天妃物語12

「貴様らのことは一度として忘れたことはない! 貴様らのもたらす混沌こんとんを今日ここで終わらせる!!!!」


 黒緋はそう言うと強大な神気を発動しました。

 こぶしを握りしめて神気をまとい、突っ込んできた渾沌こんとんを殴りました。それは一撃必殺。

 こぶし渾沌こんとんの頭部を破裂させ、すかさず腹部に強烈な膝蹴りが入ります。

 こうして戦いながらも黒緋は紫紺の動きを目で追い、腰に携えていた刀を投げました。


「紫紺、使え!」

「ありがと!」


 紫紺が刀を受け取ります。

 そして上空の窮奇きゅうきを見上げたと思うと渾身こんしんの力で投げつける。


「えいっ!」

「ギャアアア!!」


 窮奇きゅうきが悲鳴を上げて墜落ついらくしました。翼に見事に命中したのです。

 しかし窮奇きゅうきは翼が折れたとしても紫紺に猛然と襲いかかる。でもシュルリッ!! 寸前で黄金色こがねいろの布帯が窮奇きゅうきに巻きついて動きを封じました。


「ははうえ!」

「あなたには指一本触れさせません。私も一緒に戦います」


 紫紺は私が守ってあげるのです。

 おんぶしている青藍も「あいあ〜!」とはしゃいだ声をあげます。分かっています、あなたも一緒に戦うのですよね。


「黒緋様、紫紺、離寛、援護します!!」


 遠い昔、私たちは四凶しきょうと戦いました。

 でもその時は黒緋が一人で戦いにおもむいて討伐することは叶いませんでした。

 私も一人で封印術を発動し、一人ですべてをうしないました。

 しかし今、戦っているのは黒緋、紫紺、離寛、私。それに青藍が応援しています。あの時とは違って一人で戦う者などいません。今ここにすべてが揃ったのです。


「ああ、頼んだぞ鶯!!」黒緋が檮杌とうこつを連打で殴りながら言いました。

「ははうえ、ありがと!」紫紺が刀を構えて窮奇きゅうきに攻撃を仕掛けています。

「天妃様、至極光栄です」離寛が饕餮とうてつと戦いながらうやうやしく言いました。

 私は大きく頷いて、全身全霊の神気を集中します。

 四凶しきょうは四体。全体の動きを捕捉して神気を発動する。すると瑠璃色るりいろの布帯がへびのように近づいて四体にそれぞれ絡みつきます。

 それは千切られてしまうけれど、また新たな布帯がすぐに絡みついて四凶しきょうの動きを邪魔します。


「さあ、決めてください!!」


 四凶しきょうすきができました。

 まず紫紺が素早い動きで接近し、光すらも切り裂く抜刀ばっとう窮奇きゅうきを両断しました。

 続いて離寛が得意の槍で饕餮とうてつつらぬきます。

 そして最後に黒緋です。


「このこぶしですべてを終わらせる。俺はもうなにもうしなわない! うしなわせない!!」


 ズドオオオオオンッ!!

 黒緋が瀕死ひんしだった渾沌こんとんを一撃で絶命させました。

 しかしその隙に檮杌とうこつが背後から襲いかかりますが、ピタリッと檮杌とうこつの動きが止まる。黒緋の結界にとらわれたのです。

 黒緋がゆっくり振り返りました。


「消えろ」


 ドンッ!!

 檮杌とうこつの巨体が爆散ばくさんしました。

 最後に残った一体も跡形もなく消滅し、とうとう四凶しきょうを討伐したのです。


「ああ、終わったのですね……」


 私はため息とともに呟きました。

 戦いを終えた紫紺が笑顔で駆けてきます。


「ははうえ〜!」

「紫紺、お疲れさまでした。よく頑張りましたね」

「うん!」


 足にぎゅっとしがみついてきた紫紺を私も抱きしめます。

 本当によく頑張ってくれました。あなたが強くなってくれたから四体を分断して戦うことができたのです。

 はしゃぐ紫紺の姿に目を細め、次に黒緋に目を向けました。


「お疲れさまでした」


 そう言うと黒緋が頷いて歩いてきます。

 私の前に立つと優しく抱きしめてくれる。


「終わったぞ。お前を長く一人にしてすまなかった」

「いいえ、ありがとうございました。ずっと……、ずっと探してくれていたんですね」

「会いたかったんだ。ずっと伝えたかった、愛していると」


 黒緋はそう言うと私を抱きしめる両腕に力を込めました。

 げられた言葉に涙がこみ上げる。

 ああ、ずっと愛していました。記憶を忘れても、すべてを失っても、それでも黒緋を愛していました。長く長く、ずっと長く黒緋だけを。


「っ、黒緋さま……、黒緋さま……っ」

「ようやくお前を迎えにこれた」

「私も、あなたにずっと会いたかったです。私のいとおしい御方おかた……っ」


 やっとです。やっと帰ることができたのですね。

 私は黒緋のたくましい胸板に顔をうずめます。

 黒緋の大きな手が私の髪を何度も何度も撫でてくれました。


「おかえり、鶯。一緒に帰ろう」

「はい。ただいま戻りました。帰りましょう、みんなで一緒に」


 嗚咽おえつ交じりに答えると、顔を上げて黒緋を見つめます。

 すると目が合って、なんだかくすぐったい気持ち。私たちは小さく笑いあって、見つめあったまま引かれあうように唇を重ねたのでした。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る