第10話 取材

 平日が終って、休みの土曜日は、やはり心が軽い。

 

 文芸部部長の木下さんからのお達しを守るため、地元の商店街の最寄り駅で、朝から梅宮さんと待ち合わせをしている。

 少し早く来すぎたので暇を持て余していると、改札がある方向から声を掛けられた。


「おはよう、匠君!」

「あ、おはよ、梅宮さん」


 爽やかな挨拶を交わして、商店街がある方向へと足を向ける。


「私、この辺、あんまり来たことがないんだ」

「俺もだよ。ここ来るの、ほんとに久しぶりだ」


 普段づかいする駅でもなく、この辺りには目立った商業施設も無いため、降り立つこと自体が久しぶりだった。


 私服姿の梅宮さんを見るのは初めてだけど、制服姿のときと比べて、少し大人っぽく見える。

 学校のときとはお化粧なんかを変えているのか、いつもよりも目鼻立ちがはっきりしていて、美人度が上がっている。

 唇の色はより艶やかに見えるし、青色のミニスカートとサンダルに、白い素足が映えている。


 外見だけ見ると、なんだかデートっぽくね? と勝手に勘違いしてしまいそうだ。


 今日の段取りは、あらかじめ梅宮さんと打ち合わせをしてある。

 ぶらっと回ってから目に付いたお店にお願いして、その歴史や始めたきっかけとかを聞いてみようかと思う。

 

 そうした人たちとの出会いを参考にして、何とか記事や小説にできないかを考えてみるのだ。

 ソースが同じになるので、今回は俺と梅宮さんとの合作になるかも知れないとのことで、木下さんの了解は取ってある。


 古い建物や真新しい店舗、新旧が入り混じった商店街を一通り見て回ると、それだけでも結構な時間がかかった。

 お昼の時間が近づいていたので、どこのお店にするかを、食べながら話そうかということになった。


「匠君、あそこのお店、雰囲気よくない?」


 梅宮さんが人差し指を向けた先には、いつ建てられたんだと思うほど、レトロ感を通り越した古い店があった。

 使い古された暖簾に、『手打ちそば』と書いてある。


「いいね、雰囲気よさそう」

「うん」


 引き戸を開けて中に入ると、まだお昼には少し時間があるせいか、他のお客さんは見当たらない。


「いらっしゃい、お好きな席へどうぞ」


 腰がくの字に曲がった白髪のおばあちゃんが、顔をくしゃくしゃにしながら出迎えてくれた。


 天そばと鴨南蛮そばを注文してから、梅宮さんから提案があった。


「匠君、折角だからあのお婆さんに、お話してみようか?」

「いいね。このお店、歴史がありそうだし」


 早速事情を説明してお願いすると、店の奥にある小部屋へ通してくれた。

 狭い通路を挟んだ向かい側では、白衣姿の板前さんたちが、忙しそうに動き回っている。


「あたしはてっきり、彼氏さんと彼女さんかと思ったよ」

「いえいえそんな…… だって、匠君?」

「いや、はは……」


 話しを訊くとこのお店は、先の大戦での戦火を奇跡的に免れ、そのもっと前から建っているとのことだった。

 お婆さんは時おり懐かし気に中空を見詰めながら、既に亡くなったおじいさんと二人で頑張ってきたこと、途中で何度かやめようかと思ったこと、今は息子さんがお店を継いでいることなどを、穏やかに語ってくれた。


「お題はいいよ、ありがとね」


 レジの前で、おばあさんは笑顔でそう伝えてきた。


「え、でもそんなの、申し訳ないですよ!」

「こっちも懐かしい話ができてよかったよ。また来ておくれね」


 二人とも恐縮しながらも、ここはご厚意に甘えることに。


「いいお話が聞けたね」

「うん。その挙句にご馳走にまでなっちゃって、何だか申し訳ないな」


 それから、取材交渉(兼)聞き手担当の梅宮さん、筆記担当の俺といった大枠の役割分担で、順調に商店街の中を回っていった。


 梅宮さんの話が上手なお陰なのだろうが、どこに行っても、取材目的以上のお土産がついてきた。

 スウィーツ屋さんでは試作中のケーキの味見を頼まれるし、古本屋さんでは絶版になった文庫本を「売れ残りだから」と持たせてもらったり、雑貨屋さんでは梅宮さんに似合いそうな髪飾りをプレゼントされたり。

 みんな仕事中で忙しかったはずなのに、至れり尽くせりの対応を受けた。


「はー、緊張したあ」

「梅宮さんでも、緊張ってするんだ?」

「そりゃそうよ。私って結構人見知り派なんだから」

「へ? そうなの? 全然そんな風に見えないけど」


 そう素直な感想を言うと、


「そう見えるんならそれでいいけど、これでも結構無理してるんだよ?」


 そう言ってほほ笑む表情が、何だか儚そうに見えて、俺の胸をくすぐった。


「そうなんだ。俺なんかもっと引きっぽいから、梅宮さん見てると感心しちゃうけどな」

「ふふっ。私たち、実は結構に似てるのかもね」


 そんな梅宮さんがちょっとお疲れ気味に見えたので、


「梅宮さん、だいたいネタは揃ったし、せっかくだからちょっと遊んでいかない?」

「え? ……別にいいけど……」


 とりあえず目の前にあったゲームセンターを覗くと、最新のクレーンゲームの奥に、かなり年代物のシューティングゲームなどが置かれていた。

 複合施設にある大きな店とはかなり種類が違い、レトロ感が満載の場所だ。


「どれか欲しいのとかある?」

「あ、じゃあこれ…… この前友達とやって、駄目だったんだ」


 クレーンゲームのケースの中にある二等親の兎っぽい縫いぐるみに狙いを定める。

 この前の澪とのデートの時にコツはつかんだから、大丈夫。


 ……のはずだったが、現実はそう甘くはない。

 ちょっとだけ浮き上がってポトリと落ちる、その繰り返しで、両替した百円玉がどんどん消えていく。


「匠君、無理しなくていいよ?」


 そう言われても、こういう時に限ってかえって燃えてしまうのは、なぜだろうか。


 最後に残った百円玉を投入して、目いっぱい手を伸ばしてケースの横側から覗き込みながら、操作ボタンを押す。

 すると、縫いぐるみの背中に縫い付けてあるタグに偶然クレーンが引っ掛かり、ゆっくりと持ち上がっていく。


「きゃあ~!!」


 無邪気に笑う梅宮さんの叫び声が、店中にこだました。

 梅宮さんのこんな姿は見たことがないのでとても新鮮で、なんだかどこにでもいそうな女の子に見えた。


「いいの、本当に?」

「うん。梅宮さんのために取ったんだからさ」

「ありがとう、大事にするね!」


 縫いぐるみを梅宮さんに手渡すと、胸の前で抱きしめて、いっぱい喜んでくれた。

 そんな姿を見てこっちもほっとして、またちょっとだけ二人の距離が縮まったような気がした。


「次、どうしようか?」

「いや、梅宮さんの行きたいとこでいいよ……」

「じゃあ、ちょっと待ってね。前から行きたかったお店が……」

 

 元々の目的は既に遠い彼方、本当に今はデートっぽい。

 いいのかなと苦笑しながら、学校では見ないはしゃぎ方の梅宮さんについて行く。


 気づけば夏の長い太陽は沈みかけ、辺りは暗がりが広がっていた。


「ねえ匠君、夏休みとかって、どうするの?」

「あんまり考えてないんだよね。いつもはずっと家にいるから、今年もそんな感じかな」

「もしよかったらね、一緒に勉強でもしない?」

「え、勉強?」

「うん。私たまに図書館とかに行くんだけど、よかったら一緒にどうかなって……」

「それ、他の誰かと一緒に?」

「ううん。いつもは一人だから、あんまり考えてないけど」


 梅宮さんからの予想外の申し出に、胸の鼓動が早まっていく。

 つまり、俺と梅宮さんと二人で、図書館で勉強しようかってことか?

 確かにそう聞こえた。


 恐る恐る、


「それ、俺が一緒でいいの?」

「うん。匠君なら色々と分からないこと聞けそうだし、そんなに気を使わなくても良さげだし」


 どうやら純粋にお勉強のお誘いのようで、ほっとするやらちょっとがっかりするやら。


「それに、文芸部のお話も、できると思うよ?」


 梅宮さんと夏休みに一緒、みんなが羨むような話ではあるけれど。


「そうだね……」

 

 と逡巡してなかなか答えない俺に、


「ねえ、前から気になってたんだけさ」

「なに?」

「匠君と澪って、どういう関係なの?」


 梅宮さんが、俺から視線を外さずに問い掛けてくる。


 俺と澪との昔からのことを知っている者は、今の学校にはいない。

 もちろん、澪がうちの家に入り浸っていることなども。

 変に勘繰られる事が無いように、登下校時以外の学校の中ではあえて距離を作るようにもしている。

 けれど何も知らない周りから見れば、ちょっと変わった関係には見えるのだろう。


 どこまで答えてよいのか正直分からないけれど、


「昔からの知り合いなんだよ。家も近いから、学校の行き帰りとかはよく一緒になるんだ」 

「そうなんだ……それだけ?」

「ま、それだけでもないけど、まあそんなところかな」


 そんな話をしても、梅宮さんはまだ納得しきってなさ気だ。


「じゃあ匠君は、やっぱり澪と一緒の方がいいのかな……?」


 そう言われて、「一応予定を確認するよ」と返事は保留して、ひとまず梅宮さんと連絡先だけ交換した。

 頭の中に、不機嫌そうな澪の顔が浮かんだから。


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