第31話 魔法講義

 今なら話せる気がする。

 俺は自分の過去についてかいつまんで話した。

 少し長くなったので酒を酌み交わしながらだったが、ミサキはゆっくりと頷きながら聞いてくれた。


「なるほどな。お主の懸念ももっともじゃ。しかしどの神に祈ったということもないのであれば因果を証明することもできぬ。未だ飲み込めぬ感情も使徒として過ごせば溶ける日も来るじゃろう」


 静かに話を締めくくるミサキの言葉に黙ってうなずく。

 


「それにしても、仮にお主が懸念しておる事が事実だとするならば、お主は少し人より願う力が強いのかもしれぬな」


「願う力?」


 俺の問いにアヤの酌を受けながらミサキが答える。


「さっき言ったとおり、無意識ですら願いを持たない人間を神はどうこうできぬ。常の法則すらねじ曲げる奇跡は人の願う力があってこそ。その際、神は人の願う力を累乗する。当然、核となる願う力が大きければ同じ神の助けでも顕現する力は大きくなるのじゃ。剛力の符もわかりやすく倍としておるがそれも常人の願う力がほぼ二が多いからじゃな」


「人より多い……仮に三なら」


「二乗で九、三乗で二十七じゃな。常人が八の所をじゃ。まあそこまで化け物ではないじゃろうが、かの荒魂を撃退できたのもそのあたりに理由がありそうじゃな」


 自然な流れで人を化け物扱いしないで欲しい。


「荒魂といえば、これどうするかな……オリガミ」


 左手を掲げて唱えると同時に手の紋様が光り、頭上に巨腕が現れた。


「うお、びっくりしたぁ! 急に出すでないわ! そういえば、調伏した荒魂の左腕がつながったのじゃったのう。それもあったか」


 驚いたミサキが投げ出した杯をアヤが追いかけていく。


「神魂って魂の一種なんだろ? 俺の魂ってどうなるんだ? 荒魂はミサキに聞けとかいってたけど」


 実は考えないようにしていただけでけっこうビビっていたりする。

 悪神になりかけの荒魂の一部なんだからくっついても少なくとも健康になるなんてことないだろう。


「まあ、わしも一般的な神の知識でしか答えられんがのう。神仏習合ぐらいはしっておろう?」


「まあ、教科書程度には」


 神妙な顔で頷き返すとミサキの隣で戻ってきたアヤが再び酒の準備を始めた。


「さきほどアヤも言ったが、わしら神仏は信仰する人間の集合無意識である程度変化する。外見はいわずもがな、強く同一視された結果、分霊同士が融合する事がある。とはいえ、よほど多くの人間に望まれなければそのようなことは起きぬ。降神といったか? お主の場合腕は外側にあるため融合ではない。よって害などはないじゃろうが……よほどあの荒魂と相性がよかったのかのう」


「悪神と相性がいいとかやめてほしいんだが?」


「悪神は関係ないぞ? あの神が和魂や幸魂、奇魂となったとしても特性は変わらぬ。その上で、有りようがかの神と似ておったということじゃ」


「リクトのどんな特性が似ているの?」


 カノの素朴な問いかけに、ミサキがいいづらそうに口をもごもごと動かした。

 嫌な予感しかしない。


「戦いの中、互いの拳をぶつけ合った結果、双方が粉々に砕けたであろう? あれは単純な剛力ではない。力比べであればいずれかが倒れるだけじゃからな。双方が崩壊したという事は解系統の呪もこめられていたと考えるのが自然じゃ」


「じゅ? また新しい言葉!」

「カノ、お酒いる?」

「うん、いる……」


 アヤに酒をつがれて悲鳴をあげたカノが黙ったところでミサキがふたたび口を開く。


「呪は神力という単純なエネルギーに指向性を与える”縛り”じゃ。系統ごとに別れている。あくまで一部に過ぎないが、わかりやすい例が【属性】じゃ。自然現象が一番イメージしやすいからのう。頭が単純な魔物でも使える。火や水、風や土の生成など、外神の使徒が最初に覚えるのもこれら属性の魔法であろう」


「じゃあそのうち重力を操ったり時間を操ったりできたりするの? そしたら最強じゃない?」


 酒を飲み干したカノが機嫌良く口にする。


「人の身でそれができるのは、日常でよほどそれに執着している者くらいであろう。大規模な現象、複雑な現象ほど発現はむずかしい」


 なかなか都合良くは行かないみたいだ。それと同時にほっとしてもいる。

 時を操る余所の神の使徒となんて戦いたくないからな。


「それで、カイ系統の呪? がリクトと相性がいいとか言ってたけど、カイ系統って?」


「カイとは解体のカイじゃ。物理的な破壊力の強化など、比較的ありふれた系統ではあるのだが、荒魂がしてみせたのは神魂の破壊。神話でもそうそう目にせぬ能力じゃ。リクトがその能力をもっている訳ではないが、解系統の適正をもっていると推測できる」


 確かに、記紀神話で神様はポンポン死んだりはしないな。

 しかしそんな物騒な系統の呪を使う神様に近いのか俺。

 ひそかに落ち込んでいると、酒器をつかんだミサキに強引に酒をつがれた。


「ま、まあ? 神魂のような形なきものを解体するものもあるとはいえ、解系統が悪というわけではないぞ? 解系統は数ある系統の中でも神仏の本質、根本に近い。穢れを払う、煩悩を滅する、悪魔を遠ざける。根は全て同じじゃ。これは誇るべき事ぞ?」


「へー、すごいリクト! これっていよいよ主人公コース確定なのでは? なのでは?」


「そうじゃな! 日ノ本の神の使徒となった者も全国でいえばそれなりにおろうが、ユニークという意味ではお主に勝るものはおるまい!」


 酔っているらしいカノに乗っかる形でこちらを持ち上げる御先神様。

 多少笑顔がぎこちないのには目をつぶることにしよう。

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