第17話 人間からの襲撃
避難所を後にした俺達はミニバンで四車線の道路を走っていた。
「神を選んだ人達ってあんなになっちゃうんだね、危なかった」
「正直あそこまで凶暴になるなんて想像出来なかったな。ゾンビから逃げて避難所に逃げ込んだら中の人までゾンビになられた気分だ」
助手席の上でアウトドアジャケットの前を開けるカノに答えつつ、ロードサイドから魔物がでてこないかチラチラと確認して車を走らせる。
魔物の目撃情報の中には突進する巨大なイノシシの情報もあった。
こんな場所で事故って車を破壊したくはない。
「とりあえず、避難所にいた全員が魔物を倒した事がないって事がわかった。それと、多数の人が目撃したのに、襲われた、という話が一切なかった」
「襲われれば誰かは倒しているでしょ。目撃しているのに誰も倒していないってことは、魔物は人を積極的に襲っていない?」
「そういう事だな」
「でも私達はゴブリンに襲われたよね?」
カノが首を傾げるのに合わせて十字路を左折すると、後ろのクーラーボックスが床を滑ってガタリと音を立てた。
「俺の家の庭でゴブリンはスライムの液胞を丸呑みしていた。アレがゴブリンの餌だとすると、もしかしたらカノにも同じ臭いがついたのかもしれないな」
「うわ、知りたくなかった情報」
しかめ面をしたカノが目の前のボックスから消臭スプレーを取り出して自分に吹きかけ始めた。
狭い空間でやるのはやめてくれ。
窓を開けると、対向車線の向こうから車が走ってくるのが見えた。
すれ違っていく車をチラと見る。一瞬の視線の交錯。
車はそのまま過ぎ去っていった。
「……」
「どうしたの?」
顎に手を当てて考えていると、カノが怪訝な顔をして聞いてきた。
「いや、なんか対向車の運転手に驚かれた気がして」
「知り合いだったんじゃない?」
「いや、あんな目がキマっている知り合いはいない……」
いやだな、避難所を出た時にはまだなかの人達はあそこまでじゃなかったけど、時間が経って状況がかわったのか?
嫌な可能性を振り払いながら赤信号の前で車を止め、目的地であるくさびら神社がある町を眺める。
答えが出ないことを考えても仕方ない。向かう前に情報を整理するか。
「カノ、ネットはつながるか?」
「全然だめ。そもそもアンテナが一本も立ってない」
スマホをいじっていたカノがシートに身を沈める。
やっぱりだめか。理由はわからないけど、あの人形の勢力が何かをしたのだろう。
この出来事が日本規模なのか世界規模なのか確認したかったが、今は無理そうだ。
このままずっと、だったら困るけどな。とにかく、今は自分の足で情報を集め、推測するしかないな。
ハンドルにもたれ、顎を乗せる。
「人形の現れたのがあの避難所だけなはずがない。あんな平凡な避難所に特別な存在が現れるはずがないんだ。だからあいつは下っ端、もしくはどこかに本体がある分身みたいなものだろう」
「ライブ配信みたいなもの?」
「そっちの可能性の方が高いか。でもたんなるホログラムの類いじゃない」
「その後の出来事があるもんね」
「ああ。触れる物が空中に現れ浮かぶなんてファンタジーだ。だからあの新しい神の信者になれば力を得るという話はあながち噓ではないだろう」
「力ねー、どんな力なんだろう。供物を捧げなければ得られないらしいけど」
供物、杭、もしくは魔石か。避難所での人達の必死さからして、今までの生活の片手間でする雰囲気ではない。新しい神の信者になった人達はこれから魔物を狩り、供物を神様に差し出す生活を送る事になるだろう。
文字通り人生を神に捧げる生活。想像するだけで自然に眉見に皺がよってしまう。
魔物を狩るだけならまだいい。けれど自らの神のためなら他人を犠牲にしても構わない、そんな身勝手が通る世界がくるなら……
「リクト……! 後ろから車がくるよ!」
カノに肩を叩かれ後ろを振り向くとさっきすれ違ったボックスバンを先頭に、複数台の車が群れをなしてこちらにやってくる所だった。
くそ、やっぱりそうくるか。
「カノ、逃げるぞ!」
最悪な想像が当たったことに舌打ちしつつ、アクセルを強く踏み込み車を急発進させた。
「逃げるのは良いけど、そんなに急ぐの⁉」
体勢をくずしつつ目を見開いているカノを横目にみて、進行方向に車がとまっていないか目を廻らせる。
「彼らが敵だとして、今の世界で身体に杭を持っていて一番弱い生き物ってなんだ?」
俺の問いかけにカノの顔色がさっと変わる。
「……! うそでしょ、魔物より先に隣にいた人達を襲うの?」
もちろん確証はない。けれど、信じる神が違うという断絶が人と魔物のそれと同程度だったら?
異教徒は魔物と同じということにならないだろうか。
であれば最初の獲物として丁度良いと考える人がいてもおかしくはない。
「なんでそんな馬鹿なことを考えるかなぁ! 私たち杭なんてもってないのに!」
カノがためいきをつきつつ助手席の下に手を伸ばし、ナイフ類が入っている袋に手を伸ばした。
おいおい、ぼやいているわりにはやる気十分だな。
「とはいえ、事前警告は必要だ。というわけで手を出してくれ」
首を傾げつつ手を差し出すカノの目の前にスマホをさしだして画面をタップする。
「っとと、なにこれ?」
「手製の火炎瓶」
「あぶな⁉ そんなものいつの間に作ったの⁉」
カノがお手玉をするように持ち直したボールは、ナフサが入った液胞に燃える金属片、マグネシウムをつけたものだ。
アスファルトにぶつかった金属片が散らせた火花でナフサが爆発する仕様になっている。
試したことはないけど、多分いけるだろう。
「映画みたいに爆発しないとしても、さすがに警告としてやりすぎでしょー。他にないの?」
「まあ投げるだけなら鉄や銅の球があるけどな」
ふたたび前を向きながら苦労してスマホを操作する。
どういう仕組みか、このアプリは俺にしか操作できないのでカノに任せられないのがもどかしい。
「ほら、うけとれカノ」
「そうそう、そういうのでいいんだよ警告ならぁ」
へらりと笑うカノにスマホを差し出した瞬間、助手席の窓の外を昼なお明るい炎の玉が現れ、風の勢いに負けるように後ろへと流れていった。また一つ、ファンタジーだ。
「ファ、ファイアーボール……⁉」
「どうやら警告は無用みたいだな」
すでに車に乗った誰かが杭が供物を神に差し出して新しい力とやらを手に入れていたらしい。
目の前に改めて突きつけられた、蓋然性の高い推察。
それは奴等がすでに人を殺しているという事。
本物の魔法を見せられた興奮に遅れて、奴等の殺意がカノと自分に向けられている状況に恐怖と怒りが湧き上がってきた。
「カノ、もう遠慮しなくていい。こっちのファイアーボールを見舞ってやれ」
「オッケー」
おなじく覚悟はきまっているらしいカノが躊躇なく助手席の窓から後ろの車めがけて液胞を放り投げた。
同時に加速して巻き込まれないようにする。
まあ念には念を——
——ドンッ!
「「はぁ⁉」」
え、火炎瓶にあるまじき音がしたんだが⁉
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