第30話 激震する山嶺国家(第三者視点)

 城嶺ファルドハイト王国。

 大陸を横断する山脈地帯に国土を構える大型国家の名である。


 全体的に標高が高く、ほとんどの地域が寒冷地。さらには盆地と比べて空気が薄いため、訓練していない者では越えるのにも一苦労する。

 その厳しい環境ゆえに隣国は攻め入る事も、経由する事もできない。


 しかし人とは適応するもので、ここに住む人々はみな生まれながらにして厳しい環境に耐えうる肉体を有していた。

 そんな強靭な人々が守るこの国はまさしく城壁のごとし。

 他国からの侵略さえ阻む絶対不陥落の要塞国家と化しているのである。


 そしてその国を守るのは精鋭にして象徴、誇空騎士団。

 山と林に囲まれた本領にて、空から守る事に徹底したこの国最強の軍隊だ。


 ……しかし今、その軍隊の一部隊が険しい表情を浮かべて空を舞う。


「フィヨン、お前はまだ新人なんだから無理はするな、命令を聞く事だけに集中しろ」

「は、はいっ!」


 その中にはパムの同期であったあのフィヨンの姿も。


 彼の故郷こそこのファルドハイトであり、誇空騎士団に入る事が夢であった。

 またランクはEなものの従者も巨大燕ラージスパローと条件は達していた。

 その条件合致と騎士団への熱意が結果的に入隊を叶えてくれたようだ。


「副団長、何もアンタがわざわざ出向かなくとも」

「いいや、時にはこうして私自身で示さねばな。今回に限っては特にだ」


 また部隊の先頭には例の副団長リーデルもいる。

 パムのお見合い相手の一人にノミネートされた人物だ。


は出てきますかねぇ……?」

「さぁな。そうならない事を祈りたいが、安心はするなよ?」


 そのリーデルの一言が緊張感を与え、部隊一同の顔をより一層険しくさせる。

 ただ、それでも一糸乱れず空を進む様子はさすが精鋭といったところか。


 そんな彼らが見据えるのは景色の彼方より上がる黒煙で。


「そろそろ監視砦が見えてくるはずだが」

「――ううっ!?」


 そこでふと山で隠れていた自陣の監視砦へと振り向き、そして目を疑う。

 黒い岩に覆われて壊滅した砦の惨状を目にした事で。


「ど、どうしてこうなった!?」

「なぜあそこだけ!? 林は無事だぞ!?」

「ううっ、み、見てください副団長、隊長!」

「「「うおお……!?」」」


 しかし間もなく彼等はそれよりもずっと恐ろしい事態に気付く。

 なにせ山の頂一つを飲み込めそうなほどの火口が山の中腹部にぽっかりと生まれていたのだから。

 それも周辺を焼き尽くすほどの溶岩と黒煙を絶えず吹き出しながら。


 先日までは人間二人分ほどの穴でしかなかったのに。

 その事実が隊員達の恐怖心を煽る。


 だが彼等の恐怖はここで終わりはしなかった。


 なんと火口から巨大な爪がいくつも伸びてきたのだ。

 しかもさらには金色に輝いた骨のような指が現れ、穴の縁へと付く。


 そうして溶岩から沸き上がるようにして現れたのは、超巨大な龍頭骨状の物体。

 金切り音の叫びを上げて出てくる様子はまさに龍の誕生のごとし。


「あれはまさか……!?」

「黄金邪龍ガルドゲイオス……本当に復活しやがった……!」


 恐れるのも当然である。

 その存在はまさしく騎士団員達が恐れていた対象だったからこそ。

 彼らが知る伝承に記されし存在、伝説の破壊龍として。


「く、くそおっ!!」


 その姿を見て最初に動いたのは、先頭を切っていた副団長。

 途端に一人で上昇し、翼をひるがえして転身していく。


「副団長!? アンタどこに!?」

「わ、私はこれより本国に連絡しに戻る! お前達は奴の迎撃を!」

「何を言って――」


 そう、リーデルは恐怖に負け、部下達を見捨てて逃げたのだ。

 しかし部隊長はもう気にも留めず振り返り、現実を直視して声を張り上げる。


「総員、急降下あッ!!」


 それは黄金邪龍が彼らを見ていたから。

 しかも口を開き、紫色の光を溜め込みながら。


 そして間もなく、滅びの紫光が大空を穿つ事となる。

 

 部隊は間一髪無事だった。部隊長の指示が早く、全員回避できたおかげだ。

 ただ副団長の方は滅びの光に飲み込まれて消えてしまったが。


「総員ッ! これは我々の真の使命だッ! 召喚騎士として、誇空騎士団団員としてガルドゲイオスを何としてでもあの大穴から出すなあッ!!!」

「「「応!!!!!」」」


 それでも彼等の士気はひるがえらない。

 部隊長の号令を皮切りに、全員が剣を抜いて雄叫びを上げていたのだ。

 フィヨンも含め、それが自分ら誇空騎士団の使命だと理解しているからこそ。


「フィヨン、お前は本部へ通達に行け!」

「えッ!? りょ、了解!」


 けれどフィヨンはまだ入って間もない新人。足手まといにしかならない。

 本人もそうわかっているからこそ、歯を食いしばって命令の通りに転身する。


「では行くぞ! まずは奴の動きを止める!〝カタ・グラドラズ〟の陣!」


 それで残った部隊はすぐさまガルドゲイオスの頭上へ向けて飛んでいく。

 ただし熱い。離れているにもかかわらず熱気が従者もろとも焼き尽くしそうだ。


 そんな中で彼らは空高くより円を描いて飛び続け、空へと手をかざす。

 すると途端に円陣の中央に氷柱が形成されていく。

 ガルドゲイオスにも負けないほどに超巨大な氷柱である。


「まだ出てくるんじゃねえええ!!!!!」


 その氷柱を部隊長が気合いのままに投下操作。

 上を向ききれないガルドゲイオスの頭骨へと目掛けて落ちていく。


 だが。


「「「――ッ!?」」」


 ガルドゲイオスはあろう事か、その首を「グリュリリ」と捻らせていた。

 そうして頭の位置を強引に変え、口を頭上へと向けたのだ。


 しかも落ちてきた氷柱をその歯で咥えて受け止める。

 その直後には紫の光を放ち、中心を貫いて蒸発させてしまった。


「な、なんだとぉ……!?」


 今の魔法術は彼らの切り札でもあったが、それも破られてしまった。

 ゆえに現実を見せつけられた彼等の絶望は計り知れない。


 そんな彼等の絶望に気付いたのか、ガルドゲイオスがとうとうその身を地上へと晒し始める。

 ついには背中の翼までをも火口から現し、とうとう下半身までが露出。

 虹光の翼膜を羽ばたかせ、巨大な体を空へと向けて飛び立たせていく。


 ガルドゲイオスも騎士団にはもはや成す術もないのだとわかっていたのだ。

 だからもはや完全に無視である。歯牙にさえかけていない。

 騎士団もその身体が放つ熱気に負け、もう散り散りに離れるしかなく。


「あいつは何を――ッ!?」


 そして彼らは気付くのだ。ガルドゲイオスが祖国の街へと狙いを付けている事に。

 その口から再び滅びの紫光を灯し、力を溜めていた事にも。


「や、やめろ、やめろおおおーーーーーーッ!!!!!」


 その現実を前にして団員達が叫び、嘆き、懇願する。

 自分達が如何に無力であったかを思い知らされながら。


 それでもなお、現実は残酷である。




 なにせそれほどの強大な存在の上半身があっけなく消し飛んでいたのだから。




 もう彼らには何が起きたのかまったく理解できなかった。

 放たれたのは滅びの紫光ではなく一筋の閃光筋で、そんなちっぽけな一撃でガルドゲイオスの身体はまるで水飛沫のように弾けてしまって。

 それで残った下半身はといえばもう力を失い、林へと向けて落ちていくだけ。


 もはや騎士団など蚊帳の外である。


「な、何が……え、あれはいったい?」


 すると彼らの視界に妙な物が映る。

 それははるか空の彼方からすさまじい速さで突き抜けていく光。

 しかもその光は空を蛇行しつつ、彼らの街へと目掛けて降りてしまった。

 もう目で追う事しかできないほどの速さだ。


「た、隊長?」

「お、おう……よ、よしお前達は今落ちたガルドゲイオスの破片を調査してきてくれ」

「隊長はどうするつもりで?」

「お、俺は今降りて行った光の正体を突き止めてくる。お前達も何かあったら無理せず急いで戻ってこい、いいな?」

「了解!」


 そこで部隊長は部下達にガルドゲイオスの調査を任せて転身する。


 しかし彼は恐れと共に期待を抱いてならなかった。

 もしガルドゲイオスを倒した者が今の光ならば、是非とも会ってみたいのだと。




 だから彼はその期待を胸にニヤリと微笑み、相棒の翼を羽ばたかせたのだ。

 青い鱗を持つワイバーン、その力強さを存分に奮って。

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