第25話 テーマパーク
何かのアラーム音が鳴り響いて、安眠の世界から呼び戻された。
吐息が触れ合うほどの距離で隣にいる澪がもそもそと手を伸ばして音源に触れると、途端に静けさに包まれる。
「朝だよ、宗。起きれそう?」
「ん……何とか」
昨夜寝る前に、澪が自分のスマホにセットしておいたらしい。
目を凝らすと、6時と表示されていた。
今日一日は大阪の街で自由にできるとのことで、どうしようかと話しあった結果、海辺にあるテーマパークに行くことになった。
二人で遊園地とかには行ったことがなく、その場所にしか無いもの、といった理由で。
今日は早起きして移動して、チケットブースに並ぶ計画だ。
身支度を整えてからリビングへ向かうと、その横にある台所で、お祖母ちゃんがフライパンを振っていた。
お祖母ちゃんの名前は土田珠代さん、澪のお母さんは美鈴さんといって、辰男さんと結婚してから美咲姓に変ったのだという。
「おはよう。もうじき朝ごはんができるからね」
「ありがとう、お祖母ちゃん!」
台所の食卓に座って雑談をしている間に、色鮮やかなサラダにポタージュスープ、目玉が二つのハムエッグが並び、トーストを焼く香しい匂いが漂ってきた。
「今日はこれからどうするの?」
「えっと、UJジャパンに行こうかなって」
「じゃあ、早めに行って並ばないとね」
お祖母ちゃんはそう言いながら、小脇に置いてあった鞄に手を入れて、そこから福沢諭吉を2枚取り出した。
「はいこれ、お小遣い。二人分ね」
「えっ、ちょっと、お祖母ちゃん……」
目の前にそれを置かれた澪が、目を丸くする。
「そんな、悪いからいいよ。お父さんからも色々もらってるし」
「いいじゃない、こんな時くらい。チケット代くらいにはなるでしょ?」
「どうしよう、宗……」
「あの、澪が良ければ、それはそれで……」
結局ご厚意に甘えることにして、二人そろって、深々と頭を下げた。
昨夜の深酒がたたってか辰男さんが起きて来ない中、お祖母ちゃんが俺と澪を見送ってくれた。
「じゃあね、お祖母ちゃん。また来るから」
「うん、またね。宗一郎君も、またいらしてね」
「はい、また是非」
挨拶を済ませてから、あらかじめ呼んでおいたタクシーに乗って駅に向かう。
そこから在来線を乗り継いで、大阪の臨海エリアにあるテーマパークに到着すると、秋の観光シーズンということもあってか、すでに沢山の人が並んでいた。
時間はかかったけども何とか開園時間前にチケットを買うことができた。
そのまま人の隙間に埋もれていると、前方にキャストさんが現れて、入場の手続きが始まった。
「なんかわくわくするね」
「お前って、こういうとこの乗り物って、大丈夫な方だっけ?」
「全然平気だよ。最初にまず、絶叫系にいくからね」
「ふうん……」
今日の澪は、黒のジーンズに歩きやすいスニーカーを履いている。
最初から、乗り物に乗る気満々だったのかも知れない。
入門ゲートをくぐって、コインロッカーに荷物を預けてから、早速お目当てのアトラクションに並ぶ。
首を上に向けると、曲がりくねった白いレールの上を、満員の人を乗せた車体が滑走しているのが目に入った。
ずっと前に家族で遊園地に行ったことはあって、その時は確か大丈夫だった。
けれど、外から見ただけでも大きさが随分と違うし、宙返りなどは経験がない。
「お前、こういうの乗ったことあるのか?」
「うん、中学の時に、友達と一緒にね。めっちゃ楽しいよ!?」
そう言って瞳を輝かせる澪の横で、大丈夫だろうかと、少しずつ気分が沈み気味になる。
この次はどうしようかといった会話をしながら、前の背中に続いて狭い通路を亀の速さで進み、階段を昇ってようやく搭乗口へ。
並んで座席に座り、少しきつめに安全バーを下し、それにしっかりとしがみ付く。
真っ白な衣装に身を包んだキャストさんに見送られて、車体がゆっくりと上に向かって進み、目の前の視界には透き通った空が映る。
横に目をやるとパークが遠くまで見渡せる。
一番高いところからゆるりと下降を始めたかと思うと、急に速度が上がって地面が急接近してくる。
顔面に風を受け、全身で揺れと重力を感じながら、上下に揺れ動く景色を捉えようとするも、あっという間にそれは次の景色に移ってしまう。
前方では、万歳の恰好で、両手を上に上げてはしゃぐゲストの姿が見える。
ハイスピードで滑走した車体は、興奮さめやらぬゲスト達を乗せて、ゆっくりスピードを落としてホームへと帰っていく。
「お面白い!!」
「でしょ? 次も絶叫系でいく?」
「そうだなあ。ショーやパレードとかもあるんだよな?」
「うん、ちょっと待ってね」
アトラクションの待ち時間が表示された掲示版の前で、澪が頭を捻る。
「人気のアトラクションは混んじゃうから、先に絶叫系かな。それからお昼にして、その後ショーとか?」
「いいねえ、乗ろ、絶叫系!」
少し怖かったけども、今まで味わったことのない爽快感に、一発ではまってしまった。
別の人気アトラクションの列に並び、中空を舞って大声を上げてから、ランチタイムへ。
パーク内は大勢の人で賑わっているためか、どこの店も人で溢れている。
そんな中でも、とりあえず入りやすそうなハンバーガーショップの列に並ぶ。
「私がオーダーするから、宗は席を見といてよ」
「はいよ」
澪にお願いされて、人でごったがえす店内をうろつくと、丁度運よく席を離れるカップルがいた。
入れ替わるようにして席を確保してから、テーブルの上に上着を置いて澪の方へ戻る。
カウンター越しに、普通の2倍はありそうな大きさのハンバーガーが乗ったトレイを受け取り、席でひと息ついた。
「でっかいな、これ」
「これからしっかり回るから、ちゃんと食べとかないとね」
時間に追われるようにランチを腹に入れて、キャラクターショーが行われる建物の列に並ぶ。
待ち時間と比べてアトラクションに参加する時間はほんの少しだけれど、澪と一緒にそれとない話をしている時間は、楽しくて苦にならない。
色とりどりの建物やパビリオンの間を歩く人たちからは笑顔があふれ出し、あちらこちらで個性的なキャラクターが愛想を振りまいたり、ブラスバンドの演奏が奏でられてる。
心が躍るような世界での時間はどんどん過ぎて行って、いつしか日は西に傾いていた。
「なんか帰りたくないなあ」
「じゃあ、明日学校休んでもう一日いる?」
「そうしたいけど、でもダメ」
「ま、また来ればいいじゃん」
「そうだね……また来ようね」
帰りの新幹線に乗るためには新大阪駅まで移動しなければならないため、もうあまり時間が残されていない。
「どうしようか、時間まで?」
「ずっとばたばただったからさ、ちょっとゆっくり歩かない?」
「ああ、そうしようか」
「じゃあ、はい」
そう言って、澪が片手を差し出してくる。
「なんだ?」
「もう、手だよ」
思わず口元を綻ばせながら、ちょっと拗ねた感じの彼女の手をとった。
それから、のんびりと景色を見ながら歩いたり、キャストさんに写真を撮ってもらったり、お土産を探したりして、残りの時間を過ごした。
力いっぱい楽しんで力尽きたからか、帰りの新幹線では二人とも爆睡状態だった。
家の近くの最寄駅から暗い夜道を歩いていると、澪が唐突に口にした。
「ねえ、宗」
「なんだ?」
「楽しかったね」
「ああ」
「…… ねえ宗、お願いだから、私の前からいなくならないでね」
あまり予想していなかった言葉に、俺の中で心が揺さぶられた。
「なんだよ、急に?」
「私、幸せにしてるとね、たまに不安になることがあるんだ。これが当たり前のように続くって信じたいけど、でも、そうはいかない時もあるんだって……」
「……それ、お母さんのことか?」
「お母さんのことも、おじいちゃんのこともそう。ずっと楽しかった家族から、いつの間にかいなくなっちゃった。それに、この前の夏のことだってあるし……」
暗い路面に目線を落として、震えるような声で言葉をつなぐ。
この前の夏…… 俺が海辺の街まで、澪を追いかけていった時のことを言っているのだろう。
あの時は俺も、当たり前と思っていたものが無くなってしまう怖さを感じた。
ずっと続くと思っていたことでも、何かのきっかけやすれ違いで崩れてしまい、後戻りができないこともあるのだ。
「だから……お願い、宗」
「なあ、澪」
「ん?」
「俺がいなくなったら、寂しいか?」
「……言わせるの、それ? ……ばか」
そう小さく呟いて、華奢な肩をコツンと俺の腕に当ててきた。
「俺はいなくならないよ。だからお前も、どこにも行くなよ?」
「……うん」
澪は小さく頷くと、俺の腕に自分の腕を絡めた。
その温かさが体に伝わり、胸の中まで染み渡っていく。
そのまま俺は彼女を家まで送っていき、玄関先で別れがたくしばらく一緒に佇んでから、自宅へと戻った。
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