第4話 スライムで実験
結論。
「溶かせるのかよ……」
ビール瓶は十分ほどで溶けてしまった。
やばいな。ガラスを溶かせる化学物質は世界でもそうそうない。
だから実験器具として使われるわけだけど。
それを溶かすなんてとんでもないな。
「ま、それはそれだ。要するにスライムが嫌がるようなことをしなければいいんだろう」
どれだけの驚異だろうと、スライムがいつでも逃げられるにも関わらず一晩水槽に入っていた事実は変わらない。
今の環境がスライムにとって不快ではないということだ。
とはいえ、逃げられたり攻撃されたりする可能性が消えたわけじゃない。
注意深く実験することにしよう。
まずなるべく単一素材でできているものを入れてみよう。
最初は空き缶だ。
スライムの中でモヤを残して消えていった。
「早さは草とほとんど変わらないか。次はフライパンだ」
フライパンも多少時間はかかったものの分解されて消えた。水球より大きなフライパンだったけど、側面にへばりつくとみるみるとかしていった。
自分より大きなモノも溶かせる、つまり今入っている水槽も溶かせるわけだ。
「考えても仕方ない。どんどんいこう」
ペットボトルはあっさり分解された。
神社からここにくるまでポリエチレンの袋に入れてきたけど、あれも自分の中に取り込めないから溶かせなかったわけじゃないらしい。
改めて逃げられる不安に駆られるが、物を溶かしているスライムは心なしか喜んでいるように見える。少なくとも喜ばせておけば逃げられないだろう、と楽観するしかないな。
学生の頃に集めたシルバーアクセサリーや新卒のころに集めた母岩についた鉱石もスライムは溶かした。
その一方で、土と一緒に入っていたミミズが溶けるのはかなり時間がかかった。
「うーん、動かなくなってから溶けたってことは、生物は溶かせないのか?」
思い切って指先を入れてみる。酸やアルカリに溶かされるような感触はない。
「メダカは生きてたけど溶かされた。捕食、も出来るってことか? 法則がわからん。まあ、ゆっくりいこう」
後半は溶かすスピードが落ちてきたし、色も灰色に濁っている。今日はこれくらいにしておこう。
「それにしても、溶かしたものはどこに行っているんだ?」
フタをしておもしを乗せた水槽の中でうごめているスライムを見て首を捻る。
一体どういう理屈なのか、これだけ多くのものを溶かしても、スライムの大きさが変わっていない。
排泄物すらないのだ。新しい常識は質量保存の法則すらくつがえすというのか。
「ん?」
ポケットに入れていたスマホが震えた。画面にには【KUSABIRA】からのメッセージが表示されていた。
「……【KUSABIRA 】素材鑑定機能実装?」
メッセージは【KUSABIRA】を開発した【ashihara】という会社からだった。
今度はキノコ類だけじゃなく素材も鑑定するものらしい。
「素材鑑定なんて珍しくないけど、まあ、ここまできたらやらない選択肢はないよな」
ためらうことなくアプリを更新する。
【KUSABIRA】を作った会社なら単なる素材鑑定するだけじゃないだろう。
さっそくアプリを起動する。
基本操作は苔やスライムを鑑定するのと同じく、カメラを向けるだけらしい。
とりあえず足元に残っている包丁の上でカメラのシャッターを切った。
「ステンレス、か。『鉄』じゃないんだな」
どうやら合金も鑑定できるらしい。
「木材、鉄、セラミック、プラスチック……」
着ているニットにもカメラを向けてみる。
「なるほど、ウールという鑑定になるのか」
やたら長ったらしい炭化水素化合物でもない。
タンパク質、と大きな括りでもない。
人が知るのにちょうどいい答えを返してくる実用性の高さに思わず感心してしまった。
「じゃあどんどんやるか」
さらに鑑定してみようと銅製のジョッキにカメラを向けた。が、解説文が表示されない。
代わりに赤い石のアイコンと一文が表示されていた。
「なになに……鑑定回数三。以降の鑑定は魔石をチャージする必要があります?」
ソシャゲによくある、魔石を購入してチャージしろというやつだ。
未知の世界を楽しんでいたところにいきなり俗な設定を突きつけられてしまった。
……いや、待てよ?
ふと先ほどの設定画面を思い出した。
「課金に関する情報はなかったはず、なら魔石ってどうやってチャージするんだ?」
何か情報がないか、アプリの画面をくまなく探してみる。
すると答えは、Q &Aで見つかった。
「魔石は鑑定と同様に撮影すると取り込まれる?」
うん? この書き方だと魔石は実在するってことになるよな。
「スライムに続いて魔石か? 現代ファンタジーかよ」
ぐちをこぼしつつ、口元は自然と釣り上がる。
良いじゃないか現代ファンタジー。
なんでも溶かすスライムなんていっそ魔法の世界の住民といってくれた方がすっきりする。
頭から信じるわけじゃないが【ashihara】という会社がアプリを通じて明かしている内容はとりあえず事実として受け止めよう。
せっかく未知の世界に首を突っ込むのだ。先達の情報は疑うよりそれを前提にした方がいい。
「魔石とくれば魔物、か。スライムの次はゴブリンが来るかもな」
ははっ、と笑った後、風が強く吹いてきたので思わず身を震わせた。不吉な予感が鎌首をもたげてくる。
思えばあの時も、予兆はあった。それなのに、俺はそれをないものとした。
理屈では説明できないものを認めたくなかったからだ。
理屈じゃないものに振り回されるのはうんざりしていたから。
今なら勘の中には経験に基づいた無意識下で導いた理屈があると納得できる。
「……とりあえず、家に入るか」
残りの考察は家の中でしよう。
昔の記憶を運んでくる乾いた強風から逃れるように、俺は庭を後にした。
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