第6話 初デート
翌日、爽やかな陽気の土曜日の朝、駅前の広場で澪と待ち合わせをした。
実は、昨日の夜に両親ともに帰宅してから、澪も加もわって四人揃って遅い談笑を済ませたあと、俺は澪を自分の部屋に呼んだのだった。
「なあ、明日って空いてるか?」
「一応ここにくるつもりだったから空いてるけど、なんで?」
「たまには外へ行ってみたらどうかと」
「は?」
実を言うと、今まで澪と一緒に、休日に外出したことはあまりない。
食材の買い出しで近所のスーパーに行ったり、荷物が重いから手伝ってと言われて迎えにいったりしたくらいだ。
理由は簡単で、俺が圧倒的にインドア派なので、「たまにはどっか行こうよお?」と言われても、色よい返事をしてこなかったからだ。
澪は澪でそんな俺に付き合って、一緒に部屋で過ごしたり、両親と一緒に雑談したりしていた。
たまに澪の父親も顔を出して、そうなると両方の親は昼間から酒が入り、家中でもり上がっていた。
けれども昨日のことはちょっと申し訳がないので、めずらしくこちらからお誘いをかけたのだ。
「めずらしいね。外に行って、何がしたいのよ?」
「……例えば、将棋道場とか」
それは両方の父親が知りあった場所で、子供の頃には澪ともども、よく連れて行かれた所だ。
「君さあ、女の子を誘うんなら、もうちょっと捻りなさいよ」
「……分かった。考えとくよ」
そんな会話を交わして今がある。
澪の家とは歩いて5分程の距離なので、いつものように家で待ち合わせをした方が楽ではあるのだが、今日はあえて違った感じにしてみた。
少し違った感じを出して、お詫び感を演出するためだ。
「おまたせ」
そう言って目の前に現れた澪も、今日は少し様子が違った。
――可愛いな。
チェック柄のミニスカートにショートブーツ姿で、普段付けない赤い髪止めを頭の上に乗っけて、薄っすらとお化粧もしているみたいだ。
いつもよりも白く見える素肌に唇が淡く紅を帯びて、ほのかな光沢を発している。
白い布地の下から、胸元の自己主張が半端ではない。
元々の容姿は学校中で噂になるほどなので、それに女の子らしい身だしなみが加わって、思わずガン見してしまうには十分以上の魅力だ。
「……なに?」
「……いや、お前も女子だったんだなって思って」
「はったおすぞ、おい」
言葉とは裏腹に先ほどから胸が高鳴っていて、昨日の梅宮さんとの時間に続いて、今日も俺の心臓は忙しい。
「お前、普段と雰囲気が違うくないか?」
「そりゃ、ま……ね。どこに行くのか分からないし、一応どうなっても大丈夫なようにっていうか……」
そう話しながら、澪がうっすらと頬を染めている。
「で、どうするの、これから?」
「どうしようか?」
昨夜澪を念のため家まで送って行ってから、つらつらと考えていたが、彼女が何をしたがっているのかが思い浮かばなかった。
普段家の中では違和感もなく自然に、漫画やアニメとかに興じていたりするが、こんなシチュエーションはほぼ経験がないのだ。
「はああ~、梅宮さんを家に呼ぶくらい成長したかと思ったけど、まだまだね」
「昨日は全くの偶然みたいなものだったからね」
「本当に?」
「……多分」
「じゃあ、私の行きたいところに、付き合ってもらってもいいの?」
「ああ、是非それで」
そんな澪がはたしてどうするのかと思いながらお供をしていると、電車に乗っていって若者がたくさんの街でウィンドウショッピングをしたり、気になったお店に入ったり……
特に目的も無くぶらついているように見えた。
大通りに面した古着ショップで、澪が青いワンピースを体の前にあてて、姿見と睨めっこをしていると。
「よくお似合いだと思いますよ。彼氏さんもいかがですか?」
「どうかな、宗?」
陽気なお兄さんに勘違いされて彼氏さんと呼ばれた俺は、やはり気の利いたことは返せない。
「うん、いいと思うよ」
本当にそう思うのだけど、なんでそうだとか、細かい誉め言葉や形容詞が出てこない。
ただ、これから夏に向かって行く中、空の青さを身に纏った澪は、多分綺麗なんだろうなとは思った。
結局決心がつかないまま店を後にして。
そういえば……
「なあ澪、お前うちの家に来ない時って、なにしてるんだ?」
唐突な質問に澪は少し戸惑いながら。
「そりゃ、色々よ。家の手伝いをすることが多いけど、友達と外へ出たり、一人で買い物に行ったりとか」
「友達って、学校の友達か?」
「お、気になるのかね、若者よ?」
「……いや、それほどでも」
「ふふ。多分私、宗が思ってる以上には、人気があるんだよ」
そう言いながら、いたずらっ子の目を俺に向けてくる。
そう言えば、あまりそんな話をした記憶もない。
何も話してこなければ何もないのだろうと、気にしてこなかったのだが。
そう言った意味では澪の空白の時間は、俺にとっては謎なんだ。
「じゃあ次は、お昼ご飯だね」
お昼のピークの時間を過ぎているとはいえ、人込みの多さにも比例してか、目についた店はどこも長い列ができている。
そんな中でここにしようと澪が選んだのは、恋人たちでいっぱいの、白木造りのお洒落なイタ飯屋さんだった。
待ち時間で澪がスマホで検索しながら、
「ここ、海鮮パスタが人気みたいよ」
「星4.0か。結構な人気店みたいだな」
二人で同じ画面を覗きこみながら、何を食べようかとわいわいしていると、いつのまにか自分たちの順番に。
店員のお姉さんに案内されて、小さめのテーブルを挟んで、一緒にメニューを覗き込む。
「宗はどうせ選べないだろうから、こっちで頼んじゃうね?」
そう言って澪は慣れた感じで、オーダーを伝えていく。
普段家で家政婦さんのようなことをやってる姿とはまた違って、今日は可愛くてちょっと頼れるお姉さんといった感じだ。
「美味しかったね~」
「海鮮パスタ、さすがだったな」
「味は覚えたから、今度作ってみよっかな」
「おお、その際には、是非特盛でお願いします」
「かしこまり」
満腹感が漂う昼下がり、次はどこに行こうかと辺りを散策していると、澪が微笑みながら話し掛けてきた。
「ねえ宗、私たち、こういうの初めてね」
「そう、だな……」
こういうのは多分、社会一般ではデートと呼ぶのだろう。
俺としては澪と一緒でどうこう言う前に、休日に女の子と一緒に何の用事もなく、外で時間を過ごすこと自体が初めてだ。
「ねえ宗、今日は何で、私を誘ってくれたの?」
急に真面目っぽく、そんなことを。
梅宮さんとの一件で機嫌が悪そうだったからとは言えないが、そもそも何で、あんなに不機嫌になったのだろう。
俺の右手でしっかり口元を押さこんでしまったので、多少息苦しさはあったかも知れないけれど。
「それはさ、昨日色々と迷惑をかけたからさ……」
「もしかして、その埋め合わせってこと?」
「まあ、うん……」
それ以上の説明や言い訳もできないままでいると、
「なーんだ…… そっか」
澪は俯いて俺から目を逸らし気味に、そう一言呟いた。
そこから何となく、会話が弾まない。
何かまずいことでも言ってしまっただろうかと思い返しても、よく分からない。
そもそものところ、澪は俺と一緒で、楽しんでくれているのだろか。
ふとそんなことを考え出して。
「なあ、澪」
「なに?」
「俺と一緒にいて、楽しいか?」
「え……?」
普段なら、急になんだよといった具合で軽くいなされるのがオチだが、今日は違った。
俺の声の中に、真面目なものが混じっていたからかも知れない。
「どういう意味、それ?」
その場で澪が立ち止まって、澄んだ大きな瞳に俺を映す。
「いや、お前いつも家に来てくれて、親や俺のことをよくしてくれるじゃないか。もちろん俺たちは助かってるけど、お前自身はどうなのかなって思ってさ」
「そういうこと? えっと……」
澪は頬に手を当てて、斜め横に目線を落として少し考えてから、
「楽しいよ、凄く。それに、安心もできるし。小さくてお父さんと二人だった時は、いつも一人で不安だったり、お父さんに連れられてあっちこっち引っ張り回されて、時々恐かったり。でも、宗たちと出会ってから、何だか自分の居場所が見つかった感じがして」
澪はすっと俺の方に向き直って、少し不安げな目を向ける。
「ねえ、宗はどうなの? 私が傍にいて」
そう逆質問されて、改めて考えてみる。
澪とは学校の行き帰りが一緒で、部屋の中でもよく一緒の時間を過ごして、それが俺の中で当たり前のようになっている。
楽しいかどうかと問われると、きっと楽しいと答えるだろう。
けどそれは、何か面白いことをしたりとか、思いあっている人と一緒で鼓動が高まったりとか、そういったものとは少し違う気がする。
いたらいたでたまに面倒くさくはあるけれど、澪が来ない日は家の中が静まり返って、居心地がよくない。
一人で引き込もるのを苦にしない俺にとって、その理由は正直説明がつかない。
けれど、いないと寂しくは感じるのは事実。
もしこんな生活が終って澪が目の前からいなくなったらどうなるかな……
そう思ったら、胸の奥が何かもやもやして、それが一気に広がっていく感じがした。
何だか腹のあたりが重く、息をするのが苦しい。
「どうしたの、宗?」
目の前に立つ澪が、心配そうに視線を送って来る。
そうか、これって……
一緒にいて楽しいかどうか、というより、いてもらわないと困る、といった方に近いかも知れない。
単なる空気や水とは違って、澪は俺に話し掛けてくれて、色々と世話を焼いてくれて、心配してくれたりもする。
たまに毒舌で凹まされることはあるが、慣れてしまえばそれもまた一興だ。
「あのな、澪」
「うん……」
「俺は、お前がいてくれないと困るんだ」
「……」
思ったことをほぼそのまま伝えると、澪の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「宗、それって、どういう意味?」
「さあね、俺もよく分からないけど、ホントそう思うんだよ。それに今日のその服、すっごく可愛いよ」
そう言って歩き出す俺に、
「ちょ……宗、待ってよ。もう!」
少し不満げに頬を膨らませながら、彼女はトンっと、体を俺にぶつけてきた。
「おい、痛いぞ」
「ふん! ………ばか」
そうか、俺はばかなのだろうか?
確かに、数学の成績は、それほど良くない。
それから本屋やゲームセンターに立ち寄って、暗くなってから今日も俺の家へと向かった。
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