第16話 供物を廻る争い
「おい、大丈夫か?」
高校生くらいの、髪を金髪に染めた少年の身体を揺すってみる。
人形の言葉からの推測だが、ここにいる人達は殺されてはいないはずだ。
死人は供え物を受け取る側だ。生かしておかなければ神に捧げる品も用意出来ないだろう。
そう思いながら揺すっていると、いきなり手を払いのけられた。
「っだよ。せっかく人が気持ちいい夢みてたのに邪魔しやがって」
不機嫌さを隠そうともせず、金髪の少年は起き上がって髪をかき上げた。
焦点のさだまらない瞳のまま、膝立ちになりぼーっとしている。
倒れてから明るくなるまでのわずかな間、夢をみていたのか。
いや、そもそも、こいつが見ていたのはただの夢か? 神を選んだその直後の昏倒。それはこれから始まる世界を説明するチュートリアルの絶好の機会じゃないか。
「どんな夢をみていたんだ?」
胸を貫かれた奴がどんな夢をみたのか気になる。
神を選んだというのなら、その神からなにか情報を得ているはずだ。
神とはなにか、力とはなにか。この世界がどう変わったのか、供物を捧げる意味は。
神が全てを教えたとは思わない。が、少なくとも自分に何を捧げれば良いのかは教えたはずだ。
「使徒が出てくる夢、ってかおっさんもみただろ? そこらを歩き始める魔物を狩れば供物が出るから神様に捧げろ。そうすれば魔法やアイテムを授けられるって使徒が言ってたろうが」
なるほど、人形がいっていた力は魔法の事か。ファンタジーの世界でどうやって魔法を手に入れるのか疑問だったけど、これで一つ謎が解けた。
とはいえ、どうするか。今の話が確かならば、俺は今後も魔法が使えない事になる。
魔法そのものにはそこまでこだわらないけど、魔物を倒す上で不利になるのは覚悟しておいたほうがいいかもしれない。
「おいおっさん、それどうやって手に入れた?」
ふと顔を上げると、少年がねっとりした視線を俺の手にあるゴブリンの杭にむけていた。
「どうって、ゴブリンを倒して手に入れたんだが?」
俺が答えると、少年は初めてこちらをまともに見てきた。表情にはちょっとした尊敬が浮かんでいる。が、俺はその裏に狡猾さが潜んでいるのを見て取った。
「へぇ。俺まだゴブリンなんて見てねぇけどさ、簡単に殺せるもんなん?」
立ちあがった少年がこちらに向き直る。
へらへらと笑っているけど、このなれなれしさはあれだ。陽キャがお願いしてくる時の態度。
仲間なら助け合おうぜ、といいつつ搾取をしてくる時の仕草だ。
「ああ、バット一振りで倒せた。お前も外にでたら試せばいい」
刃物というと面倒だからバットでやったことにした。実際あれくらいの強さならやろうと思えばできるだろう。
俺の提案に少年は大げさに手を振る。
「無理無理、あんたみたいに素の力で魔物を倒すなんて。俺びびりだからさ。やっぱり神様から力をもらってからじゃないと……で、あんた強いじゃん? ゴブリン殺すのもちょれぇだろ? じゃあ供物一本くらい恵んでもよくねぇ?」
なるほど、供物はこの杭か。
こちらに考える暇を与えないための威圧のつもりだろう。少年が重々しく一歩踏み出した。
だが付き合う義理はない。
「へぇ、そんなに欲しがるものなら他の人も欲しがるだろうな」
「は?」
ニヤリと笑みを浮かべると、視線の先のカノはしっかりとうなずいた。
顔のそばに手を広げ、大きく声を張り上げる。
「みなさーん、ここにゴブリンを倒して手に入れた供物がありまーす。魔物の情報と交換したいので、欲しい人はこっちきてくださーい」
カノがよく通る声で周囲に呼びかけると、驚いた顔をした避難民が一拍置いてこちらにおしよせてきた。
「ゴブリンをみた! 緑色の肌で目がまっ赤な奴だ!」
それはどこで? あ、それは供物をもらってから答える? なるほど、次の方。
「オークだ! 豚が二足歩行で歩いていた!」
二足歩行の豚ですか。なるほど。
「林で動く木を見た!」
それは見間違いでは? 絶対違う? なるほど。
列もなにもあったものじゃない。先をいく人を押しのけ、後ろから伸びる手を振り払って俺達の前に出てくる。こちらを呑み込む勢いで迫ってくる。
供物を手に入れるためには魔物を倒さなくちゃいけない、でも神様から力をもらってからじゃないと戦いたくない。そんな事情なんだろうとおもうけど、供物への執着が尋常じゃない。
ご近所さん達にこういうのは気が引けるけど、半分正気を失っている感じだ。
カノが俺の背中に隠れながら焦った声でささやいてくる。
「私煽りすぎた? 予想以上に食いつかれちゃったんだけど」
「かも知れないけど問題ない。成果はあったからな」
確かに食いつかれすぎではあるけど、重要な情報が手に入った。
後はここから逃げるだけだ。
ちょうどよく胸元に伸びてきた手にゴブリンの杭を握らせる。
「ちょっとまて、なに勝手に獲ってんだ!」
「うるさい! さっさと渡さないこの男が悪いのよ!」
杭を奪ったおばさんはしっかりと杭を抱きかかえて逃げようとするけど、他の人がいっせいにつかみかかり地面に引き倒されてしまった。
響く怒号と金切り声。段ボールベッドは蹴り飛ばされ、宙を緑のスリッパが舞う。
そんな光景を横目に、俺達は混沌と化した避難所をそそくさと後にした。
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