天妃物語8

「紫紺、青藍を連れて逃げなさい。できる限り遠くへ」

「えっ、それならははうえも……!」

「私はここに残ります。四凶しきょうを復活させてしまった始末をつけねばなりません」

「ダメだ、そんなのダメだ! ははうえもいっしょじゃないとダメだ!」

「わがままを言ってはいけません! あなたと青藍は黒緋様と私の子、必ず生き延びなければならないのです!!」


 私は強い口調で言いました。

 紫紺は涙目になったけれど、でもこの子がひるんだのは一瞬。私と青藍をぎゅっと抱きしめてきました。


「いやだ! オレはつよいんだ! ははうえのためにつよくなるっていった! だから、ははうえとせいらんはオレがまもってやる!」

「紫紺、ダメです!」

「ダメじゃない!!」


 紫紺は強い口調で言うと、私と青藍を庇うように前に立ちました。

 目の前に立った小さな背中。

 紫紺から神気が立ち昇り、私は唇を噛みしめる。

 天妃になって初めて感じた紫紺の神気。それは三歳とは思えぬほど強大でした。

 初めて自分でも感じられるようになって、この子が天帝の子どもだということを思い知ります。ならば、やはりあなたは生きねばなりません。


「紫紺、よく聞いてください。あなたは青藍を連れて黒緋様のところに行くんです。黒緋様ならあなたと青藍を守ってくれます」

「なんでそんなこというんだ!! オレはここでたたかう!!」


 紫紺はそう言うと羅紗染に向かって駆けだしました。

 素早い動きで接近して殴りかかります。


「おまえなんかやっつけてやる!!」

「邪魔をするな!!」

「うわあっ!」


 寸前、紫紺の体が吹っ飛びました。

 羅紗染の邪気が跳ね返したのです。羅紗染は邪神の分身、紫紺といえど近づくのさえ難しいのです。


「紫紺、紫紺!!」


 私は青藍を抱っこし、重い体を引きずって紫紺の元へ行きました。

 手足になまりを付けられたように重い。強制的な封印解放の負荷ふかがまだ残っているのです。

 でも今は青藍を離さないように抱っこし、倒れた紫紺の体を支えます。


「だめですっ、邪神の分身と戦ってはいけません! あなたは逃げてくださいっ、お願いだから……!」

「くっ、う、だめだっ……! ここでにげたら、ははうえはどうするんだっ。ははうえはオレがまもってやる……! あいつはオレがやっつける!!」

「紫紺……!」


 紫紺は起き上がるとまた果敢かかんに立ち向かっていきました。

 得意の体術で羅紗染を翻弄ほんろうし、祝詞のりととなえて神気を発動する。必死に戦う姿に私の胸が苦しくなりました。


「ガキのくせに忌々いまいましい神気だ!」

「ははうえにちかづくな!! えいっ、えいえいえいえい!!」


 紫紺が連続攻撃を繰りだしました。

 子どもながらも強力な攻撃に羅紗染が圧倒されだします。

 紫紺、あなたは気づいているのですね。

 私がなにを覚悟して羅紗染や四凶しきょう対峙たいじするつもりか。だから私を一人で残すことを怖がっている。

 優しい子です。ほんとうに。


「あう〜っ」


 抱っこしている青藍が涙目で私にしがみつきました。

 離すまいとする小さな手に涙がこみあげます。


「あなたもそうなんですね。あなたも……っ」


 私は涙を拭うと紫紺を見つめました。

 小さな体で必死に戦っています。

 私と青藍を守るため、離れないために、これからもずっと一緒にいるために、あんな小さな体で必死に戦っているのです。


「うわああああ!!」


 紫紺から悲鳴があがりました。

 ハッとして見ると、羅紗染の邪気が発動して紫紺が追いつめられています。


「紫紺……!」

「ぅぐっ、ははうえ……!」


 紫紺は追い詰められながらも私を見る。でも次には羅紗染を睨みつけます。


「おまえは、オレがやっつけてやる……!」

「生意気なガキめっ。死ね!!」


 羅紗染の高まった邪気が紫紺に放たれます。

 咄嗟とっさに紫紺が結界を張りましたが突き破られました。


「ああ紫紺……!」


 結界を突き破った強力な邪気が紫紺に襲いかかりました。

 駄目ですっ。絶対に駄目です!

 紫紺と青藍は私の宝物なのです!

 黒緋と離れ、ここで紫紺と青藍をうしなったら私は……!


「紫紺!!!!」


 私の神気が高まって指先から放たれる。

 刹那せつな幾重いくえもの色鮮いろあざやかな布帯ぬのおびが紫紺をつつんで守りました。

 私が神気を発動したのです。

 戦うために、守るために。

 そう、逃げるのではなく、逃がすのではなく、一緒に戦うことにしたのです。


「ははうえ……!」


 布帯ぬのおびがしゅるしゅるとほどかれて無事だった紫紺が見えました。

 私は紫紺に「大丈夫ですよ」と優しく笑いかけて、羅紗染を睨み据えます。


「あなた、私の紫紺になにするんですか」

「天妃め、大人しくしていればいいものをっ……」

「あなたこそ大人しく封印されていればいいものを」


 そう言って私は上から見下ろすような目線を羅紗染に向けました。

 羅紗染を見据えながらも、帯紐おびひもで青藍を手早くおんぶしてあげます。紫紺と青藍は私がちゃんと守ってあげるのです。

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