あわれなるもの、都の鬼1


 私は空を見上げて眼を細めました。

 明るい日差しが眩しくて、昨夜の嵐が嘘のよう。

 でも庭園には小枝や葉があちらこちらに散っています。嵐の激しさを物語っているようでした。

 私は朝から御所ごしょへ行く黒緋を見送ると、庭帚にわぼうきで庭園の掃除を始めます。

 本当なら式神の女官や侍女たちがしてくれるのですが、嵐の後の晴天はとても気持ちがいいのです。


「ははうえー! こっちのあつめた!」

「ありがとうございます。綺麗になりましたね」

「うん、きれいになった! オレ、じょうず?」

「はい、とっても上手です。紫紺のおかげでお庭掃除が早く終わりそうです」


 いい子いい子と頭を撫でてあげると紫紺はくすぐったそうにはにかみました。

 背中におんぶしていた青藍まで主張してきます。


「あうあ〜、ばぶぶ!」


 青藍がおぶわれたまま手足をばたばたさせました。

 自分も褒めろというのです。青藍も一緒に掃除している気になっていたようですね。


「はいはい青藍、あなたもよく頑張りましたね。あなたが泣かずに見ていてくれたおかげで助かりました」

「あいっ」

「せいらん、なかなかったのえらいぞ!」

「あいっ」


 青藍も誇らしげですね。

 赤ちゃんの青藍は泣かなかっただけでえらいのです。そういうことでいいのです。


「さあ、今から昼餉の支度をします。できるまで青藍と遊んでいてください」

「わかった! せいらん、あそぼ!」

「あいあいあい~」


 青藍をおんぶから降ろして紫紺に渡しました。

 まだ三歳の紫紺ですが危うげなく抱っこしてくれます。

 青藍は紫紺が大好きなのでぎゅ~っとしがみついて嬉しそう。でもしがみついた場所は紫紺の顔面なので大変です。


「せいらん、それじゃあまえがみえない~!」

「あう〜」

「おやおや青藍、そこにぎゅっとしたら兄上が転んでしまいますよ」


 そうしてにぎやかにしていると、屋敷の奥から花緑青はなろくしょうが大きなあくびをしながら顔を出しました。

 しかも起き抜けのまま出てきたようですね。寝ぐせはそのままな挙げ句、夜着の前がはだけて厚い胸板が見えています。


義姉上あねうえ、おはようございます」

「おはようではありません。なんてはしたない恰好ですか。そんな姿でうろうろしないでください。紫紺と青藍が真似したらどうしてくれるんです」


 私はムッとして言いました。

 花緑青は薄っすらと酒の匂いを纏っています。昨夜は黒緋と飲み明かし、今までずっと眠っていたのです。私は早朝に叩き起こしたかったですが、黒緋から「昨夜は飲みすぎたようだ。このまま寝かせておいてやってくれ」と頼まれたので我慢しました。


「ははうえ、これだれだ!」


 紫紺が不思議そうに花緑青を見ました。

 青藍は人見知りをするのか「ばぶっ!? あうう〜……」と顔を小さな手で覆って隠してしまいます。

 そうでしたね、紫紺と青藍は眠っていたので初対面でしたね。


「この方は花緑青様といって黒緋様の弟です。あなた方の叔父ですよ」

「ちちうえのおとうと……。オレのせいらんみたいな?」

「そうですね。そういう感じです」


 腹違いの兄弟なので厳密に言えば少し違うのですが、同じようなものですよね。三歳の紫紺や赤ちゃんの青藍にはまだ難しいことです。


「ご挨拶してください。できますね?」

「できる! オレはしこんだ! こっちはせいらん、オレのおとうと!」

「あうぅっ、うっ、うっ」


 紫紺は上手に自己紹介できましたが青藍は小さな唇を噛みしめて涙目です。小さな手で紫紺にぎゅっとしています。


「せいらんはなくのがしゅみなんだ。ちちうえがいってた」

「えっ、黒緋様そんなこと言ってたんですか?」


 青藍は泣くのが趣味とは……。苦笑してしまう。泣き虫の否定はできませんが青藍はまだ赤ちゃんなんですからたくさん泣いていいのです。

 そんな甥っ子たちの自己紹介に花緑青は人好きのする笑顔を浮かべました。

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