第18話 一緒に
「おはよう、澪……」
「……おはよ、朱里」
静けさに包まれた市営図書館の閲覧コーナーのテーブルで、向かい合って座る二人の笑顔は、少しぎこちない。
「さあ二人とも、勉強始めようか……」
梅宮さんの前に、俺と澪とが、並んで座っている。
元々は俺と二人でということで梅宮さんから提案があった勉強会だったが、先のお祭りでの騒ぎの後、それをそのまま続けるのもどうかと思った。
澪が他の男子と一緒にいるのをやめさせた手前、俺の方も考えないといけないのだろう。
かと言って、恋人でも何でもない梅宮さんに『俺たちもうやめましょう』などと言う理由はないし、せっかく仲良くなりかけている梅宮さんとの、友達としての関係がなくなってしまうのは避けたい。
それで、俺なりに無い知恵を絞った挙句の結論がこれだった。
澪に相談すると「なんで?」と怪訝そうな顔つきになったが、俺の考えを素直に伝えて、ついでに数学の勉強も教えてくれたら助かると頼みこんで、何とか納得してもらった。
梅宮さんにも電話で話をしたところ、しばらく考え込んでいたが、
「いいよ、分かった。澪によろしく言っといてね」
と、最後にはOKしてくれた。
みんな仲良く一緒に、そんな単純な発想だ。
「図形の問題って、一本線を引くだけで、全然分かりやすくなるんだよ」
「なるほどお」
「ほええ。よく気付くな、そんなの」
澪が加わって、理系科目と文系科目の両方とも、わいわい言いながら勉強が進む。
ただし、図書館にいる他の人達の迷惑にはならない範囲でだ。
夏休みが残り半分をきったところで、驚きのことながら梅宮さんはもう全部の宿題を終えていて、他の参考書やら問題集やらに手を付けている。
澪はだいたい半分ほど、俺はもっと進んでおらず、背筋が寒く感じている。
特に理系科目は、壊滅状態と言っても過言ではない。
澪との日常が戻るまで一緒に勉強ができず、一人悶々とした日々を送っていたので、例年以上に進みが悪いのだ。
「1575年の長篠の戦いは歴史の転換点だよね。武田軍も頑張ったんだけど、赤備えの山県昌景や馬場信春とか重臣達が次々にやられていって、その後に残された高坂弾正が奮闘するんだけど……」
「「……」」
「あ、ごめん、こんなの、テストには出ないよね」
日本史は大好きなのでそこに質問が及ぶと、今までに本で読んだ知識も蘇ってきて、二人の目を点にしてしまう。
お昼の時間になってそろそろランチでもといった話になった時、
「どうせだったらカラオケでも行って、そこで食べない?」
と澪が言い出した。
「それ行ったら多分、ここにはもう戻ってこないと思うけどな……」
「あら、たまにはいいんじゃない? せっかくこうして集まったんだしさ」
急な申し出にぽかんとした顔をしていた梅宮さんだったが、すぐにいつもの笑顔に戻って、
「いいね、面白そう」
ということで予定を変更して、これからカラオケに行くことに。
「あ、そうだ。もう一人呼んでもいいかな?」
「え、誰呼ぶの?」
「真野」
真野の連絡先にコールすると、3コール程で反応があった。
「もしもし、真野か? 久しぶり」
「匠か。要件は何だ? 俺は今、聖女様と語り合っているんだ」
「聖女様が語るのって、相手は王子様か騎士様だろ。カラオケに行くんだけど、今から出て来れるか?」
「だから言ってるだろ? 俺は今……」
「梅宮さんと澪も一緒なんだよ」
「行く」
多分暇してるのだろうとは思ってはいたが、案の定だった。
どうせなら人数が多い方が盛り上がるのではと思ったし、何気に真野には感謝しているところがあった。
澪と京極さんとの話を教えてくれたのは彼で、それもあって俺は行動に移せたのだから。
それに、カラオケなど行くのは何年かぶりなので、一人同類のような奴がいてくれると、幾分かプレッシャーが和らぐというものだ。
約束したカラオケ店舗前で待っていると、約束の時間に5分程遅れて、真野が現れた。
よれよれのジーパンにくすんだ白のTシャツ、頭には跳ねが何本かという、女の子と会うにはおよそ似つかわしくない恰好。
苦笑しながらも、俺も人のことは言えないと思った。
梅宮さんと会う時にはそれなりに気は使っているつもりだが、普段家にいる時などは全く大差がない。
たまに澪に「だらしない」と怒られるけれど、そんなのはもう慣れっこになっている。
「ごめん、遅くなった」
「こんにちは、真野くん」
「おっす!」
「おい真野、シャツの裾、入れるか出すか、どっちかにしろよ」
「おっ、すまん。わが友よ」
受付を済ませて、4人でカラオケルームへ。
平日だけれども夏休み中だからだろうか、通り過ぎる部屋からは、若者向けのアップテンポな曲が流れてくる。
「料理、何にする?」
「私、ピザがいいな」
「俺は芋があればいいかな。真野は?」
「フライドチキンがよい」
ランチも兼ねてなので、メニューを見ながら、ボリュームのある料理と飲み物を注文して。
「さ、誰からいく?」
澪がタブレットを片手に、目を輝かせている。
「じゃあ、言い出しっぺからやればいんじゃね?」
「よし」
慣れた手つきでタブレット画面をいじってから、
「はい、朱里」
「ありがとう」
梅宮さんも平然として、タブレットに何かを打ち込んでいる。
スピーカーから、軽快な音律が流れ出る。
ワイヤレスマイクを片手に、澪の喉から力強い高音が発せられた。
女性K-POPグループの最新曲であることくらいは、俺にも分かる。
時折決めポーズを入れ、弾けんばかりの絵顔を見せながら、気持ちよさそうに歌っていく。
そういえば澪と一緒のカラオケに行ったのは。両家族で行って以来数年ぶりだが、昔から綺麗な声だったように思う。
歌が終ってみんなで拍手をしていると、画面に96点と表示された。
「ま、こんなもんかな」
「すごい、澪……」
確かに凄いなとは思ったが、同時にこいつ容赦ないなとも思い、何だか居心地が悪くなった。
「おい、どうする、真野?」
「すまない匠、先に頼む」
仕方なくタブレットをいじっていると、次の曲が始まった。
梅宮さんがマイクを口に近づけて、軽やかで澄んだ歌声を発した。
人気の女性アイドルグループの曲だと思うが、普段の落ち着いた雰囲気とは違って、なにか弾けたように歌声を放っている。
澪がもう一本のマイクを握り、いつしか伴奏状態になる。
人の歌に乱入し過ぎるのはご法度かも知れないが、元々大人数のグループの歌なので、その方が聴いていてしっくりくる。
「95点か、やるじゃん、朱里!」
「ありがとう!」
目の前でハイタッチを交わす美少女二人組を他所に、俺の手には汗が滲んでいた。
イントロが流れ出してすぐ、俺は機械を操作して、キーを2つほど下げた。
とてもじゃないけれど、原曲のままでは厳しい。
半ばやけくそ気味で、宇宙ファンタジーのアニメのオープニング曲を歌った。
「おお匠よ、それなら俺でもやれそうだぞ!」
すぐ横に座る真野がそう叫びながら、タブレットを握り締めた。
何とか一曲終えて……澪も梅宮さんも拍手してくれているが、点数は言いたくない。
そんな中何気に圧巻だったのは、真野だった。
多分女子二人は知らないであろうマニュアックなアニメの主題歌だったが、癖はありながらも無尽蔵かと思われるような大声量で、ステージに立って踊りながらガンガンに歌いまくった。
画面上には93点と表示され。
「すっごおい、真野君!」
「真野、お前を見誤ってたよ!!」
「ははは、次行くぞ、次!」
美少女二人とハイタッチしながら、大もり上がりだ。
同類を呼んだはずが、かえって自分の首を絞めてしまった。
運ばれてきたフライドポテトを頬張りながら後悔するが、もう遅い。
それから3時間近く歌い続け、結局俺が90点を超えることは、一度もなかった。
「ありがとう真野君、楽しかったよ。またね!」
「またな、真野!」
「おう。ありがとう梅宮、美咲。ごきげんよう! 匠、また呼んでくれよな!」
「ああ、またな……」
いつしか真野は、女子を呼び捨てにしていた。
恐いもの知らずだなと思いながらも、こいつらしいなと内心笑ってしまう。
普段は目立たないながらたまに見せるこの豪快さは、嫌いではない。
「じゃあ俺たちも帰るかな?」
「「うん」」
真野と別れて三人で駅に向かうが、その間も真野の話題で持ち切りだった。
普段の地味な雰囲気と、歌を歌っていた時との強烈なギャップが、よほど印象に残ったのだろう。
梅宮さんとも別れて、澪と二人での帰り道、
「大丈夫。宗も練習すれば、うまくなるよ」
「別にいいんだよ。俺はそれなりにできれば。それよりな?」
「なに?」
「宿題を手伝ってくれないか? 結構やばそうなんだが」
「あああ、そう言えば、私もそうだった!」
いつもは俺の部屋に集って缶詰になるのだが、今日は宅急便で荷物が届くので家にいろと言われているらしく、この後澪の家に集合することにした。
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