第11話 スライムが予想外なことに

 準備ができたカノと一緒に結城の家を後にする。

 刀槍の類は土蔵の隠し棚に入れておいた。

 これから魔物と戦うことになっても、使い捨てられない武器は持っていけない。


 途中の道に乗り捨てていた車に乗り込みエンジンをかける。

 ご近所さんに武器とゴブリンの死体を持った姿を見られなくて良かった。

 休憩がてら、俺がくさびら神社でスライムを拾ったこと、【KUSABIRA】というアプリで鑑定できたことなど俺が体験したことをカノに教えると、カノが冷えた車内で身を震わせながら文句をいってきた。


「そういうのは早く教えてよ」

「日常にファンタジーが入ってきても、まさかこんなに早くゴブリンが出てくるなんて思わなかった、悪かったよ」

「じゃなくて! そんな面白そうなネタは即共有すべきじゃない?」


 どうやらカノはこたつでうとうと栗きんとんを食べていた時も俺が隠し事をしていたことが気に入らないらしい。


「リクトの変な趣味や言うことに今更驚いたりしないんだから次からはちゃんと教えてね」


 助手席でカーエアコンの送風口に手を当てながらカノはつぶやいた。

 趣味はともかく言っていることも変なのか俺?

 釈然としない思いを口にしようと思ったが、やぶへびな気がしたので車の運転に専念することにした。


「後はそうだな。これからの身の振り方を考えなくちゃな」

「え、それってどういう事?」


 頬杖をついていたカノが顔を上げる。


「これから世界が”どの程度”ファンタジー世界になるかわからない。イノシシやクマのような害獣に魔物が加わる程度ですめばいいが、世界の終わりがくるかも知れない」

「またぁ。リクトは本当に心配性なんだからー」


 ちょっとおどけて見せるカノ。それなら異世界で最強を目指してやる! とか言ったり、こいつは本当に楽天的だ。それでも、


「まあでも最悪? 日本が世紀末になっても二人で切り抜けていこうね」


 こっちの思いには真剣に答えてくれる。真っ正面から、おもわずたじろぐくらいに。


「まあな。どこででもやっていけるさ。用意しておいた備品は二人前だしな」


 にんまりと笑みを浮かべるカノに思わず顔をしかめる。

 俺はばあちゃんにお前を任されているんだ。当たり前だろう。だからそういう、わかってるよみたいな顔をするな。


「さて、着いたぞ。もう一度気を引き締めてくれ」


 静かに車を止め、警戒をカノに任せゴブリンの入った袋を持っていく。


「この袋はお前が持っていってくれ。そこにも一体死体を蹴り飛ばしてあるからとってくる」

「りょーかい」


 門扉の後ろに隠したゴブリンの死体も別な袋につめて担ぎ、庭へと入った。

 かどを曲がると、家を飛び出た時のままの光景が広がっていた。


「あの水槽に死体を沈めたの?」


 そしてセンサーでついたライトに照らし出された水槽をみて瞬時絶句。そして二人同時に口を開いた。


「「浮くのかよ!」」


 目の前では水槽の中でのたりのたりとしていたはずのスライムが水槽の五十センチばかり空中に浮かんでいた。

 こんなのテンプレにあったか? 少なくとも俺は知らないぞ?


「ねえこれ私の知っているスライムと違うんだけど」


「……俺も今始めて知った」


 まあ、便宜上スライムなだけで、和名がヨロズサビクサリだしな。物を溶かすのはともかく分離して排出するスライムなんて聞いた事ないし、浮かぶことも有るんだろう。たぶん。

 持っていた棒の先でちょいちょいとつつくと、こころなしかちょっと元気になったスライムが震える。こちらを攻撃するような意図はないみたいだ。


 水槽の中に投げこんだ一体目のゴブリンの死体はすでにない。死んだ生物だったせいか、案外早く溶けたみたいだ。

 自力でアクリルのフタを落として外に出たのに逃げてはいないし、これはもしかして、死んだゴブリンという餌を与えた俺になついているのか?

 などとスライムとコミュニケーションを取りながら、水槽の中の液胞をとりだし、地面に広げる。

 横でカノが好奇心旺盛な猫のように観察し始めた。


「このカエルの卵みたいな奴が液胞……?」


 カエルの卵って、いやまあそうだけどな。

 カノは液胞をわしづかみして眺め回している。

 自然の中で育ってきたのでためらいというものがない。


「かわいくないからスライム玉って呼ぼう……ねぇ、なんか変なのがあるけど?」

 

 しゃがんでいたカノが差し出したのは液胞……スライム玉だった。一つは長細いスライム玉。杭のような結晶を包んでいる。もう一つのは銀色の金属を包んだやつだ。


「ちょっと待ってくれ。今確かめる」


 念のためスライム玉を割って金属の方を取り出し、その上で例のスマホアプリを起動させた。

 まだ鑑定回数は残っていたはず。このスライム玉の中身を鑑定してみよう。


 【KUSABIRA】を立ち上げてカメラモードにする。ブレていた動画が一瞬固まって静止画になった。


「ちょっ、リクト! きえたんだけど!」


 スマホをどけて金属があった場所を見る。たしかにない。直接みていたカノは消えた瞬間をみていたんだろう、


「まて、なにかメッセージが表示された」


——端末への精製魔素の取り込みを確認。端末の最適化開始。機能は順次解放されます。

 そんな文字が画面に出た。最適化? 機能が解放されるっていうことは出来る事が増えるのか。

 というか、魔物からは魔石が出てくるものだと思ったが違うのか?


「ねえねえ、もう一つのスライム玉には何が入っているのかな」


 ファンタジーな現象を見たせいか、カノのテンションが高い。

 長細いスライム玉をつかんで目をキラキラさせている。

 そんなカノにまったをかけるのは心苦しいが仕方ない。

 深夜とはいえご近所さんの目がないとは言えないのだ。


「それは俺も知りたい。けどその前にすることがある」


 そう言って、地面に置いていた袋を逆さにしてゴブリンの死体を二つ、浮いているスライムの前に置いた。


「よし、これもやるから食ってくれ」


 すると、スライムは身体を波立たせながらふよふよと死体に近づき、そのまま身体を薄くのばして包み込んでしまった。


「なんか白くなった!」


 まるで入浴剤をいれたみたいにスライムが白くなってゴブリンの姿が見えなくなった。

 

「すごく細かい泡が立ってるみたいだな」


 消化する時の化学反応かなにかだろうか。とにかく溶けかけのゴブリンなんて見ずにすんで良かった。

 死体の隠ぺいが済んだ所で改めて……これか。


 俺は手にもった長細いスライム玉にナイフを入れて中のものを取り出した。

 大きさは手の平くらいで彫刻がされていて、釘のように頭が大きくなっている。

黒っぽいけどライトの光にかざすと褐色がかった透明な結晶なのがわかった。スモーキークオーツみたいだ。


「鑑定……っと」


 アプリで撮影をしてみると、なんだかわからない説明が出てきた。


契約の杭:神界の徒と己の魂をつなぐ証。供物に応じて##は権限を付与する。$%&’&%……


「なんだかすごそうなフレーバーテキストだね」

「途中から文字化けしているけどな」

「権限を付与するって誰がするのかな?」

「そりゃあれだろ。魔王とかそういう奴じゃないか? 魔物なんだから」


 二人で画面をのぞき込んであれこれ考えてみるけれど、大してわかる事も無い。

 何しろまだまだ情報が少なすぎるのだ。

 今俺達が知っているのは、『ヨロズサビクサリ』と呼ばれるスライムが『ゴブリン』の死体や物質を溶かして『素材』、『精製魔素』、『契約の杭』を出す事くらいだ。


——ヴヴヴヴヴ。


「うおっと、通知か」


 急に振動が来て杭を取り落としそうになった。杭を置いて、あらためて画面を見た。


——機能解放。『祭壇』へのアクセスが可能になりました。現在アクセス可能な神:0

「「祭壇」」

 画面に表示された文を見て、二人の言葉が重なる。

 神様にアクセスするってどういうことだ?


——ヴヴヴヴヴ。

 おっと、まだあるのか。


——機能解放。鑑定物を『ストレージ』へと取り込むことが可能となりました。

「「ストレージ」」

 おもわずカノと見合わせた。

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