はじめての恋5
東の
「っ……!」
一瞬で目が覚めました。
昨夜のことを思い出したのです。
「黒緋様……!」
「おはよう、鶯」
がばりっと顔を上げるとにこやかに微笑む黒緋と目があいました。
その顔に全身から力が抜けて、胸がいっぱいになっていく。
「目が覚めたのですねっ……!」
「ああ、昨夜はありがとう。ずっと看病してくれていたんだな」
「良かった。顔色も戻っていますね……。昨夜はずっと意識を失ったままで、一時はどうなるかとっ……!」
黒緋の顔に手を伸ばして、その頬にそっと触れてみます。
良かったです。ほんとうに、ほんとうに良かったです。
「お前のおかげだ」
「いいえ、私はなにもしていません」
「いいや、お前が俺を温めてくれたんだろう」
「あなたがとても寒がっていたの、で……、っ、し、失礼をしました!!」
慌てて布団に包まりました。
自分が
温めるためだったとはいえ、勝手に裸で殿方の
私は布団に包まったまま両手をついて頭を下げました。
「勝手なことをして申し訳ありませんでした。無礼をお許しくださいっ」
「謝るな。俺は感謝しているんだ。お前のおかげで気分がいい」
「黒緋様……」
優しい瞳で見つめられて頬がじわりと熱くなりました。
胸が高鳴るけれど、まずお礼をしなければいけませんね。黒緋は私を野犬から守ってくれたのです。
「黒緋様、昨日は野犬から守ってくださってありがとうございました。そのせいで黒緋様がこのようなことになってしまい、申し訳なく思っています」
「気にするな。それにあの野犬はただの野犬じゃなかった」
「え? それはどういうことです」
思わぬことに驚きました。
黒緋は思案するように顎に手を当てて教えてくれます。
「あの野犬は
「黒緋様がそんなふうに言うなんて……。もしかしてあなたが倒れてしまったのも」
「そうだ。噛まれたことで強力な
黒緋はそう言うと私を見つめて言葉を続けます。
「おそらく呪術師の狙いはお前だ」
「そんなっ……。もしかして、私を追っている鬼神と関係あるのでしょうか」
「それはまだ分からない。だが偶然だとも思えない」
「そうですか……」
視線が落ちてしまう。
もしこの呪術師が鬼神と関係があるなら狙いは斎王なのです。もし萌黄の身になにかあったら……。
唇をかみしめました。不安で胸がつぶれそう……。
「鶯、そんな顔をするな。大丈夫だ、お前も斎宮の斎王も俺が守ろう。黙ってやられたままというのも面白くないしな」
「黒緋様、ありがとうございます。どうか、どうかよろしくお願いしますっ……!」
両手をついて頭を下げました。
今は黒緋の陰陽師としての力に
陽が空の真上に昇る時刻。
私は昼餉の
朝目覚めてから黒緋とお話しし、その後からは休んでもらっているのです。黒緋はもう大丈夫だと言っていましたが、せめて今日だけは寝床で過ごしてほしいとお願いしました。
そのため昼餉は寝間で食べてもらおうと運んでいたわけですが。
「黒緋様、何をしているのですか!」
「見つかってしまったか……」
眉を吊り上げた私に黒緋が悪びれなく言いました。
そう、黒緋がいたのは寝間ではなく中庭。
しかも手には木刀が握られていて、はだけた着物から覗いている
「まったく、あなたという人は困った人ですね。あれだけ今日は安静にしていてほしいとお願いしたのに」
「退屈だったんだ」
「子どもみたいなこと言わないでください」
「それなら鶯が相手をしてくれないか?」
「私に暇つぶしの相手をしろと?」
「ああ、お前の
思わぬ要望に目を瞬きました。
でも私が人様に自慢できる唯一の特技です。それを黒緋に望まれるのは嬉しいこと。
「分かりました。それなら今日は安静にすると約束してくれますね?」
「もちろんだ」
「では喜んで。どうぞこちらへ」
私は御膳を寝間に置くと、庭にいた黒緋を促して寝間の座布団に腰を下ろしてもらいました。
お湯で絞った手ぬぐいで黒緋の首元や背中の汗を拭き、額に手を当てて体調を悪くしていないか確かめます。最後に着物を整えて微笑みかけました。
「どうやら体調は悪くしていないようですね」
「なんだ、疑っていたのか」
「心配していただけですよ。ではなにを舞いましょうか?」
「天地創造の神話を頼みたい」
意外な舞に首を傾げてしまう。
「……いいんですか?」
「何がだ?」
「その、あなたは……」
天地創造の神話の
でも黒緋は普段と変わらない様子で所望してきました。私の気のせいだったのでしょうか。
「どうした、鶯」
「……いいえ、なんでもありません。天地創造の神話ですね」
気を取り直して扇を手にしました。
両手をついて挨拶し、扇を開いて天地創造の神話の舞を舞い始めます。
悠久の物語を舞いながらスゥッと目線を流す。
視界に映った黒緋は真剣な顔で舞を見ていましたが、この舞がもっとも盛り上がる天妃が地上へ落ちる場面になると一瞬だけ崩れます。今にも涙を流しそうな、そんな悲しい顔をするのです。
それは
疑問に思いながらも舞い続けましたが、ふと黒緋が立ち上がりました。
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