第13話 実は照れ屋なオー君なんですっ!

 ユリアンテからの決闘宣言を受けてからもう丸一日半が経った。

 あれから私はあまりのショックに寝込んでしまって、今も布団から出られない。

 ご飯も食べる気が起きないし、もう何もかもが嫌になってしまっている。


 辛い、悲しい、悔しい。

 この三年間が無駄になると思うとそれだけで涙が出てくる。

 そして今の自分の情けなさに対しても。


「パムちゃん、いるかい?」


 そんな私を心配して寮長さんがやってきてくれた。

 真っ白な湯気を立たせた料理を持って。


 おかゆみたいだ。

 ああ、卵も入ってるみたいでとってもいい香り、美味しそう。


「ほら昨日の夕食も食べてないじゃないか。ショックなのはわかるけど、しっかり栄養とらなきゃ治るもんも治らないよ!」

「でも、もう私なんて……」

「パムちゃん……」


 でもそんな親切に触れられて逆にまた怖くなってしまった。

 思わず掛け布団を頭まで被せてしまうくらいに。


「まぁ召喚騎士の事はあたしらにゃわからんから大した事は言えないけどさ、人間って事に変わりはないんだからね。ほら、いい加減シャキッとしな!」

「うう~嫌ですぅ~~~!」

「ああもうじれったいねぇ。どうにかならないのかい、そのもやしみたいな性格」

「無理ですぅ。これが私なんですぅ」

「なんて言ったらわかってくれるかねぇ、これは」


 言わなくてもわかってます。もちろん寮長さんの優しさも。

 だけどなんだかもうやる気が起きなくて。


 あのユリアンテだけならまだしも、魔人エルクに勝つなんてとても無理。

 そう心と体がわかってしまったから、もうどうでもよくなってしまった。

 だって魔人の恐ろしさはこの私が誰よりもよく知っているつもりだから。


 ああ、私もお母さんと同じくらい強ければよかったのに。


 そうじゃないからと悔しくて、つい布団を握る拳に力が籠ってしまう。

 このままじゃ涙も出てきそう……。


「……でもね、こうして心配しているのは私だけじゃあないんだよ」

「えっ?」

「ほら、窓の外を見てごらんよ」


 でもこんな事を言われ、つい体を起こして窓を覗いて見てしまって。


 そうしたらその事実に気付いてハッとしてしまった。

「どうして」――そんな言葉が漏れてしまうくらいに。


 オー君が外にいたのだ。

 私の家の場所なんて教えていないのに。


「昨日の夜ねぇ、あの子がゆっくり歩いてきたんだよ。それでもってアタシに対しても『マスターパムの命令待機中である~』とか言って聞かないのさ。ありゃもうテコでも動きはしないねぇ」


 じゃあもしかして学校から一人で一日かけて歩いてきたの!?

 私の元に来るために? たったそれだけのために!?


「ああやってパムちゃんの事をずっと待ってる気だよ、あの子は。それなのにパートナーであるパムちゃんがここでずっと寝てていいのかい?」


 そうだ。私が行かないとオー君は絶対に動かない。

 あの子は私以外にはあんまり話をしないし、指示もいっさい聞かないんだ……私の言う事も聞かないけど。

 それでも私が行かなきゃ話にならないよね。


 ――だけど、何のために?


 あの子が問題を引き起こしたんだよ?

 あの子のせいで召喚騎士になれないかもしれないんだよ?

 だったら何もあんな子のために私が動かなくてもいいじゃない。


 そうだよ、私はもう疲れちゃったんだ。

 ユリアンテやエルクの悪態にも、オー君の扱いにも。


 だからもう何もしたくない……。


「ハァ~~~、じゃあ一体誰があの芝生の手入れをするんだい? ああも一日居座られるとねぇ、すぐダメになっちまうよ?」

「え?」

「せっかくアタシが丹精込めて手入れを続けてきた芝生なのにねぇ~。あ~ヤダヤダ、とっても残念だわぁ~」

「う、そ、それは……」


 で、でもぉ、人に迷惑はかけたくない。

 寮長さんはお世話になってるから特に。


 ああ~~~私の良心が「ええから働かんかい!」って訴えてくるよぉ!


「わ、わかりました、行きまつ……」

「あらぁ~良かったぁ! 石畳みの上なら構わないから移動よろしくねぇ!」

「うぃ……」


 先日の役得朝ご飯が脳裏に浮かんでとても逆らえそうにない。

 この美味しそうなおかゆも相まって。


 うーん、欲望に弱い私。

 あ、お腹がギューって……いつの間にか食欲も戻ってるし。


「だったらせっかくだからあの子と精一杯触れ合ってあげな。もしかしたらあと半月の付き合いかもしれないんだろう?」

「……」

「だったら意固地になるのはやめときな。後悔するだけだよ。自分達のいざこざに巻き込んだんだってね」

「……うん」


 そうだ、元々これは私の問題なんだ。

 だったのにオー君を巻き込んでしまっただけで。


 もしかしたらその露払いで反論しただけかもしれない。

 本当は彼も迷惑に思っているかもしれない。


 だけどオー君が私を守ってくれた事には変わりない。


 ……だったらお礼くらいはちゃんとしなきゃ。

 私ばっかりしてもらうだけなのはあまりに不公平だ。

 だって彼はパートナーであって召使いじゃないのだから。


「さ、その前にご飯を召し上がり。話はそれからだ」

「は、はひっ!」

「うん、やっぱいいねぇ若いってのは!」


 そう思ったら少しだけやる気が出てきた。

 だからと寮長さんから受け取ったおかゆを口に流し込んだら、口の中がちょっと火傷してしまった。痛ーい!


 だけどめげず、寮長さんのお手伝いも少しだけする事に。

 せめてご迷惑をかけた分だけは、と皿洗いをしてあげる。


 それもすぐに済ませ、とうとうオー君に姿を見せる事ができた。


「オー君、一昨日はごめんね! せっかく守ってくれたのに放置しちゃって!」


 もちろん第一声は謝罪から。

 これだけは絶対にするんだと決めていたから。

 私のために魔人エルクに喧嘩を売るような事までさせちゃったし。


 だから私はせめてこの半月をオー君のために――


『当機へと謝罪を行う動機が不明。理由の説明を請う』

「えーーーっ!?」


 でも当人がちっとも気にしていませんでした。

 そのためにやる気を振り絞った私っていったい……。


「ほ、ほら、オー君が私を守ってくれたじゃない?」

『否定。当機は魔人エルクに対し客観的かつ論理的な意見を述べたに過ぎない』

「でもほら、その、挑発して敵視を背けてくれたし?」

『否定。当機は客観的かつ論理的な意見を述べたに過ぎない』

「あ、あの、ここまで来てくれたし?」

『この地であればマスターパムの指令がより効率的に受けられると想定したものであり、それ以外の意図は存在しない』


 が、がーん!

 じゃ、じゃあ守ってくれたっていうのは私の勝手な思い違いって事……?

 そ、そんなー。


『ただし当機はマスターパムの精神状況および肉体の急激な衰弱を検知している。場合によっては緊急措置を施す用意があった』

「えっ……」

『しかし現在は共に安定レベルにまで推移。当機の救助は必要無いものと判断する』


 そっかオー君、なんだかんだで私の事を心配してくれて……!

 やっぱりこの子はとっても優しかったんだ。もうっ、照れ屋なんだからぁ!


「ありがとうね、オー君っ!」

『当機へと感謝を行う動機不明。説明を――』

「いいからいいからー! ありがとね、ぎゅーっ!」

『マスターパムの行動理念は合理性に欠いている。生物的抱擁は当機に不要な行為である。理由の説明を請う。繰り返す――』


 思い切って抱きついてあげたら、案の定あわててるみたい。

 もう、素直じゃないなぁオー君は~!




 でもそんなオー君だからこそ私は安心できたのかもしれない。

 おかげでこの時、私はもう償いとかお礼とかどうでも良くなっていたのだから。


 この半月で私達ができる事を精一杯しようって思えるくらいに。

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