でた。


「あ、汗かいてるね。着替えた方がいいかも」


 そう言うと澪は立ち上がって、壁際に置いてあるクローゼットを勝手に漁り出した。

 両手で、上下の寝間着と、青いトランクスを抱えてきて、


「はい、ちょっとだけ起きれる?」


 たまにこの家の洗濯も手伝ってくれているので、男物の下着には免疫があるようだ。


「……今度俺がお前の看病をする時、逆のことしてもいいのかよ?」


 と冗談で言うと。


「ふふふ、そんな度胸があるのなら、やってみたまえよ」


 と自信たっぷりに言い返される。

 俺が口だけで、そんな恥ずかしいことはできないことは、折り込み済なのだ。


 出会った時の澪はちょっと太っていたけども、瞳が綺麗だった。


 最初は二人でいても全然話が弾まなかったが、お互いに親から習った将棋を指したり、一緒にアニメを見たり、同じ部屋で漫画を読んだりしている内に、だんだんと一緒にいるのが自然になっていって、いつしか普通に話すようになった。


 まるで妹か姉がいるかのように、あたかも、水や空気が周りにあるように。

 いや、水というよりは、お湯かも知れない。

 その日によって温度が違い、今日のようにぬるま湯で接してくれることもあれば、沸騰してしまって大やけどを負うこともあるから。


 だから昔から彼女のことを、異性として意識したことはなかった。

 でも中学校に上がったあたりから、少し様子が違ってきた。


「おい、匠宗一郎、ちょっと相談がある」

「なんだ?」

「お前、澪ちゃんと付きあっているのか?」


 ほどんど面識のない男子から、頻繁にそんな質問を受けるようになった。

 俺と澪はいつも登下校が一緒だったので、親しい間柄だと思われたらしい。


「いや、そういうわけではないが」

「じゃあ俺が告っても、問題ないな?」


 その後の展開はいちいち確認しなかったが、澪はいつも様子が変わらず、相変わらずうちの家に入りびたっていた。


 その頃の澪は、最初に会った時よりも顔がほっそりして、腫れぼったかった目もくっきり二重になって、鼻筋がすっと通った、いわゆる美少女になっていた。

 元々太り気味だった体形は、出ていた所はほぼそのままに、引っ込むべき場所がきゅっと引き締まって、中学生離れしたスタイルに変貌していた。


 それもあってか、男子からも女子からも話し掛けられることが多くなり、いつしか学校の人気者になっていた。


 そんな彼女は俺と家の中にいる時はいつも自由奔放で、風呂上りにタオル一枚でうろうろされたり、夏にタンクトップと短パン姿で間近でいられたりして、それなりに目のやり場に困った。

 例え血がつながった姉や妹でも、そんな姿を見せられたら、同じように戸惑うだろう。


 その度に、


「お前、もうちょっとガード上げた方がいいぞ」


 と突っ込むと、


「なんで? 二人しかいないんだから、別にいいじゃん」


 と返されるし、


「あ、もしかして…… エッチ!」


 と悪戯っぽく笑われて、それ以上何も言えなくなってしまっていた。


 しばらくうとうとしていると、「あら澪ちゃんいらっしゃい」と聞き覚えのある声が耳に入った。


「あ、おばさん、お邪魔してます」

「ありがとうね、こんな愚息のために。今日は夕飯は私が作るから、食べて行ってね」

「あ、じゃあ私手伝います!」

「あら、ありがとう。今日はおばさん特製の、具沢山クリームシチューね」

「わーい!」


 澪と母さんは楽し気に笑い合いながら、俺の部屋から出て行った。

 

 フロアの床を通して、陽気な話し声が聞こえてくる。


 たまに、「お前等母娘かよ?」と思う時がある。

 澪は明るく振舞ってはいるけれど、母親のいない辛さは、これまでにも味わってきたことだろう。

 あんな能天気で息子のことををかまわない母親でも、喋っていると気が紛れるのかも知れないな。

 

 本当なら、夕飯の後は澪と一緒にアニメを見たり、ゲームをしたり、じっくり将棋に興じたりするのだが、今日は勘弁してもらおう。

 好きなアニメも今日は頭に残らないだろうし、将棋の実力はほぼ互角、基本に忠実な居飛車党の俺に対して、澪は派手な振り飛車党だが、今日やれば間違いなく、体力のハンデで瞬殺されてしまうだろう。


 こんな感じで、俺が病気になったこと以外は普通の日常が、今日も過ぎていった。


◇◇◇

(作者より)

お読みいただきありがとうございます。

感想、コメント等ございましたら、よろしければ、宜しくお願いいたします。



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