第5話 ホムセン訪問
リビングを素通りして隣の和室に入る。
一軒家での一人暮らしなので冬はこたつのある六畳の和室が生活スペースだ。
暖房器具を一通りつけてからハロゲンヒーターに手をかざす。
手がじんじんと温まってきたところで考え事を再開する。
「【ashihara】がはスライム、魔石、というファンタジーの用語を使っている。いつからなのかわからないが、この世界は現代ファンタジーのような世界なんだと考えておこう。それから……」
スマホを操作し、【KUSABIRA】アプリの画面を眺めた。
「少なくとも、【ashihara】は俺、もしくは不特定多数の一般人にこのファンタジーな情報を提供して何かをさせようとしている」
広告も課金もないアプリをわざわざ用意しているのだ。
金銭以外の目的があると考えるの自然だろう。
未知の世界には胸が躍るが、あくまで【ashihara】の手引きで発見できたにすぎない。
彼らの意図は知っておきたいところだ。
でも、そこについては楽観している。
【ashihara】に目的がある以上、アプリを通してなんらかの告知や接触があるはずだ。それを待ってからでも遅くはない。
「それより問題は魔物だな」
未知を求める性格からさまざまな趣味に手を出してはやめるを繰り返しているが、読書は欠かしていない。
本は未知への入り口だからだ。
当然ラノベやウェブ小説もチェックしている。
何しろ絶対数が多い。社会人の書き手も多くバックボーンも多彩だ。プロの小説家にはない独自の視点や特殊な知識が見られるものは面白い。
一方でテンプレというものも決まっている。
これは何も偶然決まったわけでもなく、物語を描く上で蓋然性の高い開始、展開が煮詰まっていった結果だと思っている。
現実がファンタジーに寄った今、テンプレは今後の展開を予想する上で参考にすべきだ。
「スライムがいるんだ。倒したら魔石を落とす魔物が出てくるというのが自然だろう。魔物の出現で社会が混乱するっていうのもテンプレだ。というか、それ以外のテンプレを知らない」
よほど捻くれている設定でもない限り、魔石はモンスター・魔物の類が持っているのが定番だ。
「で、そいつらは危険だが人間が倒しうる程度には弱い」
アプリの通貨程度に魔石を使用させるのだ。当然だろう。
魔石というのはこの世唯一の宝、といったものではなくありふれた物と見るべきだ。
「とはいえ、魔物もただでは殺されないだろう。油断はできない。身の安全の確保は絶対条件だ。その上で魔石を手に入れるために魔物を殺すための武装が必要になる」
自然と視線は天井、二階の自室へと向かう。
多少ならすでに持っているけど、念には念を入れておきたいところだ。
「こういう時はホームセンターだな。社会が混乱する前に食糧と武器を調達しよう」
†
途中で昼食を済ませ、ミニバンでホームセンター『エンジョイ山田』にやってきた。
「とりあえず車で生活するのを前提に物資を買いこむつもりできたけど……あまり買うものがないな」
元々運転してきたミニバンもキャンプや車中泊のために買ったものだ。外から中をのぞけなくするシェードや寝袋などは一通りそろっている。
それに防災セット一式が入った箱型のバックパックも自宅にある。一階に据え置かれてあり、貴重品やスマホなど普段身につけているものを突っ込めばすぐに避難できるやつだ。
「あれがあの時あれば父さん達も助かっただろうか」
おもわずつぶやく。
その言葉のせいで記憶が呼び覚まされ足取りが遅くなる。
かつて住んでいた家が地滑りで崩れていった光景を思い出す。
高台の造成地が大規模な地滑りで崩落した後、生き残った俺と母さんは政府の支援を受け、縁あって今いるこの地方都市に落ち着いたのだ。
大人になり普通に生活を送れるようになったとはいえ、思い出せば苦しいことは変わらない。
場内に響く店員を呼ぶアナウンスでわれにかえった。
こんなところで何をしているんだ。
頭をふり、握りしめていたカートの持ち手を何度も握り直す。
気持ちを切り替えながら、ペットボトルが並ぶコーナーに向かってカートを押していった。
「とりあえず水は蛇口がついたバルクタイプと2Lペットボトル数箱を買うとして、食糧は固形食一択だな」
いわゆるカロ○ーメイトの類だ。缶詰などバラエティがあった方がいいという人もいるけれど、汁の処理や紙皿、箸のごみが出るなどデメリットも大きい。
二回ほどレジと車を往復して倒した後部座席の上に積み込んだ。
「できれば使わないに越したことはないんだけどな」
テンプレ通り、ゴブリンなど魔物が現れ社会が混乱したとしても、まず自衛隊が動くだろう。
大規模災害の時は、自衛隊が自治体指定の中学校に避難キャンプを作る。
よほど事態が切迫していない限り、まずはそこで保護されるのがベストだ。
秩序が保たれているなら集団の中の方が安全なんだから。
問題はその集団の秩序が崩壊したときだ。
パニック映画やWeb小説の現代ファンタジーで起こるような軍、警察、政府の消滅。
そうなれば集団の中でものをいうのは政治力か武力か物資の独占。
自分が集団でそれらの力を振るう姿は想像できない。
むしろ体のいい労働力にされる姿の方が容易に想像できる。
多数の魔物の前に突き出される先兵や無茶な防衛、過酷な労働。
理不尽な人間のコミュニティにいるよりも車で安全な場所を求めて移動しながら生活する方がいい。
そんなボッチ的な判断に従って大小の物資をカゴに入れていく。
「非常時のガソリン携行缶と……太陽光ポータブル電源。念の為雨水を濾過できる浄水器も買っておくか。テントについているタープで雨水を受けて空になったバルクに一時貯蓄、でいいだろう。ライフラインはこんなものか」
ミニバンを隣接するセルフガソリンスタンドまで移動させ缶をガソリンで満たす。
「次は武器だ」
車をガーデニング・農機具のコーナーの前まで移動させた。
俺が住むT市は最近開発が進んだ土地なので、近隣には農家がまだまだたくさんいる。
だからホムセンには農機具の中でも『厳つい』ものが揃っている。
「鉈はいらない、ナイフも今更だな」
狩猟免許はさすがに持っていないが、アウトドアを趣味にしていた時にナイフは購入している。
途中から刃物収集自体が趣味になり汎用ナイフからボウイナイフ、切れ味重視のシースナイフや頑丈な剣鉈、マシェット、棒につければ槍になるフクロナガサまである。
実を言えば、日本刀や槍を手に入れるあてもあるけど、ああいうものは貴重品だし、能力的に現代の道具より突出して強いわけでもない。
貧乏性かもしれないが、ファンタジー的な意味が無い限り使うつもりはない。
さて、買い物にもどろう。無骨な道具類の並んだなか、カートを押していく。
厳つい農具の代表、スコップはスルーだ。
シャベル、スコップは一部の界隈では定番の武器だけど、何しろ重い。
体力に自信がないわけではないけど、あれを長時間振り回す自信はない。
「どんな生き物が出てくるかわからないが、柔らかい魔物を安全に倒すならこれだろう」
俺が手にしたのはスコップの柄の先にペンほども細い鋼のとげが四本ほどついた農業用フォークだ。
本来牧草を運ぶのに使うものだけど、フランス革命で使われた由緒正しい農民用武器でもある。
スコップより軽く、幅広で避けられにくい。刺した後引き抜くのも容易で壁や地面に縫い止めてナイフでトドメをさすこともできる。
耐久性に難はあるけどしばらく戦って生き延びられれば十分だ。
「……お客様、商品は安全にお取り扱いください」
「……すみません」
いつの間にかフォークを顔の前に掲げていたのを店員に注意されてしまった。
まずい、どう扱うか妄想しすぎた。
フォークを下に向けて抱え、店員に頭を下げつつそそくさとその場を後にする。
その他、ちょっとしたものを買い足してホムセンでの買い物を終えた。
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