うちの従者は意思疎通が難しい!~見習い召喚騎士の私が呼び出した従者は超ド級のSランナウェイ級的存在でした~

ひなうさ

第一部

第一章 落ちこぼれ召喚騎士見習いとポンコツ従者

第1話 私、もう続けられる自信がありません

「パム=ウィンストリン、従者召喚失敗。これで四度目か」


 先生の溜息が聴こえてくる。

 そこで私も失敗を悟って肩を落とした。


 訓練学校に通い始めてから約三年、その中での数少ないチャンスだったのに。


「だが君の修練値にはまだ余裕がある。終学日までにもう一度くらいは従者召喚にトライアルできるだろう。だからまだ諦めるな」

「はい、そうですね……すみません」

「声が小さい。君が気弱なのはわかるが、そういう所から何とかしたまえよ」

「す、すみません」


 だから申し訳なくて、つい何度も頭を下げてしまう。

 先生が困っていてもどうにも止められなくて。


 こうして教えてもらえてもどうしても前向きになれない。

 成功させたいっていう気はあるはずなのにな。


「はぁ。まずはその長すぎる前髪を切ったらどうかな? ただでさえ赤髪で目立つのだから悪目立ちするぞ」

「その、視線が、怖いので」

「……まぁいい。そういった気持ちも召喚には影響する。それだけは覚えていてくれ。では次の生徒――」


 また言い訳してしまった。こんな自分にもうんざりする。

 入学した時はもっと前向きだったと思ったのだけど、今は人の顔色をうかがってばっかりだ。


 だから今も先生にこれ以上迷惑をかけまいと、俯きながら小動物のように小刻み歩きで魔法陣から離れる。

 するとさっそく周りから嘲笑が聴こえてきた。


 私の事が気に食わない人達の声だ。


「パムの奴、また失敗しちゃったぁ~!」

「あーあ、ならもっと盛大に失敗してくれればいいのにつまんない」


 ならわざわざ見に来なくてもいいのに。


「だっさ、もう諦めちゃえばいいのに」

「成績史上最底辺って事を理解してないくらいバカなんでしょ」


 そんな事、もう知ってる。


「あらぁ~パムさん、今日も魔法陣の埃払いでしたの? 精が出ますわねぇ」

「あッ!?」


 あ、え、なんでこの人も……!?

 今日はいないと思っていたのに!?


「でも今日は必要ありません事よ? なぜならワタクシめにはこんな魔法陣などとっくに不要ですからね。そう、この名家シュティエール公爵家令嬢、ユリアンテ=ドゥ=シュティエール様にはっ!」


 でも忌まわしいあの顔が嘲笑を浮かべて扇子を振る。

 私を見下し、蔑み、鼻で笑いながら……!


 だけど。


「きょ、今日もご機嫌麗しく……」

「あら、そよ風が吹いたかしら。それともそこらの虫が鳴いたのかしら?」

「あ、その」

「ああそう言えばここにもゴキブリがいましたわねぇ。いえ、自分の意思も示せない辺りは虫以下でしたわぁ! ならいっそ踏み潰して差し上げましょうかぁ~~~?」

「「「あはははは!」」」


 私に抵抗する事なんてできはしない。

 少しでも反意を見せるだけで恐ろしい仕返しが待っているから。


 それなのでいつも通りぺこぺこと頭を下げてやり過ごす。

 何を言われても何をされても、反応するだけ無駄だから。


 こんな事が三年近くも続けば、嫌でもこうして慣れてしまう。


 ――それで執拗ないびりをやり過ごし、帰路に就こうと玄関口へ。

 外履きに履き替えようと下駄箱へ向かったのだけど。


「……はぁ」


 私の棚には炭と灰だけが残っていた。


 また魔術訓練での標的にしたのかな?

 これで何度目だろうか。もう呆れも通り越して溜息しか出ない。


 悩んでも仕方ないので、今日はもう素足で帰る事にしよう……。




「ああ、寮まで遠いなぁ。足が痛い」


 訓練学校から出ればそこは召喚騎士とは無縁な普通の街。

 石畳みを歩く靴音も、蹄の突く音も、みんな自分の事だけを考えている。


 だからすれ違う人々は私への仕打ちの事なんてきっとなにも知らないのだろう。

 素足なのには気付いても、「靴も買えないくらい貧乏なのだ」と見当違いにしか思わないに違いない。


 だから当然誰からも心配される事なく、私は一人寂しく郊外の寮へと歩く。

 道は硬くて、素足はちょっと辛い。

 せめて上位者専用の校内寮に入れていたらマシなのにな。


 でもそんなトコ、落ちこぼれな私には無縁か。


 そんな虚しさと痛みが足を止めさせる。

 するとふと建物の影から漏れた光が目を突き、思わず視界をくらませた。


 ――ああ、もう夕暮れ時だったんだ。気付かなかった。


 夕日が眩しい。

 それでいて温かみも感じて、つい陽を浴びたくなって道の縁へと立つ。


 そこで自分が立っているのが橋の上だと気付いた。

 街の水源であるオウリーヌ川、その水面が反射する光が眩しくて。


 けどそんな光も次第に暗くなっていく。

 夕日が地平線の彼方に消えようとしていて。


 それでふと、あの夕日はまるで今の私と一緒だなって思ってしまった。

 景色の彼方に落ち、世界を闇に落とす所が気分を代弁してくれるようで。

 

〝だったら、私も落ちればあの夕日のように消えられるだろうか?〟


 そんな考えが不意によぎる。

 でも不思議と抵抗はない。

 悩んで、怯えて、疲れて、そんな毎日にうんざりだから?


 そう、私はあの太陽のように強くはないんだ。

 毎日同じような顔をするのはもう飽きたし。

 ならいっそ、私は落ちたまま昇らない方がいいのかもしれない。


 ……このリトナードの街並みは好き。昔ながらの石造りの家々が歴史を感じさせてくれるから。

 それでいてそこまで人も多くて不便でもないから生きる事には苦労しないし。


 だけどそんな街でも声をかけてくれる人はいない。

 それはきっと私が学園でも、この街でも、世界でも一人だから。


 だから今の私にはもう、孤独がすべて。


 そう思い詰めていたら私はいつの間にか川を覗き込んでいた。

 橋のへりに手を当て、緩やかな水面に映る私自身を見つめながら。


 ただ思うがまま、その自分自身に手を伸ばす。

 なんとなく自分を消して楽になりたい、そう思ってしまって。




 そして他の何もかもを忘れ、私は無心で川へと身を投げたのだ。




 もう何も考える事はなかった。

 悔しいとか悲しいとかより、ただただ楽になりたくて。


 この時は大好きな家族の事さえ思い出せないくらいに、苦しかったんだ。

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