第30話 神のあり方

「ああ、頼むよ」


 県単位で描かれたページを開きペンを渡すと、ミサキはサラサラと寺社の位置を書き込んでいった。規模の大小とは関係なく書き付けられていく様子を複雑な思いで眺める。

 怪しい新興宗教の施設だけではなく、古い大規模な寺や神社の上もミサキのペンが素通りしていくたび、そこを信じていた人々の祈願に空しさを覚える。

 もちろん内心に平穏をもたらすという意味ではそこに神仏が宿っていようがいまいが変わりはないのだけど、例え力を失っていても願いを聞く神仏がいるのといないのとではちがうのではないか。


「この神は強力じゃが本宮が離れておる。末社は各地にあるから東京で詣でるがよかろう。あとはこの寺はこの神と相性が悪い。東京に行くのであればこちらを避けた方が良かろう。あとこの神は道を外れておるが是非寄っておくがよい。神仏の符によっては祝詞真言が必要なものもあるが、この神の符はそれを省略する効果があるはずじゃ……」


 こやつは今どうしておるかのう、などと楽しげに地図に書き込みをしているのを見ていると、神も人と変わらない感情を持っているのだなと改めて思う。

 スイ様の時もそう思ったけど、そうで無ければ良かったのに、という気持ちが強くなる。

 人と違う思考と基準を持っていればこんなことを訊かずに済んだのに、と思う。


「なあミサキ……」


「んーなんじゃー?」


 地図に書き込む手を止めず返事をするミサキに良心のうずきを覚えながら訊ねずにはいられない質問を口にした。


「力を失ってから、どんな気持ちで人の願い事を聞いていたんだ?」


 自分としては、つとめて感情を込めないように口にした言葉だったが、その言葉は社殿に静かに響いた。

 隣ではカノはわずかに目を見開いて、アヤは目を伏せてたたずんでいる。

 俺の親は偽神を信仰して破滅した。直接詐欺にかけたのは人間だから信仰は関係ないかもしれない。

 それでも、幼い俺は”本当の神様”がいるものとして、父親が目を覚ましてくれるよう祈った。

 が、それはかなわなかった。むしろ逆に、家族を失う災害が起きた。だから俺は神様が冷淡な存在だと思ってきた。

 でも、スイ様やアヤやミサキは俺達と同じ感情をもっている。

 だからなぜ、と聞かずにはいられなかった。


「ふむ……気持ちか……力を失ったといっても皆無となったわけではない。出来る範囲で願いを叶えてきたつもりじゃ。その上で、これは余所の神の受け売りじゃが……」


 ペンを置いたミサキは静かに言葉を続けた。


「基本的に、神には人を幸せにする事はできぬ。その者の願う力を大きくするのがせいぜいじゃ。例えば剛力の符がお主の肉体の動きなくば意味をなさぬのと同じようにな。じゃが、願うのが幸せばかりとは限らぬ」


 ミサキは俺が背後に横たえていた大太刀を指さす。


「例えば武運を願う事は戦う事を止めぬ以上、どんなに繕おうと相手の破滅を願う事じゃ。武運に限らず、人より先んじようとする気持ちには他人の不幸を願う心と表裏一体。幸福より不幸を、我ら神仏は願われ、そして叶えてきた」


「不幸を……叶えてきた?」


 心を粗い砥石で無遠慮にざらりとなでられた気がした。

 それならば、因果が正しく結ばれているならば、起きた不幸は、俺が願ったからなのか。俺が幸せより、父親の死を願ったからなのか?

 じっと濡れたようにくろい羽根をゆっくりと上下させる目の前の少女の愁いを帯びた横顔さえ、好きで不幸を起こしたわけではないという偽善を帯びているようで、俺の心をいらだたせた。


「力を失った決定的な要因は世界が重なる度に神が人を率いて争ったからだろう? だから魔素が不活性化して神は力を失った。世界の管理権を失ったのだって自業自得じゃないか。それをいまさら……」


「世界が融合する際の神の本能とは言えど、お主の言う通り、勝手に争い、勝手に力を失った。そして今も世界を手放せずにあがいておる。それに突き合わせ過酷な生き方を選ばせた自覚はある……」


 神特有の物言いと裏腹な弱々しさで謝罪の言葉を口にするミサキ。その姿に消えつつある今の世界の神々の立場を見た。

 そっと背中に手を置かれる、隣に座るカノの細く小さな手だ。

 そのひんやりした指先に吸い取られるように、荒ぶっていた気持ちが収まっていく。

 自分の言葉を思い返し、その間違いをかみしめる。

 いまさら? ちがう、そうじゃないだろう。

 さっきまでの自分の考えを頭から振り払う。

 神が自身の都合で力を失うのも、結果人を助けられなくなったのも、神の自由だ。神のありようを決めるなんて傲慢じゃないか。こんなの他力本願の八つ当たりだ。

 居住まいを正し、ミサキの前で頭を下げる。


「俺だって今の世界を失いたくないから使徒になった。利害を共にする仲間を否定するなんて不毛だった。こちらこそ、悪かった」


 頭を下げ、顔を上げると、どちらからとも無く微笑んだ。

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