天妃物語10

四凶しきょうが……っ」


 そこにあった光景に背筋が冷たくなりました。

 上空でうずいていた四つのかたまりがみるみるうちに怪物の形へと変化していく。

 巨大な犬の姿をした渾沌こんとん、羊身人面の饕餮とうてつ、翼の生えた虎の窮奇きゅうき、人面虎足で猪の牙を持つ檮杌とうこつ

 夜空に出現した四体の怪物に愕然がくぜんとしました。

 四凶しきょうとは災厄さいやくであり最大の不幸。地上にあらゆるとがごうをもたらす存在。それがとうとう姿を見せたのです。

 羅紗染の瞳が暗く輝く。


「とうとう、ぐっ……とうとう復活した! この世を混沌こんとんおとしいれる怪物よ……! これで天上と地上は、邪神のもの!! さあ四凶しきょうよ、ここに天妃がいるぞ!! 天妃を食い散らせ!! でなければ、また封印されるぞ……!!」


 羅紗染があおるように命令しました。

 そうすると上空の怪物がぎょろりと私を見下ろし、憎悪が増したように邪気がふくれ上がる。四凶しきょうは私の神気にうらみを思い出したのです。


「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」」


 四凶しきょう雄叫おたげびをあげていっせいに襲い掛かってきました。

 咄嗟とっさ御簾みすの結界を発動します。

 幾重いくえにもれた御簾みすの結界がたてとなって四凶しきょうはばむけれど。バリーン!! バリーン!! バリーン!! バリーン!! バリーン!!

 御簾みすを突き破って四凶しきょうが突っ込んできます。

 四凶しきょうは羅紗染とは比べものにならない力を持っているのです。


「っ、このままだと……」

「オレがくいとめる!!」


 紫紺が結界を発動しました。

 すると四凶しきょうの動きが少しだけにぶる。

 紫紺は祝詞のりととなえて結界の力を強くしていきます。

 私もそれに合わせて神気を強めましたが、瀕死ひんしの羅紗染がニタリと歪んだ笑みを浮かべました。


「無駄なことを、お前たちごときが四凶しきょうを食い止められるわけがないっ……。四凶しきょうども、お前たちの力はその程度ていどか!! ここにお前たちのあだである天妃がいるぞ!! 早く食い散らしてしまえ!!!!」


 羅紗染が血をきながら怒鳴りました。

 それに四凶しきょうが頭をもたげ、羅紗染をぎろりっと睨んだ刹那せつな


「ぎゃあああああああああ!!!!」


 窮奇きゅうきが巨大な翼を広げ、一瞬にして羅紗染を食い千切ったのです。

 転がり落ちた羅紗染の頭部を混沌こんとんむさぼり食い、グシャッグシャッと骨と肉をくだく音がする。

 凄惨せいさんな光景に紫紺が驚愕きょうがくしました。


「ど、どうしてだ……っ。なかまだったんじゃないのか?」

「……四凶しきょう混沌こんとんそのものです。誰にも制御せいぎょすることはできないんですよ。そう、黒緋様さえも」


 だからかつての私は四凶しきょうを封じたのです。そして黒緋は四凶しきょうを討伐するために強い子どもを欲しました。

 羅紗染を食べた四凶しきょうに私の緊張が高まります。

 ……これは、よくない事態ですね。

 四凶しきょうは羅紗染を食べることで邪気を増幅しました。

 ビリビリした空気に呼吸が浅くなってしまう。でもここでひるむわけにはいきません。

 四凶しきょうが羅紗染に標的を変えてくれたことで今はひと息つけましたが、次に襲ってきた時が勝負になるでしょう。


「……紫紺」

「なんだ」

「今から四凶しきょうを封じます」

「えっ?」


 紫紺がハッとして私を見上げました。

 私は紫紺を見つめ、真剣な顔で言葉を続けます。


四凶しきょうは羅紗染を取り込んだことで、前回封印した時よりも明らかに力が増しています。もし、もし失敗したら……」


 そこから言葉が続けられませんでした。

 封印が失敗すれば私は魂ごと食い破られます。そうすれば四凶しきょうはさらに力を増してしまうでしょう。


「っ、……失敗はしません……っ」

「ははうえ……」

「なんとしても、私が封印します。もう一度……!」

「は、ははうえ、だめだっ。ふういんしたら、ははうえは、また……」


 紫紺が泣きそうな顔で言いました。

 やっぱり優しい子ですね。今から発動する私の封印術がどんなものか察しているのです。

 ああ私の宝物、絶対に守ってあげます。あなたの生きる世界が光とゆたかさに満ちたものでありますように。


「さあ、こうして対峙たいじするのも二度目ですね」


 そう言って私は上空の四凶しきょうを見上げました。

 獰猛どうもうな肉食動物が獲物をなぶろうとするかのように上空をぐるぐる回っています。

 私は気丈に見据えて対峙たいじしました。ここで引けばすべてが終わる。それだけは阻止せねばなりません。


「ぐるぐるぐるぐると……、私を馬鹿にしていますね。いいでしょう。私があなた方を封印するか、あなた方が私を食い破るか、勝負してあげます!!」

「ははうえ、やめろ! それはダメだ!!!!」


 紫紺が悲痛な声で叫びました。

 ごめんなさい、今は聞いてあげられません。

 私は神気を爆発的に高め、四凶しきょうを封印術内に捉えます。

 私を食い破らんと四凶しきょうが突っ込んでくる。大丈夫、すべて受け止めて、今回も封印できます。必ず封印します。

 私はまたすべてをうしなうけれど構いませんでした。私の愛した大切なものが消えてしまうよりも救いのあることなのです。

 そんな中、最後に思い出してしまったのは黒緋でした。

 黒緋は天帝でありながら、私を探すためだけに地上へ降り立ったのです。充分でした。それを知れただけで充分でした。

 黒緋は私を愛してくれたのです。それを知れただけで、私は……。


「お願いですから笑顔でいてください。――――私のいとおしい御方おかた


 そっと言葉を紡ぎました。

 そして突進してくる四凶しきょうを受け止めようとした、その時。


 ――――ドゴオオオオオオオオオオオオ!!!!


 轟音ごうおんが響きました。

 私は驚愕きょうがくに目を見開く。

 視界いっぱいに黒緋の背中が映っていたのです。

 そう、黒緋の強烈な拳が突進してきた四体を殴り飛ばしました。

 突然のことにシンッと静まり返ります。

 でもそれを破るように紫紺が声を上げました。


「ちちうえだ!! ちちうえがきた!!」


 紫紺が黒緋に向かって駆けだします。

 興奮した紫紺を黒緋が抱きとめました。

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