天妃物語7

「あっ、や、ああ! ああああああ!!」


 四体の怪物が出口を求めるように体内で暴れだし、私の全身がガクガク震えだしました。


「ははうえ! ははうえ!」

「うええええええん! うええええええええん!!」


 紫紺の呼び声と青藍の泣き声。

 大丈夫ですよとなぐさめたいのに、言葉を発することも、視線を動かすこともままならない。

 しかも羅紗染は更なる力を発動しました。


「さあ来い! 私が貴様たち災厄さいやくの怪物を解放してやる!! 姿をあらわせ四凶しきょうよ!!!!」

「っ、ああああああああああああ!!!!」


 叫ぶように悲鳴をあげた、次の瞬間。

 キーーーーーーーン!!

 空気を切り裂く音。私の胸から禍々まがまがしい闇が突き破って放たれました。

 それは空高く放たれ、上空で黒い雲となってうずく。


「あ、あ……うぅ」

「ははうえ!!」

「うえええん! あうあ〜っ、えええええええん!!」


 私の体が崩れ落ち、紫紺が駆け寄ってきました。


「ぅ、紫紺……」


 ぼんやりした意識の中で、視界に今にも泣いてしまいそうな紫紺の顔が映ります。

 おんぶしていた青藍も帯紐おびひもから脱出してきて泣きながら私を覗きこんでいます。

 泣いている二人をなぐさめたい。

 だいじょうぶ……と唇だけ動かしました。

 怪物が放たれた衝撃に呼吸が乱れ、言葉がのどりついて音にならないのです。

 疲労感に襲われるなかで羅紗染を見ました。

 羅紗染は恍惚こうこつとした顔で上空に渦巻うずまく暗雲を見上げています。


「とうとう復活した!! とうとう復活したぞ!!!!」


 羅紗染が見上げる先には夜空の黒よりなお暗い闇。

 闇の暗雲はうずき、四つのかたまりへと変化していく。


「あれが四凶しきょう……」

「しきょう?」


 紫紺が私にしがみついて上空を見上げました。

 私は重く頷きます。

 あの禍々まがまがしさは間違いなく四凶しきょう。確信すらありました。なぜなら、対峙たいじするのは二度目だから。

 ……ああ、そういうことだったのですね……。

 記憶が濁流だくりゅうのように流れてくる。天上で暮らしていた時のことも、自分が四凶しきょうを封じた時のことも。そのひとつひとつを鮮明せんめいに思いだせます。


『お願いですから笑顔でいてください。――――私のいとおしい御方おかた


 それは私が天妃だった時の最期さいごの言葉でした。

 黒緋に心からの愛を告げて地上に落ちたのです。

 私は自分の命を引き替えにする封印術を発動して四凶しきょうを封じました。

 地上のことはよく分からなかったけれど、これで黒緋がまた笑顔になってくれるなら構いませんでした。

 そうして体が消滅した私は伊勢の片隅かたすみで暮らしていた女性のおなかに宿りました。胎児たいじとなり、天妃のたましいと記憶をもって生まれるためです。

 その母体の中で出会ったのが双子の妹の萌黄。

 でもその時の萌黄は弱々しい胎児たいじで、今にも鼓動こどうが止まってしまいそうでした。


『あなた、死ぬのですか?』


 私は胎児たいじの萌黄を見つめました。

 人間にとって死とは平等に訪れるもの。

 ならばこの胎児たいじもなく死ぬのでしょう。

 でも一つの母体に私と胎児たいじは二人きり。人間はよく分からないけれど、私と一緒にいてくれる胎児たいじがなぜだか愛らしく見えました。


『いいですよ、私の力をけてあげます』


 四凶しきょうを封じるのにほとんど神気を使ったけれど、私が天妃であるために少しだけ残っていた力。あなたに、けてあげます。


『……これで私はすべてをうしなうけれど、あなたは私と生まれてくれるのですね。ありがとうございます。私、地上のことはよく分からないんです。だから一緒に生まれてくれて心強く思いますよ。あなたの息吹いぶきよみがえりますように』


 そっと神気を分けてあげました。

 そうすると胎児たいじの弱々しかった鼓動こどうよみがえります。

 胎児たいじ鼓動こどうをたしかめて私はゆっくりと目を閉じる。急激な眠気に襲われてまぶたが重い。

 目を閉じて次に目を開いた時、私は普通の人間の赤ん坊になっているでしょう。

 天上との繋がりがすべてたれ、なんの記憶も残っていない普通の赤ん坊です。

 眠る寸前、天帝・黒緋を思いました。

 どうかまた彼が笑ってくれますように。

 こうして私は普通の人間として伊勢の片隅かたすみで生まれたのです。


「ははうえ……」


 紫紺が驚愕した顔で私を見つめていました。

 私が今までと違って神気をまとっていることに気づいているのです。

 複雑な気持ちになってしまう。

 自分が黒緋の探していた天妃であったことの喜び、同時に四凶しきょうを復活させてしまったことの絶望。天妃だから分かるのです。四凶しきょうを復活させてしまったということがどういうことか。

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