第31話 これからも

 文化祭が終って翌日の土曜部の朝、俺は遅い時間まで微睡んでいた。


 舞台公演に朗読会、こんなに人前に出たのは、生まれて初めてだ。

 準備してきた時間も含めて、よくやったなあと、自分を褒めたくなる。

 体中の脱力感をじっくり味わいながら、至上のひと時を貪る。


 文化祭が終わった日は、部室と教室の片づけを終えてから帰宅し、匠家に辰男さんと澪が尋ねてきて、5人で乾杯をした。

 ちょっと奮発したらしく、出前でとった寿司が並んでいた。

 

「宗君、君の朗読は、君と澪とのことだよな?」

「そうよね、私もそう思ったわ!」


 どうやら朗読会を聞いていたらしい辰男さんと母さんが、酒が入って紅潮した顔で笑い掛けた。


「そういえば、夏祭りの日は、結局宗君と澪は、二人っきりだったのか?」


 そう辰男さんに突っ込まれて、俺と澪は二人で全身が硬直した。

 友達も一緒だったことにしていて、もしそこが嘘だとばれたら、澪が他の奴とお泊りしようとしていたこともバレてしまう。


「あの、そこは、創造力といいますか……」

「まあ、そういうことにしておこうか。何にせよ、まあ一杯……」

「お父さん、だからそういうのは、だめだって!!」

「ま、母としては、愚息の成長の一環として、大目に見よう」

「お前も、そんな歳になったんだな、宗一郎!」


 結局、どこまで嘘がばれているのかも、幸い分からず仕舞だった。


「ところで、宗一郎、お前のことが好きだからだって、それって澪ちゃんのこと?」


 今日は酔いが回るのが早い母さんが、なおも追撃の手を緩めない。


「だから、あれは創作の話しなんだってば!」

「ふーん。まあ、いいけど」

「ははっ、宗君。澪のこと、これからもよろしく頼むよ!」

「……はい、頑張ります……」


 うちの親には、朗読会に出るとは言ってなかったはずだけれど、文芸部に入っていることは知っているので、多分勝手にそこへ行って、情報を仕入れたのだろう。


 結局その夜はずっとそんな感じだったので、澪と二人での話しはできていなかった。


 自分で自分の背中を押すために、何かが欲しかった。

 小恥ずかしくはあったけれど、創作の小説ということで読み上げるだけなら、他の人達には分からず、大事な人には届くんじゃないか、と思った。


 その中には、当然梅宮さんも含まれる。

 ちょっと申し訳なかったけれど、俺の中で大切な存在だったことや、今でも友達でいたい思いは、伝わったと信じたい。

 

 俺が出る朗読会の前日にあらかじめ内容を説明すると、彼女は一筋の涙を流した後、


「ありがとう、匠君。いいお話だね」


 と笑ってくれた。


 その涙を見て、俺も確信できた。

 梅宮さんは、こんな俺のことを好きでいてくれたんだ。

 切なさと申しわけなさで胸が痛んだけれど、これ以上曖昧にしておくことはよくないと思った。


 ごめん、俺は澪が好きなんだ。


 本当に、心の底から、ありがとう。


 今は虚脱感でいっぱいだ。

 でもこんな時に限って、いつもあいつが乱入して――


 来ないな、今日は?

 何だか物足りず、ちょっと心配になって、RINEでメッセージを送ってみる。


『おい、澪』


 すぐに返事が返ってきて。


『おはよう』

『なにしてる?』

『うちでぼーっとしてる。目、覚めた? 疲れているんじゃないかと思って』

『ああ、ぼちぼち起きようかと』

『じゃあ、そっち行くから』


 どうやら俺のことを気遣って、大人しくしてくれていたようだ。


 そのまま布団にくるまっていると、インターホンが鳴って、階下から声が聞こえてきた。

 今日は仕事が休みなので、父さんも母さんも家にいる。

 多分、挨拶と雑談を交わしているのだろう。


 しばらくすると、階段から足音が響いて、ドアがノックされた。

「はいよお」

「よ、青年」


 いつもと違って静かに部屋に入って来た澪に、見とれてしまった。

 上下お揃いのチェック柄の上着とミニスカート姿で、普段身に付けない耳飾りが顔の横で揺れている。

 うっすらバラ色の頬にほの明るい唇。

 相変わらず大きな胸もとが、堂々と自己主張をしている。


 何も言わなくても、これからどこかへ行くんだと訴え掛けている。

 ベッドで半身を起した俺の前で、ぺたんと正座して座り込んだ。


「お前、これからどっかいくのか?」

「別に…… 予定はないけどさ」


 俺次第のようだ。


「じゃあ、どっか外へいくかな」

「その前に、ちょっと話があるんだけど」


 なんだろうか、大体想像はつくが。


「……なんだ?」

「宗が書いた小説のこと」


 やっぱしな、予想通り。

 

「なんでございましょう?」

「あれって……私たちのことだよね?」

「えっと、そうだな。9割フィクション、1割創作ってとこかな」

「なんで、あそこで発表しようと思ったの?」

「それは……俺がへたれだからだよ」

「え?」


 俺の返事が意外だったのか、澪がきょとんとしている。


「申し訳ないかなとは思ったよ。でも、お前や梅宮さんに、面と向かって話す勇気がなかったし、文章にしないと大事なところが抜けちゃう気がしたんだよ。それで、部長の木下さんに相談したら、面白いから是非やってみろって、応援してもらったんだ」


 このアイデアが浮かんだ時、俺は木下さんに相談を入れた。

 あくまで仮想の創作だってことにして。

 彼女はいつものようにちゃかすことはなく、真剣な面持ちで、俺の話を最後まで聞いてくれた。


「リアリティがあって中々面白い。君も腕を上げたな。是非やってみろ」


 その言葉をもらって、澪に何も言わないようにして、こつこつと書き上げたのだった。


「そっか。宗らしいけど……」


 そこから澪は、ぽっと頬を赤らめて、


「最後の、あの言葉は?」

「最後の?」

「うん……」


 とぼけてはみたけれど、どの事を話しているのかは、直ぐに分かった。


「あれは、俺の創作だよ。その場では言えなかったけれど、でも今の俺なら、ああ言ったと思うんだ」

「…………宗、じゃあ…………」


 澪が真面目な顔で、背筋をピンと伸ばす。


「えっと……澪、お前が好きだからだよ」

 

 しばらく沈黙があって、澪の目尻がきらりと光った。


「私も……大好きだよ、宗」


 彼女は春の花のように笑顔を満開にさせて、俺に抱きついてきた。

 俺もしっかりとそれを受け止めて、強めの力で彼女の背中を抱きしめる。

 彼女の温もりと柔らかさが、俺の腕と胸元に伝わってくる。

 彼女の甘い香りが俺の鼻腔をくすぐり、思考が遠くなっていく。


 顎を引くと、上目使いの澪と目が合った。

 

 彼女はそっと瞼を閉じて――


 心臓の鼓動が速くなり、耳の奥で鳴り響く。


 俺は彼女の小さくふくやかな唇に、自分の唇を重ねた。


 それから二人抱き合ったまま、どれだけの時間が過ぎただろうか。

 ずっと心臓がドラムを奏でていて、火が噴き出すように顔が熱い。

 

 何だか落ち着かず、空気を変えようと、


「なあ、澪?」

「ん?」

「これで俺、お前のおっぱい揉んでも、問題ないんだよな?」

「……ば……ばか者!! なんで今そんなこと言うのよ!!!」


 耳まで真っ赤に染まった澪に、ほとんど本気で、頭をぶん殴られた。


 しばらく機嫌が悪かった彼女をなだめながら、着替えを済ませ。


「で、どうしようか?」

「どうせ、何も考えてないんでしょ? 私の行きたいとこに、付き合ってもらうわよ?」

「是非に及ばず、です」


 どうやら今日も一日、この幼馴染に振り回されそうだ。

 そして、きっとこれからも。




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◇◇◇

(作者より)


このお話は、一旦ここで一区切りにしたいと思います(当初の予定通りです)。

いままで弊職の稚作をお読み頂き、心より御礼申し上げます。

本当に、大変感謝です。


また何かの機会に、お会いできれば幸いです。

(新ネタ、考え中です)


引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。




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幼馴染の彼女が毎日のように家に来ます まさ @katsunoi

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