懐妊の条件4
「鶯、お前が不安に思うことはなにもない。お前が考えているようなことはしない」
「え?」
「お前の体で快楽を得ようとしているわけじゃないということだ」
「っ、そんなはっきりと……」
直接的な物言いに顔が熱くなってしまう。
でも黒緋の言葉の意味が分かりません。
困惑しているうちに掴まれていた手を引かれて押し倒されました。
「黒緋様!」
いきなり押し倒されて悲鳴をあげてしまう。
私は慌てて逃げようとしましたが、それより先に大きな体が
逃げることもできなくてぎゅっと縮こまってしまいましたが。
「大丈夫だ。これ以上お前に触れることはない」
耳元で響いた優しい声。
やんわりと抱きしめられました。
予想外のそれに動揺しましたが、黒緋は私を安心させるように背中をさすってくれます。
「黒緋さま……」
腕の中からおずおず見上げると近い距離で目があいました。
「人間が子作りする時のような行為は必要ないんだ。だから安心しろ」
「……ほんと、ですか?」
警戒しながらも聞くと、「本当だ」と宥めるよう言われました。
そして黒緋が大きな手を私の下腹部にかざしました。
すると、ぽうっと炎のような光が灯って、私のお腹の中に吸い込まれていったのです。
「えっと、……さっきのは?」
「子作りだ。もう終わった。元気な赤ん坊を生んでくれ」
「え? え、あれ?」
思っていたことと違う……。
子作りだというからもっと別のことを想像していました。それなのに……。
私は理解が追い付かなくて呆然としてしまいますが、黒緋は満足そうに私のお腹を見つめています。
「これでいい。お前とは相性がよさそうだ」
「そ、そうなんですか?」
よく分からないまま聞いてみます。でもどんな答えをもらっても分からないままでしょう。
私はなんとなく自分の下腹部に手を置いてみました。
やっぱりなにも感じません。
赤ん坊が宿ったといいますが本当でしょうか……。
でも黒緋は高名な陰陽師なのです。きっと私には理解できない不思議な術とかあるのでしょう。無理やり納得するしかありません。
「あの、私はこれからどうなるんでしょうか……」
「なにも変わらない。腹も
「え、それじゃあどうやって生まれてくるんですか?」
「次の満月の夜、庭の池に
「はあ……」
まるで
やっぱり実感が湧きません。
不思議な気持ちで下腹部を撫でてみましたが、ハッとして指を折って日付けを数えます。
「ひい、ふう、みい、よお、いつ……、次の満月ってあと七日じゃないですか!」
「そうだな、楽しみだ」
黒緋はのんきに言いましたが私はそれどころではありません。
あと一週間で赤ん坊が生まれてくるなんて……。
「う、うそみたいです……」
「強い子が欲しい。元気で強い子だ」
「……性別は分からないんですか?」
「いくら俺でも、こればかりはな」
黒緋はそう言って苦笑すると、私を抱きしめる腕に力を込めました。
「早く寝よう。妊婦のように体が変化することはないが、くれぐれも自分を
「はあ……」
やっぱりいまいち信じられません。
でも黒緋が片腕で私を抱いたままいそいそと布団をかけてくれます。優しいぬくもりに包まれて胸がきゅっとしましたが、当然のように一緒に寝ようとする黒緋に気づいて慌てました。
「え、黒緋様もここで寝るんですか!?」
「どこで寝ても一緒だ。なにか問題でもあるのか?」
「大ありです!」
即座に言い返して追い出しました。
恋仲でも夫婦でもないのに同じ
追い出された黒緋は驚いたように目を丸めています。拒否されるなど想像もしてなかったといわんばかり。それはそうでしょうね、黒緋はその容貌もとても精悍で美しいので愛されたいと望む女性も多いはずです。今まで彼が
私をそんな女たちと一緒にされたくありません。
子作りの覚悟はしましたが、その必要がないのならないに越したことはないのです。私は伊勢の白拍子、安易に処女を失うわけにはいきません。
「ほんとに寝るだけなんだが……」
「それでもです!」
「……分かった、諦めよう。ただし体を冷やさぬように気を付けるように。側に女官を置いておく、なにかあればすぐに言え」
「そんなに過保護にしていただかなくても……」
「まだ足りないくらいだ。お前は俺の子を孕んでいるんだからな。少しは自覚してくれ」
「黒緋様……」
頬がじわりと熱くなりました。
大切にされている実感がなんだかくすぐったい。
「……分かりました。充分気を付けます」
「そうしてくれ。おやすみ」
「おやすみなさい」
黒緋が床の間を出ていきました。
気配が遠ざかって床の間に静けさが戻ります。
さっきまで黒緋がいた場所にそっと触れてみました。
……ぬくたい。少しだけ温もりが残っていて、なぜだか胸の鼓動が早くなる。言葉にできない思いがこみ上げて、初めての感覚に困惑してしまう。私はどうなってしまったのでしょうか。
黒緋を意識すると頬がまた熱くなってしまって、それを振り払うようにぎゅっと目を閉じました。
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