第6話 嫌がらせには負けませんっ!
「うわっ、これはひどい」
膝を突いていた私の背後から先生の声が聴こえてきた。
どうやら先生もこの状況は知らなかったみたい。
「せ、せんせい……」
「こんな事になるなんて予想もしていなかったな。ああでもすまない、我々もさすがに常時見ている訳にはいかなくて。それと生徒間のいざこざには手を出せない決まりがあるんだ、申し訳ないが」
きっと先生も犯人に目星がついているんだろうな。
でもわかるからこそ何もできないし言えない。
なにせ相手はこの国一番の貴族、名家シュティエール公爵家の跡取り令嬢。
昔からこの国を守ってきた筆頭召喚騎士一族の末裔なのだから。
そして彼女自身もその優れた血を色濃く受け継いでいると噂の実力派でもある。
だから訓練校内でも成績はトップクラス。
そんな成績優秀者はとりわけ教師に優遇されるというし、仕方のない対応だ。
「大丈夫です……自分で、片付けますから」
だけど悔しい。
私よりもこんな事をする人が守られているって事が。
そう気付いたら昨日までの先生への感謝は消えてしまっていた。
先生もただ自分の指導員実績のために私達を見ているに過ぎないんだって。
「だ、だったら施設内に掃除用具がある。それを使ってかまわないから」
「はい、ありがとう、ございます」
「それと君の予定は明日に繰り上げるよう私から伝えておくよ。これは長丁場になりそうだから。でももし早く済むようだったら言ってくれ、協力するから」
「はい」
先生もどこか申し訳なさげにこう言って去って行ってしまった。
手伝う気はないみたいだ。わかってたけど。
でもいい。私一人でやる。
昨日みたいに汚れ一つない姿に、私が戻さなきゃいけないんだ。
たしか樹人族は表皮が汚れると光合成ができない。
そうなれば栄養補給ができず、すぐに弱って死んでしまう。
そんな事になるのだけは絶対に嫌!
だから私はすぐに掃除用具を持ち出し、無言でオー君の掃除を始めた。
まずは乗せられたゴミを片付ける事から。
塗料のせいでバリバリになって取れにくいけど無理矢理剥がす。
けど問題はこの塗料だ。
これは揮発するとものすごい剥がれにくい事で有名。
それなので拭いた程度じゃまず取れる事はない。
そこで私は手ブラシを取り、水を含ませながら入念に擦り続けた。
何時間も延々と、日が暮れ始めてもなお。
……おかげで半分くらいは取り除けたと思う。
細かい隙間とかはどうしようもなかったけれど、広い部分はなんとか。
それでも終わらないからまだ続けないと。
ずっと擦っていたせいで手が痛い。
足腰も無理な姿勢でやり続けたから痛みが骨に響いてくる。
「ごめんね、ごめんねオー君。これじゃ召喚騎士失格だよね」
辛い。苦しい。涙が出てくる。
だけどやらなくちゃ。
「でも絶対元に戻すから、待ってて」
誰が見ていようが関係ない。
誰かが嘲笑しようが無視するだけ。
「だからお願い、また声を聞かせて」
朝からずっと傍にいるけどまったく動く気配がない。
もしかしたら本当に死んでしまったのかもしれない。
だけどそんなの、絶対に信じたくないっ!
「お願いだよオー君、私の声を聞いて……」
待ってて、もうすぐだから!
こんな汚れなんてすぐに剥がして、取って、綺麗に……。
それで私と、冒険して、いい事をして、ううっ……。
「う、ううう……」
涙が止まらない。嗚咽も。あの時みたいに。
なのにもう励ましてくれる人はいない。
ダメよダメだわ、心が、負けちゃうっ!
こんなの、もう――
「お願いオー君……っ! お願いだからもう、起きて……!」
『マスターパムの命令を確認。スリープモードより再起動』
「――へっ?」
あ、あれ? オー君、起きた?
え、なんで? 今までもしかして、寝てたの?
「なんで今まで寝てたの!?」
『当機はマスターパムの指令を受けスリープモードを実行中だった。よって同様に再起動指令を与えられない限り起動する事はない』
「じゃ、じゃあもしかして、起きろって言ったら起きるって事?」
『肯定。スリープモードに入る前、当機はそう提唱したはずである』
「う、うっそーーー!?」
『虚偽ではない。発言の撤回を要求する』
ああ、でも間違いない。オー君だ。
この屁理屈、悪態がつけるのは彼しかいない!
オー君は死んでなかったんだ……!
「良かった……本当によかったっ! うっ、うう……」
『マスターパムの感情値上昇を確認。しかし現精神状態となった経緯不明。状況の説明を請う』
「ずっと心配してたんだからあっ! もしかしたら死んじゃったのかと思ってっ」
『兵器である当機に死という概念は不適切』
「もおっ、屁理屈ばっかでぇ! ……だけど本当によかったよぉ~!」
そっか、オー君は私の指示をしっかり守ってくれてたんだね。
だからあんなイタズラされてもじっと黙って耐えてた。
すごい子だ。
本当にびっくりするくらいに。
それだけでもう大好きになっちゃうくらいだよぉ!
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