怨恨の影2
「おっきい〜! これがせんねんすぎ?」
「そうですよ。千年以上前からこの御山にある杉です」
「オレ、いちばんうえまでのぼってみたい!」
興奮して瞳を輝かせる紫紺に鶯もクスクス笑う。
「こらこら、これは御神木です。とても長生きしている木ですから大切にしてくださいね」
「おじいちゃんってこと?」
「そうですよ」
鶯の言葉に紫紺は笑顔になって千年杉の太い幹に抱きつく。「おじいちゃん! ……ん? おばあちゃんかな?」と首を傾げながらも楽しそうだ。
萌黄も紫紺と並んで千年杉に抱きついた。
「相変わらず大きいね。きっと私が十人いても幹を一周できないわ」
「あなたが十人もいたら手がかかって大変です」
「私、もう
「大人になっても変わりませんよ」
「もう、鶯はすぐにそういうこと言う……」
鶯は「ふふんっ」と笑うと、青藍を抱っこしている黒緋を振り返る。
「黒緋様、これが千年杉です。この御山のなかで一番古い木なんですよ。御神木として斎宮でも大切にしています」
「見事な巨木だ。千年以上前からこの大地に根差し、この土地を見守っているんだな」
黒緋は感心したように千年杉を見上げた。
どんな植物にも僅かながら神気が宿っているものだが、この千年杉に宿っている神気は純度が高い清流のように美しい。千年という長い年月のなかで力が高まったのだろう。
しかも鶯は斎宮にあがったばかりの子どもの頃、この場所を遊び場にしていたこともあるという。それは人間の子どもだった鶯を見守ってくれていたということ。
「感謝するぞ」
黒緋は千年杉に手を置いて感謝を伝えた。
すると山に心地よい風が吹いて千年杉の枝葉がさらさらと揺れる。
それを見ていた紫紺が黒緋に聞く。
「ちちうえ、おしゃべりした?」
「ああ、感謝を伝えた」
「オレもおしゃべりできるようになる?」
「もう少し神気を使えるようになったらな」
「そっか。がんばる」
紫紺は自分の小さな手を見つめた。
黒緋が抱っこしている青藍も自分の小さな手をじーっと見る。赤ちゃんなのでよく分かっていないが兄上の真似をしたいのだ。
動植物と意思疎通ができるのは、天上でも天帝の黒緋や天妃の鶯、他にも数えるほどだけだ。植物とは言葉を交わすのではなく意思を交わすのだ。強い神気と高度な術が必要だった。
そんな父上と二人の息子のやり取りに鶯は目を細めて微笑んだ。
「黒緋様、ここで少し休みましょう」
「ああ、いいぞ」
「では、私と萌黄はこの先にある上流の
「俺も一緒に行こう」
「いえ、ずっと青藍を抱っこしてもらっているんですから。それに少し分かりにくい場所なんですよ」
「そうか、それなら頼む。気を付けて行ってきてくれ」
黒緋は頷いた。鶯が心配でないわけではないが萌黄が一緒なら大丈夫だろう。
こうして鶯と萌黄が水を汲みに行くことになり、黒緋と紫紺と青藍は留守番だ。
黒緋は鶯と萌黄を見送ると、地面から盛り上がった千年杉の根に腰を下ろした。
「ちちうえ、オレたちおるすばん?」
「そうだ。遊んでてもいいが俺の目の届くところにいろ」
「わかった!」
紫紺は楽しそうに千年杉のまわりを走りだした。周回しているだけなのに楽しいようで、子どもとは不思議なものだなと黒緋は感心する。
「あうあ〜。ばぶぶ」
抱っこしていた青藍がもがきだす。抱っこからおろせと訴えている。
「お前も遊びたいのか?」
「あいっ」
「お前は俺の手の届くところにいろよ」
「ぶー」
「まだハイハイしか出来ないだろ」
そう言いながら黒緋は青藍を千年杉の根におろした。
青藍は太い根にへばりつく。ハイハイはできてないが本人は満足そうだ。
黒緋は二人の息子を見守りながら鶯の帰りを待っていたが、――――ふと気づく。
「離寛か」
黒緋の目の前に離寛が姿を現わした。
「邪魔して悪いな」
「分かっているなら邪魔するなよ。家族水入らずなんだ」
「子守りが?」
離寛が辺りを見回して言った。
ひやかす離寛に黒緋が目を据わらせる。
天帝のそれは天上も地上も震え上がらせるものだが、側にいる青藍が根にへばりついたまま「ばぶうっ」と声をだして台無しだ。
そんな青藍を黒緋はちょんっと軽く
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