第13話 鳴り響くアラート

 ファンタジー世界の要素がきて浮かれていた俺達は、まだ世界の法則が変化するというのが何を意味していたのか、わかっていなかったのかもしれない。


——ヴィィ! ヴィィ! ヴィィ!


「起きろカノ!」


 一階の和室で寝ていた俺は大型地震の時に鳴るJアラートの音で飛び起き、スマホをつかんだ。

 これは災害から生き延びた自分の反射みたいなものだ。

 遅れて起き上がったカノが立て膝のまま素早く隣に身を寄せてくる。

 早朝の和室の中、突き上げるような衝撃で俺達は身体をこわばらせた。


「————!」


 体勢を低くしていると、激しい横揺れが起きた。

 隣のキッチンからは皿がおちて割れる音が聞こえてくる。

 左右だけじゃなく前後にも激しくゆれる。

 建物全体がミシミシと悲鳴をあげる。

 くそ、こんなの大震災以来じゃないのか?


 どれだけ経ったのか、揺れは徐々におさまっていた。

 ゴムを絞るような不快なアラート音もやんでいる。


 かぶっていた布団をはねあげとめていた息を思い切りはきだす。


「どうやら大丈夫みたいだなカノ……カノ?」


「……は、はい!」


 隣で亀のようにうずくまったままだったカノに声をかけると、カノははじかれたように背筋を伸ばして正座の姿勢になった。

 その勢いに思わずとびすさり尻餅をついた体勢になる。

 早朝の青い光が障子から差し込んでいるなか、二人で顔を見合わせた。


「ど、どうした一体」


「なんでもありません!」


 布団の上で座る姿は凜としていて、まるで昔稽古をしていた時のような迫力がある。

 もしかして地震が相当怖かったのか?

 カノと見つめ合いながらそう思った瞬間、カノの体温が左半身に残っているのに気がついた。

 冷たい空気のなかはっきりとわかる起き抜けのぬくもりに心臓が跳ねる。

 そうか、さっきまで俺、こいつの事抱きしめてたんだっけ。

 意識するとさっきまでの感触の記憶が蘇ってくる。

 胸の中に歓喜と後ろめたさが同居して油断すると心臓が暴れ出しそうだ。

 一刻も早くカノの瞳から目を逸らしたい。

 とはいえここで身体どころか顔をそむける事もできない。

 そんな事をすれば俺が意識していることをこいつにばれてしまう。

 それだけは避けたい。俺はこいつの家族として……


——ピンポンパンポーン


 気まずい雰囲気がながれるのを断ち切るように、音質の悪いノイズ混じりのスピーカーが間抜けなチャイムの音をならした。

 ノイズ音の後、録音された市役所職員の声が続く。


「……避難指示だ」


 予想通り、内容は余震に警戒しつつ、もよりの避難所に集まる指示だった。

 内心助かったと思いながらため息をつく。

 本当、自分の事だけど非常時なのに勘弁してくれ……

 深呼吸して雑念を追い出す。

 俺はカノと生き残らなければならない。呆けている場合じゃない。

 ファンタジー世界がやってきたと思った矢先の巨大地震。関係がないとは思えない。

 これから何かが始まる。おそらくこの予感は当たるだろう。圧倒的な未知が来る。

 が、今は考察している場合じゃない。避難を優先しよう。


「カノ、すぐに出るぞ」


 声をかけたのに、カノは猫背になって髪の先をもてあそんでいた。


「……ひ、ひさしぶりに、だきしめられた」


 ん? 間近で防災無線が鳴っているせいでよく聞き取れない。


「カノ?」


 俺の声にふたたびカノがバッと勢いよく顔を上げた。


「ひ、避難だよねわかってる! や、防災セット用意しといて良かったよねーはいこれ!」


 いきなり再起動したカノが枕元の俺の服一式をつかんで押しつけてきた。

 着替えるから出てけ、ってことな。


「わかった、外で待っているから着替え終わったら来い」


 この辺りはあうんの呼吸というやつだ。

 俺はパジャマ姿のままバックパックを肩にかけて部屋をでた。

 何故か今さらカノが悲鳴を上げているけど、まあ本人がなんとかするだろう。

 こちらは玄関で着替えて一足先に外に出る。

 と、ここに来て問題発生。


「スライム、どうするかな……」


 庭にいくと、スライムはあいかわらず水槽の上にたたずんでいた。

 素材を生み出す能力を持つスライムとまた出会えるのかわからない。連れていくのは確定だ。

 ストレージに入れられれば良かったんだが、生物の収納は無理だった。

 だから車に乗せていくほかない。

 とりあえず余っているものは食わせておこう。


「ふむ……容れ物はこれで良いか」


 余裕があったのでテーブル代わりに入れたクーラーボックスを車から引き出す。

 問題は容れ物にはいってくれるかだ。


「おい、これから移動するんだが、これに入ってくれないか。一緒に来るならこれからも魔物の死体を食わせてやるぞ」


 クーラーボックスのフタをあけて地面に置いてみる。

 昨晩ゴブリンの死体を出した時、スライムがただ死体によってきたのではなく、俺の言葉に反応したのなら、要するに知能があるならこの中に入ってくれるはず……そして結果は後者だった。

 スライムはふよふよ漂ってきて、クーラーボックスにぴったりと収まった。犬より賢くないかこの不思議生物?

 

「よし。じゃあこれからよろしくな。スラ……スラ……なんて呼ぼう」


 一緒にやっていくなら名前が必要だろう。が、すぐに言い名前が出てくるはずもなく。


「おーい、準備できたんですけどー?」


 振りかえると防寒装備のカノが手を振っていた。

 まあ名前は後で考えるとして、とりあえず避難所にいそごうか。

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