第15話 アルカナと人形
余震か? それとももっと大きな揺れが来るのか?
それなりの広さを持つ体育館が一斉にざわめく。
が、警報音の後に続くはずの電子音とAIの警告がならない。
誤報?
そう思った瞬間、スマホのスピーカーが再び鳴った。
アラートでも電子音でもないピアノの音色。こんな曲をインストールした覚えはない。
「え、どういうこと?」
カノのスマホからも同じ曲が流れていた。そればかりか隣のスペースからも聞こえてくる。
大音量のピアノの音色があたりに響く。この場所にある全てのスマホから同じ曲が流れているみたいだ。
揺れる気配もない建物内を支配していた静寂が次第にざわめきへと代わっていく。
ピアノが奏でる曲調は激しさを増していく。運命に嘆きながら己が手に剣を取り死地に赴く軍団に捧げるような、悲壮、勇壮。狂騒を思わせる音色は、いつしかスマホからではなく、脳内に直接響いていた。
——なんだ、これは。
違和感に気付いた瞬間、何かに駆り立てられるような心中の高まりが収まっていった。
あの感情は自然に湧き上がったものじゃない。曲に感情を操られていた。
この音楽は何者かがこれから始める計画のためにながしている序曲だ。
されるがままに感情を高ぶらせていれば、何者かに操られる。
「カノ、音楽に聴き入るな」
「わかってる。ホラーだったらこの後ぜったい何か来るもの」
二人でうなずきあった直後、突如、辺りが暗闇に沈んだ。
朝日が登りつつあった早朝、時が巻き戻ったかのような暗闇の中で方々から悲鳴が上がる。
スマホの画面もいっせいに沈黙したらしい。どこをみても完全な暗闇だ。
「リクト、上!」
突如明るくなった天井を見あげると、そこには二メートルはありそうなタロットカードが環状に浮かんでいた。
そしてその下には荒く削って整えたような人の背丈ほどもある色とりどりの杭。
一ヶ所だけが削がれたように平面で、様々な人物が彫られていた。
まるで現実感がない、超常の光景を注意深くながめていると、縦に並んだタロットカードの輪が開いていき、中から人が現れた。
杖を片手にローブをまとった髪の長い人……人?
「球体関節……人じゃない、のか?」
個々から見た限り確証は持てないけど、きゃしゃ過ぎる関節と長すぎる指は、空中に浮かぶ者が人ではないと断ずるには十分だ。
警戒を強め、コートの内側に手を入れていると、力なく俯いていた人形がゆっくりと顔をあげた。
綺麗で精巧な人形の顔が現れた。
先ほどのピアノの演奏と同様、脳内に性別不明の声が響く。
「私は……永き時を経て再び廻りきた神々の時代を見届ける者……今世において力は凝り、流れは澱み、生類一切があるべき姿を失っている……嘆かわしい事だ、忌まわしい事だ。今世の神々はみずからの地位に安住し、定められた役割を果たさずにいたずらに時を重ねてきた……」
演技がかった人形の声、動作。
自然に警戒心が跳ね上がる。
人形が両手を広げて声を張り上げた。
「我らはこの世界を彼らからとりあげる事を決定した。そして新たなる神々に権限を与える。新たなる神々はこの声を聞く皆に力を与えるだろう。心の赴くままに崇める神をえらび、そして神饌を捧げよ、さすれば望みの力が与えられる……」
俺は闇夜に浮かぶタロットと、その下の彫刻された杭を見た。
あれが神をかたどった彫刻だとしても、選ぶ?
何の情報もないのにくじ引きのように神を選ぶことに何の意味が?
人形の終末論めいた胡散臭い語りからは仮説すら立てられない。
実はいたらしい現役の神々に新しい神々が取って代わろうとしていて、彼らの上位には人形が所属する勢力があるらしい。
あまりに情報が少ない。あえていえば、この人形が情報を明かさない事が情報と言えるだろうか。
暗闇の中に浮かび光を放つ人形が預言者めいた演説を終えると、手に持った杖を掲げた。
それに合わせてタロットを包む光が強まる。
「今こそ己が神を選ぶ時。心の赴くままに神を選び、神像に触れよ。授かった力をふるい、新たなる務めに励むがいい……!」
人形が杖をふるうと同時に、暗闇に灯火がともるように一斉に光が生まれた。
突如暗闇の中で浮かび上がった人々の目の前に、天井に浮かんでいるタロットと杭のミニチュアが現れて光っている。
そしてそれは当然、俺達の目の前にもある。
ゆっくりと周りながら、誘うようにタロットと杭が明滅を繰り返している。
見つめている内に頭の中がぼやけてくる。思考が、まとまらない……
「心のままに、か……」
つぎつぎと目の前に来るタロットをじっと見ていると、自分の心が露わになるような錯覚を覚える。
人々を隔てるあらゆる壁を取り払い、善意溢れる人々に囲まれ、その一部となり、安らいでいたい。そんな願いが頭を埋め尽くしていく。
こんな感覚があったなんて、今まで俺は自分自身の何を知っていたのか、とさえ思える。
自分の本心が身体を動かしているような。俺はその動きに抗わず、その内の一本に手を伸ばしかけた。
が、突然、脳内に自分の声が響いた。
——そこに真実はあるか?
何度も自分が自身に問いかけてきた言葉がつららのように冷たく脳髄に突き刺さる。
呼び覚まされた頭の片隅に残る疑念が俺の手を止めた。
それと同時に、タロットの下の杭の一つが目にとまった。瞬間、全身の毛がさかだつ。
「触れるな!」
隣でタロットに手を伸ばしていたカノを制止した。
カノは踏みとどまった。が、その後ろで学生服を着た男子高校生が杭に手を触れてしまった。
瞬間、少年が反応する間もなく杭がその胸を貫いた。
見回すと、そこここで同じ様な光景が繰り広げられている。
次ぎ次ぎとはじけていく光が体育館に満ちるのを俺とカノは声もなく眺めていた。
杭に胸を貫かれた人々は糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちてたたずんでいる。
彼らの前からはタロットが消え、杭の光も輝きを失っていく。
光が一つ、また一つと消えていき、俺達を残し全てが闇にのまれた。
空中のタロットと杭、そして人形はいつの間にか消えていた。
「私達だけになっちゃったけど、これって一体なに?」
カノが未だ回り続けるタロットの光に照らされ、不安そうな顔でこちらを見てくる。
俺は暗闇をまさぐり、荷物の中から一本の杭を取りだし、カノの目の前に掲げて見せた。
「ゴブリンの胸に刺さっていたものだ」
「これって、今目の前で回っているのと同じ……!」
俺は自分の目の前でまわっている杭の一つを指さした。
《塔》のアルカナの杭だ。杭にはうっすらと耳の長い女が掘られている。
カノが小さく息を呑んだ。
「もしかして、これを選んでいたらゴブリンになっちゃってた?」
「それはわからない。が、可能性はある。人形の言葉の端々には詐欺師と同じフレーズがあった。理由も告げずに行動だけ促すなんてろくなもんじゃない」
人形への不信を思わず口にする。それが合図になったのか、目の前のタロットと杭がフッと消えた。
次の瞬間、周囲に再び光がもどった。
二階の窓からは何事もなかったかのように朝の光が差し込んでいる。
「戻っ……た? 夢?」
「いや、どうやら現実らしい」
カノの背後を指さす。そこには先ほどの少年が倒れていた。
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