天妃物語4
「……まさか人がいないなんて思いませんでした。でも夜の山は
私はそう言って紫紺とひとつひとつ廃墟の家を
でもふと気付く。
廃墟の家に入って中をたしかめると、すべての家に白い小石が置かれていました。最初は偶然かと思っていたのですが、どこの家に入っても白い小石が置いてあるのです。
「いったいなんでしょうか……」
しかし考えても分かりません。
今は今夜の寝床を探すのが先決です。三歳の幼い子どもと赤ちゃんを休ませてあげなければならないのですから。
こうして集落中を回って、ようやく休めそうな家を見つけます。
「ここなら大丈夫そうですね。紫紺、青藍、今夜はここで休みましょう」
さっそく中に入ってみます。
私は安心しましたが、でもいつまで待っても紫紺が入ってきません。
「紫紺、どうしました?」
声をかけてたしかめます。
でも紫紺はというと、今にも壊れそうな家を見て
「こ、ここなのか?」
驚きを隠しきれない紫紺に私は首を傾げましたが、「ああそういうことですか」と納得します。
紫紺は
私は苦笑してからかいます。
「大丈夫、ひと
「こ、怖くない! オレはそんなんじゃない!」
紫紺はハッとして声を上げると私と一緒に家に入りました。
私は
囲炉裏に暖かな火が灯り、狭い室内を橙色に染めました。
私は青藍を膝に抱っこし、紫紺が正面にちょこんと座ります。
囲炉裏の灯かりで私と紫紺の影が壁に長く伸びて、紫紺が興味深そうに手を上げたりして動きを楽しみだしました。無邪気な様子が可愛らしいです。
「あまり火に近づいてはいけませんよ? 火傷でもしたら大変です」
「わかった。きをつける!」
「いい子ですね。寒くありませんか?」
「さむくない」
「お
でも紫紺は首を振ります。
「だいじょうぶだ。おなかへってない」
紫紺がきっぱりと言いました。
……うそですよね。いつももっとたくさん食べるじゃないですか。
でも私を困らせまいと平気な振りをしてくれるのですね。
抱っこしている青藍は食欲よりも眠気のほうが強いようで、私の腕の中でうとうとしています。そんな青藍に今夜のところはほっとしました。
私は紫紺を見つめて目を細めます。
明日からの旅路は今日より厳しいものになるでしょう。
「……紫紺」
「なんだ」
「明日は今日より
「いっしょにいる! オレはぜったいははうえといるんだ! それに、オレはつよいからだいじょうぶなんだ!」
「紫紺……」
きっぱり答えた紫紺に胸がいっぱいになりました。
そうでしたね、あなたは強い子どもでした。
「ありがとうございます。私もあなたと青藍を決して離しません」
「うん、やくそくだぞ!」
嬉しそうな紫紺に私は優しく笑いかけました。
「はい、約束です。では紫紺、こちらへ来なさい。そろそろ眠りましょう」
そう言って
青藍を抱っこしたまま紫紺の背中にそっと手を当てます。
そうすると紫紺は照れくさそうにはにかんで私の膝を枕にしました。まるで子猫のように膝枕にすりすりされて、私はクスクスと笑います。
さっきは強いんだと言っていたのに、こういう時は甘えん坊になるのですね。
「紫紺、疲れたでしょう。今夜はゆっくり休みなさい」
「せいらん、もうねてる?」
「よく眠ってますよ。さっきからうとうとしてましたからね」
気が付くと青藍はとっくにスヤスヤ眠っていました。
赤ちゃんですからね、疲れたらすぐに眠ってしまうのです。
紫紺も私の膝枕で横になるとすぐにうとうとし始めます。
私は紫紺の
「紫紺、おやすみなさい」
「ははうえ、おやすみ……。……スースー」
なでなでしていると紫紺からすぐに寝息が聞こえてきました。どうやら限界だったようですね。
いつもとは違う状況に紫紺と青藍は疲れてしまったのです。
私は青藍を抱っこし、膝枕の紫紺をなでなでしながら今後のことを考えます。
この旅に目的地はなく、目的すらもありません。黒緋と萌黄に二度と会わないように
こんな旅に紫紺と青藍を一緒に連れてきたことを申し訳なく思います。でも二人の子どもだけはどうしても
私は紫紺と青藍を見つめて明日からのことを考えます。
紫紺と青藍に
ならば私ができることは一つだけ。
私の特技である
そこまで考えてハッとしました。
一緒だったのです。白拍子でありながら
私は以前、そんな白拍子たちを
でも今の私は死を選べません。紫紺と青藍を育てるためにどんなことをしても生きねばならないのです。たとえ好きでもない
「わたしは、なにも知らなかったのですね……」
視界が涙で
恥ずかしいです。私は知らないことばかりで、ほんとうに恥ずかしい。
「グスッ……」
鼻を
泣いてはいけません。
泣いても
私は眠っている紫紺と青藍の寝顔をじっと見つめます。
かわいい寝顔です。
私の宝物です。この宝物を守るために強くあらねばなりません。
その夜、私は紫紺と青藍をぎゅっと抱きしめて眠りについたのでした。
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