第7話 入部
「どうも初めまして、匠宗一郎です」
「はじめまして、梅宮朱里です。よろしくお願いします」
「みんな、見学の二人だ。仲良くしてくれたまえ」
週が明けて月曜日の放課後、俺と梅宮さんは文芸部の部室を訪れ、居並ぶ部員達の前で自己紹介をした。
居並ぶとはいえ、部長の木下さん以外には、女子4人が点々と座っているだけだ。
あとは幽霊部員が、何人かいるだけだという。
ここに来る前に、念のために澪にもお誘いを入れてみた。
すると明らかに不機嫌そうな顔になって、
「私がいたら、梅宮さんと話辛いでしょ? だから、遠慮しときまーす」
と断られてしまった。
学校から一緒に帰るのなら部活も一緒でどうかと思ったし、お互いにやっていることが分かった方がいいかなとも思ったのだが、かえって気分を害したようだ。
「今日は自作小説の発表会だな。じゃあ……月島からいこうか」
「はい」
月島と呼ばれた女の子は身なりが木下さんとよく似ていて、琥珀色の縁の眼鏡をかけている。
「ところで、あれの続きはできたのか?」
「え……いきなりあれですか?」
「ああ。見学の二人もいるし、最初はインパクトがあった方がいい」
「まだコピーとか取ってないけど……」
「じゃあ、朗読で頼むよ」
「分かりました…… 部長、お好きですね」
月島さんは手元にあった紙束の中から1つを拾い上げて、朗読を始めた。
『家に帰ってからも、泰葉の体は火照ったままだった。衣服を脱いでシャワー室にある姿見の前でじっと佇み、敏夫の指や舌が触れた白い柔肌を自分の指でなぞりながら、悩まし気な声を上げ……』
「あ……」
すぐ隣に座っている梅宮さんが、微かに声を上げた。
『寸刻前にあれほど愛し合ったばかりなのに、もう体が彼を求めている。それほどに彼は甘く優しく、そして雄々しく、泰葉が今までに知るどの男にもないものを持っていた。「嫌……っ!」 最初は恥ずかしいと思ったけれど、でも彼の逞しさの前に彼女は……』
おいおいこれって……
隣の梅宮さんに横目を向けると、耳まで真っ赤になって下を向いていた。
恐らく、先週この部室に訪れた際に木下さんに見せられた、官能小説の続きなのだろう。
梅宮さん以外の全員は平気な顔で朗読に聞き入っている。
俺はといえば少し恥ずかしくはあるが、もちろん嫌いな分野ではない。
映像や画像の方がもっと刺激は強いのかも知れないが、こうして文章として表現されると、何だか違った淫靡さを感じてしまって、これはこれで悪くないと思ってしまう。
一通り読み終わると、部員同士の意見交換が始まった。
「泰葉の体が敏夫じゃないとダメになっていく感じを、もっと出した方がいいんじゃないか?」
「そこはもっと時間をかけてというか、泰葉はそれを否定しつつも、抗えない感じに気付いていくっていうか……」
小恥ずかしい話が一しきり続いた後で、
「さあ、ウォーミングアップは終わりだ。本番始めるよ」
その後はジャンルは違えど、それぞれが考えた未成年OKな小説の内容について、白熱した議論が展開された。
変に別の人の作品を卑下することはないけれど、感想や意見の中身は、やんわりした話し方ながらも真剣そのものだった。
「どうだね、二人とも?」
他の部員が引き上げて行ったあとで、木下さんが勧誘する気まんまんで訊いてきた。
確かに面白そうだ。
くだけた雰囲気の中にも、しっかりとした思いがあって、それを自由闊達に話し合える。
「梅宮さん、どうしようか……?」
「私? そうだなあ……」
「梅宮、君がOKなら、匠君もOKだと言っている。部員が少ないうちを助けると思って、協力してくれないか?」
そんなことを言った記憶は全くないが、梅宮さんが「はい」と返事をしてしまったので、ほぼ自動的に俺の入部も決まった。
さて帰ろうかと教室に向かう途中で、
「じゃあ匠君、一緒に帰ろっか?」
そう梅宮さんに言われて断るのは、一平民がエクスカリバーを地面から引き抜く以上に、難しいだろう。
そう自分に言い訳して、『今からちょっと用事があるから、帰っといてくれ』と澪にメッセージを送った。
最近梅宮さんと色々と話せてはいるけど、俺にとって高値の花のような存在であることは変わりない。
そんな彼女と一緒に帰ったからといって何がどうなるというものではないけど、つい二日前にデートをしたばかりの澪に対しては、ちょっと後ろめたさを感じてしまう。
人気がない放課後の教室で、
「匠君、これありがとう。面白かった」
「え、もう読んじゃったの?」
「うん。面白かったから、土日で一気読みしちゃって」
金曜日に俺が貸した文庫本の返却だろう。
差し出された紙袋を受け取ると、何だか重く感じる。
中を見やると、貸していた本以外にも、何冊かの本が入っていた。
「お礼ってわけじゃないんだけど、私が好きな本、よかったら」
「え、いいの?」
「うん」
聞いたことがあるタイトルの、学園ラブコメ物の本だった。
「梅宮さん、こういうのも好きなんだ?」
「そうなの。特にそれに出てくる女の子が、可愛くってさ」
そう言いながら屈託なく笑う梅宮さんは、そのヒロインにも負けないくらい、可愛い子だと思う。
帰りの途中で、正門へと続く小道を並んで歩いていると、グラウンドからこちらへと向かってくる、Tシャツと短パン姿の一団に出くわした。
手に手に黒い紋様のあるボールを抱えている。
サッカー部とおぼしき集団の中に、ひと際目立つ男子がいた。
身長は180センチは超えるだろうか。
短髪に甘いマスクで、周りと談笑しながらゆったりと歩いている。
その脇を通り過ぎる時、集団の中から『ヒュウ~♪』と口笛が鳴った。
恐らく、梅宮さんに向けて放たれたものだろう。
「やっぱり、京極さんは目立つわね」
「そうか、あれが……」
その人物が誰を指すのかは、すぐに察しがついた。
梅宮さんをしてそう言わしめるほどの存在感が、京極さんという人にはあるのだと、実際この目で見てよく分かった。
そう言えば、澪がその人に告白されたらしいと、真野から聞かされた。
結局その話はどうなったのだろうか?
澪に変ったところはなく、土曜日は一日中一緒にいたのだから、多分なにもなかったものと思いたい。
単なる幼馴染である俺が澪を束縛できる理由はないはずなのだが、それでもずっと仲の良かった女の子が他の男子と仲良くなるのは、あまり気分がいいものではない。
帰りの電車の中で梅宮さんとさよならをしてから家に戻ると、既に澪の姿があった。
一度家に帰って着替えてきたのだろうが、白のノースリーブに赤のミニスカートと、これからどこかへ出かけるのかといった服装だ。
「お前、これからどっかいくのか?」
「? いいえ、なんで?」
「服装が女の子みたいだから」
「しばくわよ、ホント。別にいいでしょ、たまには」
そう言いながら、居間で掃除機をかけている。
前かがみでいられると、スカートの後ろ側がずり上がってあぶない景色になるので、そこに目がいかないように別のことに集中するため、梅宮さんが貸してくれた本を手にとる。
それでも目の前をうろうろされると、どうしてもちらちらと目がいってしまう。
いつも父さんは帰りが遅く、母さんからも今日は遅くなると連絡があったので、澪が作ってくれたハンバーグを先に頂く。
中身は火を通し過ぎず、肉汁がじゅわっと染み出てきて口の中に広がる。
「澪、お代わり」
「はあい」
あつあつのご飯との相性が抜群で、何杯でもいけるのではないかと思ってしまう。
それから俺の部屋へ向かい、ベッドに並んで座って、今日あった出来事を語り合う。
「そっか。結局入部したんだ」
「うん。月曜と木曜は部活の日だから、帰るのが遅くなると思う」
「……よかったね。朱里と仲良くできそうで」
「あのなあ、そんなんじゃなく、文学に触れ合うためにだな」
「はいはい、そういう事にしておきましょうか」
やはり梅宮さんの話がでると、あまり気分はよくないようだ。
そういえば、澪の方はどうなのだろうか?
「なあ澪、京極さんって知ってるか?」
「えっ!?」
ぴょんと一瞬跳ねたように体を起こしてから、明らかに動揺したような表情を浮かべ。
「うん、まあ、少し……」
「その人にお前が告られたって噂があるんだが?」
澪は苦笑しながら目線を空中で泳がして、
「それは、あの、また今度話すからさ……」
それ以上、そのことで多くを話そうとはせず、俺もそれ以上は突っ込まず、この話はそれで終わりになった。
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