第34話 私は今、魔人に戻ります

〝いいパム? よくお聞きなさい。あなたがママとあまり似ていないのはね、あなたが人間に近い姿で産まれた子だからなのよ〟


 私が八歳くらいの昔、お母さんがこう教えてくれた。

 お母さんは尻尾も角もあるし耳も長くて肌も濃い。なのに私はふもと村の人達と大して変わらない姿だったから。

 それで「本当はママの子じゃないの?」なんて疑問を持ったからお母さんは私を抱いてこう答えてくれたんだ。


〝でもあなたの中身はお母さんと一緒。特に最近はよくその兆候が出ているわ。香りも強くなってきたから男の子達がよく寄って来るでしょう?〟


 魔人の特徴は産まれてすぐに発現するものではないらしい。

 妹達だって続いて発現していたし、ネムの尻尾が生えたのはむしろ遅い方。


 だからこう教えてもらって安心したのを覚えている。


〝とはいえ、あなたの場合は少し訓練した方がいいかもしれないわね。このままだと周りの人達に迷惑をかけてしまうから。普段を人として生きるなら、人と同じようになるくらいに抑え込めるようにならないと、ね?〟


 それで私はママに魔人の力のコントロール方法を教えてもらった。

 意識的に抑え続ける方法も毎日学んで、その合間にお父さんから肉体鍛錬にも付き合ってもらって。


 おかげで私は力を抑え付け続けてもなお平然としていられる精神力を得た。

 ただそのかわり集中力が半減するから勉強とかにはめっぽう弱いけれども。




 だけど今、抑えていたその力を解き放つよ。

 両親が与えてくれた力を、教えてくれた通りに。




『――マスターパムの身体変化を検知。状況の説明を』

「ただ体を元に戻しただけだよ。本来あるべき姿にね」


 抑えていた力を開放した途端、意識がスッとクリアになった。

 まるで鼻づまりしていたのがいきなり通じたかのように。


 それに力と自信が満ち溢れてくるかのよう。

 今だったら魔人エルクを前にしても怯まないかも。

 でも私は私。力が開放されたからって性格まで変わる訳じゃない。


『つまり貴殿は今まで人間に〝擬態〟していたという事か?』

「そうなるかな。幻滅した?」

『否定。AIである当機に感情観念は存在しない。ただ再認識しただけである。貴殿は当機をも欺ける能力を有していたのだと』

「フフっ、オー君らしい。だから私にも頼ってくれていいんだよ?」

『検討する。ただし対象は当機の戦闘能力のみで撃滅可能である』

 

 オー君もあいかわらずの自信過剰家だ。少しは頼ってくれてもいいのにな。

 私もこの力を使いたくてウズウズしてるし。


『まもなく対象の攻撃圏内に突入』

「よしっ、それじゃあいこう!」


 でも今はガルドゲイオスを倒す事だけを意識しよう。

 そのために空を見据え、輝く黄金球を目指す。


 どうやら私達がウダウダやってた間に上空へどんどん上がっていたらしい。

 だからようやく射程圏内へと到達だ。


『エル・フェミナ砲、発射』


 するとその瞬間にオー君から光が放たれた。

 紫色を帯びた光筋が空へと突き抜けていく。


 今までの出力はたった10%。

 だけど今回は20%まで引き上げて完全消滅を狙ったもの。


 これなら――


『――!?』「えッ!?」


 しかし結果は私達が予想しえない形となる。


 なんと発射直後に黄金球が穴を開き、光線を素通りさせていたのだ。

 まるでオー君が撃つ事を予期していたかのように素早く。


 信じられない。発射からはほとんど間を置かずに着弾するはずなのに。


『警告。対象はエル・フェミナ砲の発射シークエンスをならびに出力挙動を把握したと予測。よって命中率が急激に減少』

「待って、それだけじゃない!」

『――対象の不自然な形状変化を継続確認。理解不能』


 それにガルドゲイオスは私達の予想をさらに超えてきた。

 球体だった形がウネウネと動いて変わり始めていく。

 そうして出来上がった姿は私達が遭遇する前の、団長さんから伝えられたものと同じ。


 そんな姿を眺めながら奴の周囲を大きく旋回しながら回る。


『形状変化停止。従来の形状へと戻った模様。ただし体積は以前の78%を計上』

「昼間に消し飛ばした分だけ小さくなったって事だね?」

『肯定。エル・フェミナ砲が直撃すれば相応の損傷を与える事が可能。ただし』

「ただし?」

『対象の核を検知できず。無機性生命体であればコアが必ず存在するが、把握できていない現状では対象を行動停止にまで破壊する事は極めて困難である』


 ――そうか、ガルドゲイオスの核っていうのは多分魔法の類なんだ。

 だからその知識がないオー君にはアイツの核を撃つ事ができない。


 だったらあの体の体積をさらに減らせば。


『警告』

「――ッ!?」

『対象、ターゲットをファルドハイトに。強大なエネルギー収束を検知、当該地域が壊滅可能な出力値である』

「やらせちゃダメだオー君ッ!!!」

『了解』


 でももう考える暇なんてない。

 オー君の警告に反応して指示を出し、ガルドゲイオスに強襲をかける。

 エル・フェミナ砲を頭部へと向けて発射し、オー君をも突撃させて。


 エル・フェミナ砲は案の定回避されてしまった。頭を逸らされた事で。

 しかしそれはフェイント。私達の本命は――


『対象、高エネルギー放射開始』

「お願い、オー君っ!!!」

『外部装甲プレチェンバー超振動ならびにハーモタイトシールド60%で起動』


 それは街の盾になる事。

 あの場所だけはなんとしてでも守らないといけないんだ……!


 だから奴の紫光のブレスをオー君は真正面から受け止め、弾いた。


 それにしたってすものごい光だ。

 背中にいる私の視界さえ真っ白に染め上げてくる。

 それで振り向いてみれば、雫状になった幾つもの光の塊が地上へと落ちていくのが見えた。


 そして地上のかしこで爆発する様子も。


 オー君の力でも弾く事が限度だったみたいだ。

 街自体は無事だったけど周辺の被害はまぬがれなかった。

 巻き込まれた人がいなければいいんだけど……。


『警告』

「また来るの!?」

『対象、急速接近。当機へとターゲットを変えた模様』

「えっ――」


 けどまもなく私は目の当たりにする事となる。

 ガルドゲイオスと呼ばれる存在がどれほどの相手だったのかを。


 直後、私の周囲に四本の金の指が現れたのだ。

 オー君を掴み、握り潰さんばかりに力を込めさせながら。


 しかもその中で露わとなっていくその巨大さは私の予想をはるかに超えていた。

 そして放たれる邪悪な気配は、私を震撼させるには充分だったんだ。

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