第2話 またあの陽のように昇ってもいいですか?

 もう自分の夢も、田舎の家族の事も忘れていた。

 この地獄から解放されて自由になりたいのだと。

 そうすればあの太陽を見てみじめにならずに済むから。


 だけど世界はそんな私をまだ自由にはさせてくれなかった。


「何やってんだ死ぬ気か、この大馬鹿ヤロォーーーッ!!!」


 身を投げたはずなのに。

 川に飛び込んだはずなのに。


 だけど今、私はなぜか空を飛んでる!

 川がどんどんと離れ、景色の先に行ってしまってる!?


 でもそれと共に右脚に痛みを感じ、みたのだけど。


 そうしたら青いワイバーンが私の足を掴んで羽ばたいていた。

 まるでものともせずに力強く翼を仰いで空へと飛び上がっていたんだ。


「キャーーーッ!!?」

「キャーじゃねぇ! 支えるから自分で体を起こして手を掴みやがれっ!」

「――えっ!?」


 でもそのワイバーンにはなんか男の人が乗っている。

 しかも私に向けて手を伸ばしていて。


 だから私は言われるがまま無我夢中で体を起こし、彼の手を取っていた。

 それで引き上げられると、そのままワイバーンの背へと載せられる事に。

 ほ、本当に空の上だ! こ、怖い!


「そのまま腰に掴まれ、振り落とされるなよ!」

「はひっ!」

「それで大丈夫か!? 体に痛い所はないか!?」

「あ、はははい大丈夫でつっ!」

「そうかーそいつぁ良かったぁ!」


 でもこんな風に手を差し伸べられたのは今までで初めてだ。

 それにこうして心配してもらえたのも何時ぶりだろうか。


 そして夕日をこんな空高くから見る事も、見ようと思った事さえない。


 だけどとても綺麗……。

 空から見る太陽がこんなにも雄大だったなんて。地上からはもう見えなくなりそうだったのに。


「落ち着いたか?」

「え、あ、はい……」

「どうだ、空からの景色なんて早々見れるもんじゃないだろ?」

「はい、初めてです」


 男の人の声も大きいけどとても優しく感じる。

 背中から響いてきて、しっかり聞こえてくるから安心感を与えてくれるし。

 

「その制服から察するに、お前この街の召喚騎士訓練学校の生徒だろ?」

「え!? あ、うぅ……」

「まぁそう硬くなるなよ。俺も召喚騎士なんだから」

「そ、そうなのですか!? あわあわわ!」


 でもふと彼からまったく違う話題が振られ、つい口ごもったり慌てたり。

 だけどすごいな、すぐにわかっちゃうんだ。さすが先輩さんだ。


「それでなんだ、悩み事か? 身投げするくらいの」

「それは、その……」

「深く追求するつもりはねぇ。だがここは他に誰もいない空の上だ。だったら吐き出したい事も吐き出せるんじゃないか?」

「え、でも……」

「ああもう、いいから遠慮せず言ってみろよぉ! ここだけの話にしておいてやるから。それに少しは吐き出しちまった方がいいって感じの顔してたぜぇ? だわーってな」


 よく見たら、ワイバーンは街の上空高くを旋回しているようだった。

 どうやらまだ地上に降ろす気はないみたい。きっと私が悩みを吐き出すまでは。


 ツンツン頭に騎士鎧服という見た目通り、ちょっと強引な人だなぁ。

 あ、髪は空飛んでるから仕方ないか。


「じゃ、じゃあその……私、訓練校でいじめに遭っていて」

「あーいるいる。俺ん時もいたわ。上位の奴らがこぞって底辺をいたぶるんだよな」

「それでその、主犯格がその、ユリアンテお嬢様で」

「ああーっ、あのシュティエールの我儘お姫様! かーっ、お前ツイてねぇな、あいつと同期なのかよ! 心中察するぜぇ」

「ハイ……」


 なんだろう、あの人やっぱり有名なのかな?

 それになんだかこの人なんでも知ってそう。


 だけど悪い気はしない。なんだか話を通じ合えてる感じがあって。


「それでいつもいびられて、罵られて」

「おお、それで?」

「今日も従者召喚失敗しちゃって、それで虫以下だって笑われて」

「……ほぉ」

「靴も燃やされて、足が痛くて……うぅ」

「……チッ、あいかわらず胸糞悪ィ話しか聞かねぇなぁあの女の事は」


 それでも話していると、彼の腰に回していた腕に力が籠る。

 泣きたいのを我慢したくても嗚咽が漏れてしまう。


 ダメ、悲しいが止まらない……!


「で、もう退学確定なのかよ?」

「……え?」

「従者召喚のチャンス、もう終わっちまったのか?」

「いえ、あと一回くらいはなんとかあるみたいで」

「んだよぉ、まだ終わりじゃねぇじゃんかぁ~! んははっ」


 そうしたら彼はいきなり話を切り替えてきて、しかもしまいには鼻で笑ってくる。

 それがなんだか妙に腹立たしくて、出そうになっていた涙が引っ込んじゃった。


「……なぁお前、さっき落ちた時、怖かったか?」


 だけど今度は途端に落ち着いて語り掛けてくるし。

 なんだろう、この人の感情が掴めない。まるで掌で転がされているような感じ。


「その、考える暇がなかったっていうか」

「そうか」

「あ、でも今考えたら怖いです。死ぬかもしれないって思ったらこ、怖くてたまりません……何であんな事しようと思ったのか」

「だよな、俺も死ぬのは怖いよ」


 そんなの当り前なのに。どうして聞くの?


「けどお前はその恐怖を乗り越えて死のうとしたよな」

「まぁそう、なりますね」

「んでもって俺が助けなかったら死んでいた」

「……」

「ならお前は今、死んでるも同然な訳だ」


 言っている意味がわからない。

 それなのにどうしてだろう、不思議と聞き入ってしまう。


「ならもう怖いものはないだろ? だったら今さっきと同じように死に物狂いでやってみようぜ?」

「あ……」

「死んだなら何やろうが誰にも関係ねぇ。お嬢様に何されても関係ねぇ。死体らしく無視キメてやる事だけやれ。最後のチャンス、お前なりにブチかましてみせろよ」

「最後のチャンスを……」

「それでもダメなら本当に終わればいい。どう終わらせるかはお前次第だけどな」


 ……今ようやくわかった。

 この人は私の事を励ましてくれていたんだ。

 ただ単に好奇心で聞いているかと思ってたけど違ったんだ。


 私にそれだけ親身になって考えてくれている。

 それがなんか、嬉しい……! つい強くギュッとしちゃうくらいに。


「お……んじゃあ次はあの太陽を見てみろ」

「は、はい!」

「あれは今のお前かもしんねぇ。沈んでいくお前だ」


 あ、それって私もさっき思っていた――


「そんで人は死ぬまで簡単に朝を迎えられる。しかしお前は今が死期って訳でもない。だったら昇ってみせろよぉ! お前が目指す夢が叶うその日が来るまで、何度も何度も!」


 私も昇る……!

 何度も、何度も……!


「そうして明日を繰り返して、お前が同じ高みに来る事を俺は信じている」

「先輩……」

「だから昇り続けろよな、チャンスがあり続ける限りは」

「はい……! 私、もうちょっとがんばってみようと思います」


 もしかしたらこの人は全部お見通しだったのかもしれない。

 私が何を考えているのかも、どう悩んでいるのかも。


 ひょっとしたらこうやってやる気を取り戻す事も。


 だからか、こう応えた時にはすでに高度が下がり始めていた。

 召喚騎士と従者は心が通じ合っているっていうけれど、これがそういう事なのかな。


 このワイバーンが先輩の従者で、彼のような人が真の召喚騎士なんだって。




 ――それで私はそのまま寮まで送ってもらえた。

 着地の時は怖かったけれど、降りてみると意外と緩やかでびっくり。


 でも私を降ろしたら彼等はもう飛び上がり始めていて。


「あ、待って! 私は――」

「いい、言うな!」

「えっ!?」

「お前の名前は次に会った時に聞く。お前が立派な召喚騎士になって俺の前に現れたらな。その時に俺の名前も教えてやるよ。じゃあなぁ、未来の召喚騎士!」


 もう礼儀も何もあったもんじゃない。

 勝手にこう答えて、さっさと飛び去っていってしまった。

 最後の最後まで掴み所のない勝手な人だったなぁ。


 だけど、心意気がとても暖かかった。

 最後まで絶対諦めたくないって思い直せるほどに。


 だから私は大きく手を振りながら見送ったんだ。

 心からのお礼と、ほんの少しのときめきを体いっぱいで示しながら。


 明日からもっとがんばれるって、そんないっぱいの勇気をもらえた気がしたから。

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