第29話 烏の神様

「……それで、御先神様はなんでそんなにへばっているんだ?」


 カノから受け取った鞘に刀を収めた後、俺はカノの腕の中でぐったりしている御先神様を見下ろした。


「お主がいきなり剛力の符を全焼させたからにきまっとろうが! 力が足りぬ……酒じゃ、酒を持て!」


 叫んだ後、御先神様はふたたびぐったりとしてしまった。羽根もだらりと垂れて元気もなさそうだ。とりあえず社殿に戻るために二人で道を戻ることにした。


「疲れた身体にお酒って肝臓にわるいよー大丈夫?」


 本気で心配してそうなカノが御先神様の頭をなでて言う。

 そういう問題じゃないのでは?


 社殿にもどった俺達は、荒魂に荒らされた室内を片付けて休む事にした。


「御先神様には酒と供物……けっこう荒魂に喰われたな……」


 座布団の上にぐったりした御先神様を乗せ、その前に祭壇の残がいで作った簡易な机をすえて酒や米などを乗せる。アヤがお酌した酒を寝ながらずずっとすすっている。

 あのカラスのくちばしでどうやっているのか……考えたら負けなんだろうな。


「ねーリクト、私達も食事にしない?」


「そうだな、そうするか」


 板間に座布団、重ねた畳をテーブル代わりに、これまで溜めてきた食料をストレージから出して並べる。

 皿の上には赤いイノシシ、ヒートボアの三枚肉で作った角煮だったり、スカータウロスのローストビーフだったり、アヤが溶解、加工してくれたその他魔物由来の肉だったり……そのほか畑に放置され野菜のおひたし、かってに堆肥舎で増殖していたしいたけやエリンギの焼き物などだ。もちろんご飯もある。ここに来るまでにカノがこつこつ作り置きしてきたものだ。

 調理で問題なのが燃料だったが、そこはナフサをガソリンコンロにいれることで解決した。

 まったくストレージとアヤさまさまである。


「んー相変わらず良い腕してるね私! これはもうゲットするしかない!」


「お前はどこのモンスターなんだ」


 訂正、カノも加えないとな。こいつの料理の腕が無ければもっと殺伐とした食卓になっていたはずだ。


「あ、そういえばスイ様のところで包んでもらったご飯も食べようか」


「それがあったか、食べとくか」


 先ほどの戦いの感想を言いながら箸を進めていたが、半ばといったところでカノがふと箸をとめた。


「そういえば今後の事について話しあっておかない?」


「今後というと、東京に行くのをどうするかって話か?」


 あの事件から一年が経ち、人がいるのか周囲を探したが、この辺りには人が一人もいなかった。とある学校に置かれた書き置きによると、安定して暮らせる東京二十二区に移動したらしい。

 二十二区、という言葉から、どこか一つの区がなんらかの理由で消滅したことが予想できるが、それ以上の事は現地にいってみないとわからない。

 そして書き置きにはさらに重要な事が書かれていた。二十二区にはそれぞれ二十二神が神殿を建てていて、信者は主にそこに集まっているというのだ。


「呪符があればさっきのリクトみたいな戦いも出来るし、戦力に不足はないはずでしょ? 問題なのは圧倒的に情報が不足している事。二十二神の神殿に行けばとにかく今の世界のことはわかるでしょ」


 カノの言うことは当を得ている。零番目の勢力として戦いを勝ち抜くためには避けては通れない道だ。


「そうだな、力を溜めるために今みたいに関東の外周を回ってもいいが、それで競争に出遅れては元も子もないか。よし、目的地は東京だ。ただそうなると問題なのは……」


「どの寺社に詣でるか、だよね……」


 二人でうーんと頭を悩ませる。差別は良くないとは言え、こちらものんびり寺社巡りというわけにもいかない。供物の提供にも限界がある。なるべく強い神力をくれる神様の所に詣でる必要がある。


「カノ、ミサキが起きた」


「あ、御先神様起き——」

「もう大丈夫——」


 アヤの言葉に振り向いて見た光景に俺達は絶句した。神様が乗っていたはずの座布団の上に、黒い翼を生やした修験者姿の少女が杯を手に片膝を立てて座っていたからだ。


「ふはは、驚いたか。これが力を取り戻したわしの姿よ!」


 目を見張る俺達の前で少女がいたずらに成功したかのようににんまりとした笑みを浮かべている。


 いや、なんで女の子なんだよ。さっきまで明らかしゃがれた爺さん声だったよな?

 俺達の困惑に神様がカカカと笑う。


「お主らが供えてくれた七代の御方の食事のお陰でかなり力を取り戻せたからな」


 上機嫌に笑う御先神様。

 そういえばさっきアヤがスイ様の食事を取り分けてたな。アレにそんな効果があったとは。


「神の姿は変幻自在。世の人間の想像により変化するのだ……まあ、よもや女童の姿をさせられるとは思わんかったがの」


 最初は得意げにしていた神様だったが、途中からこちらを向いてあきれ顔でため息をついた。

 カノからも冷たい視線を感じる。俺が悪いのか?


「ミサキ……噓はよくない……あなたの姿をつくったのは参拝した人の集合無意識……リクトは悪くない」


 御先神様の裾をひっぱってアヤが抗議している。こころなしかその表情もむっとして抗議の意志を含んでいるように見える。


「む……少しくらい遊んでもよかろうに。アヤはリクトに甘いのう。まあよい、それよりお主等行くべき寺社について迷っておったが、わしの能力を忘れておらぬか?」


 能力って、ああそうだったな。


「御先の符だっけ? そういえばまだ使っていなかったね」


 そう、御先神様固有の符らしい御先の符は行くべき方向を教えてくれるものだ。


「行くべき方向ってのが漠然としていたんだけどどこの事を指しているの?」


「とある神の社を指しておる」


 カノの疑問に御先神様……ミサキでいいか。ミサキが含み笑いをしながらアヤにお酌された酒をぐいっと煽った。もったいぶるなぁ。


「とある神って?」


「うむ……それはな、わしじゃ!」


 杯を突き出して満面の笑みでミサキが言い放つ。

 自分の神社までの道案内かよ。

 俺達の期待外れという内心が顔に出ていたのか、ミサキが気まずげに言葉をついだ。


「いやまて、わしが我欲に負けてこのような事を言っておるのではないのだ」


 いやめちゃくちゃ負けているように思えるが?

 少なくとも他の神より魔素を多く得られるだろう。

 こちらが胡散臭い目でみているとミサキは一つ咳払いをした。


「まず話を聞け。お主等に訊ねるが、上古の昔、地図も道もなかった時代、人々はどのように旅していたと思う?」


「え? それは……現地の人を案内人としてやとったりするかな? 何度も通えば自分で覚えたり?」


「隣村程度であればそれで事足りただろうが、例えば伊勢から諏訪まで移動する必要があればどうする? どちらも古は宗教で栄えた土地じゃ」


 ミサキの追及にカノはうーんと唸る。確かに生活圏程度の知識しかない村人にはるか遠くの宗教施設までの道を訊ねるのは酷だ。となると……


「ミサキを祀る社は道案内の専門家だったの?」


 カノの問いかけになにやら微妙な顔をしたミサキがうなずく。


「ミサキ……まあ許そう。わしを祀る神職は方角をみる術に長けておってのう。道案内、旅に必要な物資の提供、休憩する宿の経営までしておった。そしてそういった便利なわしの社がある集落には他の神の社も建てられるようになったのじゃ」


 なるほど、中世には宿駅という施設があったが、その先祖が上古の時代に既にあったという事か。


「つまり、ミサキの神社をたどっていけば効率よく寺社巡りができるってこと?」


「その通り。現地にはわしの分霊がおるからの。周辺で神力を与えられる祭神がおる寺社を教えられる」


 ミサキの口振りだと神力を与えられなかったり、そもそも祭神がカラの寺社もあるみたいだな。漠然と寺社をめぐるつもりでいたけど、無駄足をふむところだった。


「で、どうやってその力を使うんだ?」


「まず目に力を込めてわしをみてみよ。黄金色の光をまとっておるじゃろう? それから光をイメージしながら首を回して後ろなどを見てみよ。光の帯の先にわしの分霊がおる社がある」


 やってみると確かに光が見える。それから首を廻らせるとその光が幾筋も周囲に伸びていた。なるほど、太い細いの違いがある。一番太い光の先が次に向かうべき最寄りの社なのだろう。


「と、まあ上古はそうしておったのだが、今は地図があろう。お主ら持っておるか?」


「うん、これでいい?」


 カノがストレージから地図を取り出し、関東全体を一覧できるページをミサキの前で開いて見せた。

 地図はコンビニに残されていたものを確保しておいた。

 なぜなら車での移動で必要だからだ。

 これまでは土地勘があるから良かったが、東京まで行くとなると地図なしではきつい。

 カーナビが使える状況ではないから、こうした前時代的なものに頼らざるをえないのだ。


「うむ、その地図を同じ様に凝視してみよ。光の点が浮かび上がるはずじゃ」


 なるほど、確かに関東の地図上に光の点が浮かび上がった。

 なんとなく道のようなものをつくっているようにみえる。これが神代の集落だったのか。


「どうじゃ、便利であろう? ではさっそくこの周辺で行くべき寺社を書き付けるとしよう」

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