懐妊の条件3
「それで、その白拍子がどうして鬼神に追われているんだ? 伊勢から京の都まで追ってくるとは、そうとうに
「……私を追っている鬼神は五年前から伊勢にある村々を襲いだしたんです。村を鬼神から守るために多くの巫女や白拍子が
「
「妖怪の
そう話しながらまた声が震えだします。
それは怒りの震え。
「鬼神はそれを知っているのです。あろう事か調子に乗った鬼神は斎王を生贄に望むようになりました。ですが斎王を差し出すわけにはまいりません。ですから斎王の双子の姉である私が身代わりに生贄になろうとしたんです。……ですが気づかれてしまい、それに怒った鬼神が私を追っているのです」
「なるほど、それで都まで逃げてきたわけか」
「はい……」
重く頷きました。
でも説明を終えて少しだけ気持ちが軽くなります。
伊勢から今まで誰にも話すことができず、一人ぼっちで逃げてきたのですから。
いつ殺されるか分からない旅は怖くてしかたありませんでしたが、こうして話を聞いてもらえて緊張が解けていきます。
ふと気が抜けて、決して口にしてはいけない本音まで漏れてしまう。
「だいたい天帝も天帝ですっ。本当に天帝とやらがこの世界にいるのなら、自分に仕えている斎王の一人くらい守って見せるべきです!」
白拍子として許されぬ本音丸出しの私に黒緋が苦笑し、「落ち着いてくれ」とやんわり宥められます。
「すみませんっ……」
ハッとして口を閉じました。
思わず出てしまった本音が恥ずかしい。
でも不思議なのです。黒緋といると張り詰めていた気持ちが解けていくようなのですから。出会ったばかりなのに、もう大丈夫と安心感すら覚えています。黒緋が
こんな事は初めてで、だからこそこの人にならと思えてしまう。
「黒緋様、無理を承知でお願いします。斎宮の者では鬼神を討伐できませんが、陰陽師という立場は鬼神を悪鬼として位置付けることもあると聞いています。どうか鬼神を討伐して斎宮をお救いください! 私が鬼に殺されれば、鬼はまた斎王を狙います。斎王だけはどうしても守りたいんです!」
必死に訴え、床に両手をついて頭を下げました。
そんな私の願いに黒緋が頷いてくれます。
「わかった。望みどおり鬼神は俺が討伐しよう。だが一つ条件がある」
「条件?」
「俺の子を孕んでほしい」
「っ、私は真剣にお願いしているのです!」
カッとして言い返しました。
あしらうつもりですね。期待だけさせてこんなこと言うなんて酷いです。
でも黒緋は思いがけないほど真摯な顔で私を見ていました。
「俺も真剣だ。俺は俺の血を継いだ強い子がほしい。お前に協力してもらいたい」
動揺しました。
拒否してしまいたいのに黒緋の
「…………本気、なんですか?」
「ああ」
「そうですか……」
黒緋は本気でした。本気で子どもを望んでいました。
その相手がどうして私なのか分かりませんが、黒緋の意志はとても真っすぐで真剣なもの。
「……鬼神を倒してくださるんですよね?」
「約束しよう。なにも心配しなくていい」
私はそっと目を閉じます。
静かな沈黙が落ちました。
迷いがないといえば嘘になります。だって処女を失えば白拍子には戻れません。でも斎王を守れるならそれ以上のことはないのです。
今は覚悟を決めて前へ進むのみ。
私はゆっくり目を開けて黒緋を見つめました。
「分かりました。よろしくお願いいたします」
両手をついて深々と頭を下げました。
それは鬼神討伐と引き替えに子を孕むという取引きの成立です。
私は決死の覚悟でそれに臨みましたが、次の瞬間がばりっと抱きしめられました。
「ありがとう! 鶯、本当にありがとう! 心から感謝する!」
「わあああっ、黒緋! 急になんなんですか!」
突然抱きしめられて驚いてしまう。
しかも黒緋は子どものような喜びようで、今までの大人っぽかった雰囲気が噓のよう。まさかこれほど喜んでもらえることだったなんて。
でもぎゅうぎゅうと抱きしめられる感触に居たたまれなくなってしまう。黒緋のぬくもりに顔が熱くなってしまうのです。
「離してくださいっ。痛いです……!」
「ああ、すまない。嬉しかったんで、ついな」
黒緋は悪びれなくそう言うと私の手を取って歩き出しました。
向かう先は私に宛がわれていた床の間です。
「鶯、さっそく子作りだ。こっちへ」
「え、ええええ!?」
いきなりすぎて動揺してしまう。
覚悟は決めたつもりですが、あまりにも性急すぎるのです。
「ま、まま待ってくださいっ。まだ心の準備ができていません!」
「そんなものは必要ない」
「必要あります!」
私は握られた手を振り払おうとするけれど無駄な抵抗で終わっていきます。
そのまま床の間に入り、寝床へと連れていかれて体が硬直しました。
「ほ、ほんとに待ってください! 約束は必ず守ります! でも、私はこんなこと初めてでどうしていいか……」
だめです。覚悟を決めたのに未知の恐怖に体が小さく震えてしまう。
祈るように震える指先を握りしめた私に、「……ああ、そういうことか」と黒緋が納得したような顔になりました。
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