第8話 出し物

「では、出し物を決めたいと思います」


 文化祭の実行委員としてクラスから選出された女の子が、放課後に居残っているクラス全員に、黒板の前立って呼び掛けた。


 10月に催される文化祭、『鳳礼祭』では、各クラスごとに出し物がある。

 その内容を決めて実行委員会へ提出する期限が近づいているのだ。


 毎年近隣の住民にもビラを配って大規模に開催されるので、注目度や知名度も高く、それなりに真面目に考えないといけない。


「なにか案がある人いますかあ?」

「メイド喫茶がいいと思います」


 チャラそうな男子が、即答で発言した。

 「いいなあ、それ」という男子の声があちことから飛ぶ。


「それ、あなたが見たいだけなんじゃないの?」

「いや、このクラスは女子のレベルが高いからさ、きっと受けると思うよ?」

「そうだ、そうだ~!」

「ひゅ~♪」


 それって、澪や梅宮さんにも、そんな恰好をさせるっていうことか?


 澪に関してはよくそれに近い恰好を目撃するので違和感がないが、梅宮さんについてはイメージが湧かない。

 梅宮さんのメイド姿をつい想像すると、赤面してしまう。


「なあ美咲、そう思わないか?」


 のりのりの男子から急に話を振られた澪が、冷ややかに応じる。


「何で私に聞くのか分からないけど、お前らの魂胆は分っているから、賛成はできないなあ。それよりかは、男子が女装した方が受けるんじゃないの? 笑いのネタにもなるだろうし」

「じゃあ、ガールズバーってのは……?」

「だったらサパークラブなんかいいんじゃないの? お客さんとお話できるから、お前みたいな奴にも、出会いの場があるかもよ?」

「コスプレ喫茶なんていうのも……」

「いい加減にしないとはったおすぞ、お前!」


 澪に鋭い視線を向けられて、発言した男子がしゅんとなって沈黙する。


「……ごほん。他になにかありませんか?」

「あの……」


 梅宮さんが、そっと手を上げている。


「ダンスや演劇なんてどうかしら? みんなで一緒にできそうっていうか……」

「そうね、うん」

「いいかも~」


 真面目な意見に、誰からも反対が出ない。

 男子の中には、若干不服そうな表情の奴がいるけども。


「えっと、演劇部とダンス部の人いましたね? 何か意見ありますか?」

「放課後とかに練習すればいけると思います」

「同じくで~す」

「では、その二つは候補ですね。他にありますか?」


 それから、喫茶店やミニゲーム、展示とか、いくつかの案が出された。


 この俺は人前に立つのが死ぬほど嫌いなので、どんな風に決まっても、裏方に徹してのんびり過ごそうかと思う。

 なので、目立つ発言はやめておこう。

 

 強いていうなら、展示なんていうのは、事前に準備していれば当日はやることが無いはずなので、プレッシャーは小さいかも知れない。

 そんな後ろ向きなことを考えていると、


「吉原先生、多数決とっていいですか?」


 40歳過ぎで小太りの男性担任に話が振られて、


「ああ、いいけど、先生はメイド喫茶も捨てがたいがな……」

「「「先生!!」」」

「……冗談だ」


 結局多数決で、ミュージカル仕様のダンスに決まったのだが、次にその題材が話題になたった。


 過去の映画やミュージカルとか色んな意見が出てくるが、中々一つに絞るのが難しい。


「あの……」


 梅宮さんがまた静かに手を上げると、みんなの視線がそこに集まる。


「いろんな名場面のメドレーみたいなものって、どうかしら?」


 ちょっとの間沈黙があって、


「確かに、いいかも知れない」

「やりたいシーン、いっぱい入れられるね」

「おお。それなら俺にもあるぞ」


 なるほど、流石は梅宮さんだと思った。


 色んな作品の中には名場面があって、そこは一番盛り上がるし、みんなが一番見たいシーンに違いない。

 名曲のメドレーみたいな感じでやれば、受けるかも知れない。


「美女と魔獣のダンスシーンがいい!」

「オペラ座の魔人の舞踏会!」

「スターバトラーズの最後の対決シーン!!」


 みんな思入れのある場面があるようで、クラス中が熱気を帯びてくる。


「まだ発言してない人…… 真野君は?」

「え、俺?」

「ええ。何かありませんか?」

「えっと、俺はだな……ドラゴンファンタジーで、竜騎士ミロとフィオナ王女が、魔王城で再会するシーンとかだな……」

「あの、真野君、もうちょっとみんなが分かるように……」


 多分俺以外の誰も理解できない話だと思うが、こんな場所でも自分を曲げない真野は、ある意味で大物なんじゃないかと思う。


「えっと、匠君は?」


 実行委員から直接指名されて、面倒くさいなと思いながらも、それなりに思い入れがあるものを口にすることにした。


「敦盛」

「え?」

「本能寺で織田信長が亡くなる時に、よく出てくる舞だよ。平家の若武者の最後がモチーフになってて、炎の中で信長が踊るんだ。人間五十年~、てね」

「はあ、なるほど……」


 歴史好きの人間からすると語り尽くせないような名場面だけれど、ちょっと奥が深すぎたようだ。


 結局モブ二人の意見は採用されることなく、4つ程のテーマだけが決められ、配役や係はまた今度決めようかということになった。


 意外な盛り上がりがあったせいか、その後も、誰がどんな役がいいのかとかの話しで、みんな中々帰らない。

 多分梅宮さんあたりがヒロインになるのだろが、彼女も体は一つなので、争奪戦になるかも知れないな。


「帰る、宗?」

「ああ、そうすべえ」


 澪の後ろについて、熱気が冷めやらない教室を後にする。


「私は、宗が言ってた敦盛って、よかったけどな」

「だろ? でもまあ、歴史知らない人にとっては、なんだこれ? かもだからな」

「でも、もし採用されてたら、宗が信長やったの?」

「あ-、そこまでは考えてなかったな。俺はどっちかっていうと、信長よりも秀吉の方かもな」

「ははは、猿?」

「うきっ!」

「そうだ、今日の晩御飯、何がいい?」

「豚の残酷焼きの甘辛仕立てを所望する」

「豚の生姜焼きね? じゃあ、買い物に付き合いたまえ」

「是非に及ばず」


 もはや誰をもじったか分からない会話をしながら、今夜のおかずを仕入れるため、二人で激安業務スーパーへと向かった。



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