第14話 魔物の目撃談
車を十分ほど走らせ、避難所に指定されている小学校の校門をくぐった。
そのまま乾いた土の校庭に乗り入れる。
が、そこには一台の車も止まっていなかった。
「あれ? 場所間違えた?」
「そんなはずないぞ、この小学校であってるはずだ」
「だよね、リクトが間違えるはずないよね」
何度か避難訓練で来ているし間違いない。
誰もいない早朝の校庭の上でしばし停車していると、校門から結構な勢いで白い軽自動車がはいってきた。
体育館の前で急停車をした車からグリーンの作業服を着た男が飛び出して昇降口にかけよっていく。
あれは市役所の職員。そして昇降口から出てきたのは寝間着がわりのスウェットを着た若い男性。
彼はこの学校の教員だ。当直だった所を起こされ、鍵を開けて待っていた、という所か。
「つまり私達の避難が早すぎたんだね」
「まぁ、そういう事だな」
考えてみれば地震発生から二十分くらいしか経っていない。
防災無線は当直の職員がやったんだろうけど市内各所に避難所を設営するのは俺達と同じくさっきまで寝ていた人なんだ。遅くても当然だろう。
校門近くまで車を移動させてから降りる。
ゆったりとしたトレンチコートをたたき、武器を仕込んでいるベストが音を立てないか確かめる。
出口近くに止める理由は、もしここが大量の魔物に襲撃されたりしたら真っ先ににげるためだ。
俺は聖人君子じゃない。例え武器を準備していようと、危険ならカノと一緒に真っ先に逃げ出すつもりだ。
「じゃ、良い子にしてるんだよーロズー」
俺がバックパックを背負っているそばで、カノが後部座席のクーラーボックスをポンポンと叩いた。
ロズというのはここに来るまでの間に決めたスライムの名前だ。ヨ「ロズ」サビクサリから取った。
カノにとって意思疎通ができるかわいい生物は犬や猫と同じらしい。可愛いとは。
まあ、カノも自然の中で育っただけあり、トカゲも虫も平気なクチだ。つるっとしたスライムなんて可愛いの部類なのだろう。
準備を調えた俺達は早速二人で昇降口から入っていく。
体育館の中では恐らく学校の当直の教師とさっき入っていった職員が二人で床に翠色のガムテープを貼っていた。
「おはようございます、避難してきたんですが、なにか手伝わせて下さい」
「あ、ありがとうございます。それなら今先生がブルーシートを出しているので手伝ってもらえますか。私が貼ったガプテープに沿ってシートを並べて下さい」
こうして避難所の設営を手伝う事しばし。
「応援も来ましたし、もう休んでいただいて結構ですよ」
職員に休むように言われたので自分達にあてがわれたスペースで休む事にした。
段ボールでできたベッドの上に座り込んだカノが大きなため息をついた。
「朝イチで働いてちょっと疲れたねー。ま、会社が余震に警戒して自宅待機になったのは良かったけど」
「俺やカノの会社だけじゃなく、全国の民間企業はほぼ休みだそうだ。日本のほとんどが揺れたからな」
カノに配給のペットボトルを渡し、自分も水に口を付けた。
俺も今は人目がないためコートの前を開けてリラックスしている。
臨時ニュースでインタビューを受けていた専門家が言うまでもなく、この災害は異常だ。
全国で一斉に地震が起こっただけでも異常なのに、建物の倒壊や山崩れ、津波が起こった報告が一つもないらしい。あれだけ揺れが有ったにもかかわらずだ。
でもそんなこと普通の人は気にしないらしい。念のため余震に備えて避難をしているけれど、スマホをいじったり、周囲の避難民も知り合いとおしゃべりに興じたり、家の片付けが大変だとかいいつつもどこか気楽に時を過ごしている。
気楽なのは国も同じかもしれない。被害が無ければすべてよし、とばかりに緊急時体制にしていた各所を通常にもどしている。
一部の学者が今回の地震の特異性に警鐘をならしているが、大勢はかわらないだろう。
避難指示もじき解除されると思われる。
かくいう俺達もスマホをいじっているのだが、遊んでいるのではない。バズっているSNSの投稿を見て、二人で投稿のリプと投稿先をチェックしまくっているのだ。
「これやばくない? 同じような投稿が段々増えてるよ」
カノが険しい顔でスマホを見つめながら真剣な声でつぶやく。
「ああ、ほとんどはAI生成画像によるいたずらっていう認識だけど、少なくとも、この人型の奴は俺達が昨晩殺したゴブリンで間違いない」
そういってカノに投稿画像の一つを見せる。
ゴブリンの他には人型魔物の他にはスライム、巨大昆虫、派手な色をした獣が目撃されている。
投稿には発見したという報告の他に、物を破壊していたり、襲われそうになったから避難所に向かえないなどの訴えもあった。
魔物に関する投稿は全国からあがっており、俺達がすむ県らしい場所から投稿している写真もあった。
「わかっている限りでは関東より南が多いみたいだけど」
「地域差があるのか、あるいは豪雪地帯が関係しているのか。今はなんとも言えないな」
そういいながら投稿を読み進める。
中には早くもゴブリン以外の魔物を倒したという投稿も出てきた。
予想通りだ。やはり魔物は人が簡単に殺せるくらいの存在らしい。
SNSで投稿は広がり続け、このままだとトレンド入りするだろう。
そうなれば行政も動く。具体的には自衛隊による魔物の駆逐。
そして研究者が解析。魔石の使い道がわかれば企業も動き出すだろう。
スマホを段ボールベッドの上に投げ、一息入れることにした。
「この調子じゃ魔物は自衛隊が駆逐して終わりそうだな」
ため息まじりな俺の呟きをカノは聞き逃さなかった。
「んー? リクト、なんか不満げじゃない? そんなに逃避行したかったの?」
カノがニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。いつのまにか配給されていた非常食のパンに手をつけている。くつろいでるなこいつ。
「なんでそうなる。社会秩序が維持されるのはありがたいだろ。備えはしていても、俺だって文明が崩壊して欲しいわけじゃない。ただ、魔物との接触を禁止されるとか、魔物がいるのに調べられない状況になってほしくないだけだ」
「うわ、マッドサイエンティストがいる」
うげ、という顔とともになぜか不機嫌になったカノに俺はなにも言い返せずに肩をすくめた。
サイエンティストなんておこがましいほどの素人。解析のための機器なんて持ってないし、扱う知識も無い。
それでも、知ろうとする努力はやめない。
俺にとって無知への安住は「敵」への降伏に等しいから。
知識は、真実はそれを自称する詐欺師への盾であり矛であるから。
ヴィィ! ヴィィ! ヴィィ!
過去に思いをはせたその時、不快で不吉なアラートが体育館に鳴り響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます