第21話 零番目の勢力
†
天井の高い部屋の上座には屏風を背にした畳が、その対面には草で編まれた丸座といくつものの折敷・お膳に載せられた食べ物がのっていた。
すすめられるまま円座に座るとスイ様が対面の畳に静かに座った。
「うわぁ、すごいねリクト、山盛りご飯にアワビ、雉子焼き。教科書に載ってたやつだよね!」
カノが興奮気味に目を輝かせている。こいつ珍味に目がないからなぁ。
美味しそうなものを見る時はたぶんIQが二十は下がっているだろう。
折敷の上の食べ物に見入っている。
その様子に目の前のスイ様も苦笑いだ。
「見た目は古いが仮にもウケモチの姫が作った神の食事。味は保証するぞ」
スイ様がくっくっと笑いながら一つ一つ料理名を説明してくれる。
ウケモチ……オオゲツ姫とも伝わる穀物神だな。
そこまで考え、別の神話を思い出した。有名なイザナギのイザナミの黄泉での話だ。
たしか迎えに来たイザナギにたいしてイザナミは黄泉の食べ物を食べてしまったので帰れないと答えた。食事が一種の契約になったわけだ。となると……
そこまで考えた時、予想外の、あるいは予想できた事がおきた。
「スイ様、食べていいですか?」
「うむ、よいぞ。ただし……えっ?」
「いただき……ます!」
「ちょ、カノまっ……!」
カノがじっとみていた干しアワビに素早く箸を伸ばし、俺とスイ様が息を呑む間に食べてしまった。
「んーふー!」
多分かみ切れないんだろう。口を何度も動かしながら満面の笑みをこちらに向けてくる。
おいしいよお、リクトもたべなよ、か。
とりあえずカノの頭に手刀を落とした。
「不用意に出されたものを口にするな!」
「……リクトの言う通りだ。こちらの条件を呑んだのならば、と続けようとしたのだが……始まってしもうたのう」
「ッ!?」
額に手を当てたスイ様が言い終わると同時にカノの胸の前に光る杭が現れた。
あの避難所で見たものと同じものだ。
無駄と知りつつ突き飛ばそうと手を伸ばしたが、杭はキラリと光るとカノの胸に吸い込まれてしまった。
箸をもったままパタリと倒れるカノ。避難所で人々が昏倒したのと同じだ。
「……」
「……はぁ。今のは無かったことにして、順を追って話をしてもよいかのう」
「すみません、お願いします」
スイ様もだまし討ちするつもりはなかったのだろう。残念そうな顔をしてカノを一瞥し、ふたたびため息をついた。
俺は深く頭をさげた。
「まず、ここ高天原とお主等が住む現世では時の流れが違う。浦島太郎の話はしっておろう?」
「竜宮城より地上の方が時が進むのが早い、という話ですね」
「うむ、ここも同じだ。お主等が来たことによる揺らぎにもよるが、だいたい十分が一か月に相当すると思って欲しい」
おもわず目を見張る。予想以上に早かった。
「お主等も帰れば七百年が経っていた、などとはなりたくなかろう。こちらの都合もある。話は手短にすませるぞ」
「お願いします」
「まず、いまさらだが地球には我や天津国津の神、それに海の外の神もおる。皆が国を合わせ世界をまわしておったのだ。具体的には、神が地上の代行者として使徒を選び神の力を代行する権限と使命を与える。使徒はその通り動いて神にとって望ましい世界をつくっていったのだ」
スイ様が閉じた扇をクルクルと回してみせる。なるほど、ととりあえず頷いておく。
「だが国を合わせすぎた。世界がつながる際には少なからず争いが起きる。そのたびに大きな戦争を使徒達がしたお陰で、地球には神の力を発現する際に触媒とする、お主らの創作でいう所の魔素が活性を失っていった。つまり魔法が失われていったのだ」
悩ましげにスイ様が眉間に皺を寄せ、檜扇で口元を隠す。
良いけど、なんで俺達のラノベに詳しいんだ。
「それに伴い神も新たに人と契約し使徒とすることもできずじり貧の状態が続いた。そしてつい先頃、地球最後の使徒、魔法使いが死んだのだ」
地球最後の魔法使い。誰なのかちょっと気になるけど、もう死んだのなら会うこともないな。
そう考えていると、スイ様が檜扇を天井へとむけた。
「我らの住む高天原の上層には神界という神が共存する世界がある。地球だけではなく、国を持たぬ神や別世界の神も含めた全ての神が顔を合わせる場所だ。そこには統治機関として神議会(しんぎかい)というものがおかれておる」
別世界、やっぱりあるんだな。世界がつながるとかさっき言っていたけど、まだつながっていない世界もたくさんあるということか。
ここで、スイ様がむずかしい顔をして檜扇を肩にあてた。
「その神議会で、とうとう我ら地球を統治する神への罷免決議が採択されてしもうた。つまりクビだ。それにともない、新たな統治神候補として二十二の神が選ばれた。我が外神(トノカミ)と呼ぶのはそやつらのことだ」
「二十二……それって」
避難所の光景が頭に浮かぶ。
「うむ、お主等も前にも現れたであろう。神議会の人形とタロットカードが。二十二の神は統治権をめぐり、新たな使徒に神権を代行させ争わせる。あれは二十二の神による使徒選定の儀式であったのだ」
つまり代理戦争の駒の選定……選んだはずが実は選ばれていたのか。
そんなものは契約とはいえない、あまりに一方的だ。
「俺達の他にも選んでいない人はいるんですか?」
「それなりにはおるはずだ。神に振り向かれなんだ者やお主等のように強靱な精神力で誘惑から逃れたものがな。だが、その者らの未来は暗い」
「なぜです?」
なにかに耐えるように強く目をつぶるスイ様に問いかける。
「今の状況、神決執行において神の使徒とならなかった者は使徒により本能的に攻撃されるのだ。覚えがあろう」
「もしかして車に乗った人や魔物に追いかけられたことですか?」
「うむ。神界ではお主らの立場を”ニエ”と呼ぶ。それらは神の加護を持たぬため、容易に殺せるのだ」
「逆に言えば、加護をもつ使徒は容易に殺せない?」
「そうじゃ。契約の杭、さきほどカノの胸に吸い込まれた御柱もその一種だ。その成長具合で死にづらくなる」
なるほど、”契約の杭”か。カノの胸に吸い込まれたのがそれなら、スイ様は俺達を使徒にするために召喚したという事。で、そうする以上、地球の神もまだ統治権を保てる可能性が残されているはず。
「うむ、その顔は我がここに呼んだ理由を理解してくれたようじゃな」
「俺達に、地球の神の使徒、零番目の勢力として他の使徒と争えというわけですね」
目をキラリと光らせたスイ様がにっと不敵に笑い檜扇を打ち鳴らすとこちらに向けた。
これこそ見せ所とばかり、威光というのか、神様らしさをこれでもかと出してきた。
「然り。公平を期すため、外神がこれ以上新たに使徒を選定する事はない.。追い詰めるようで心苦しいが、ニエとして逃げ回るか、我らの使徒として生きるか、選ぶが良い!」
部屋に静寂が降りる。ほかほかと未だにさめることのないお椀の中のアサリの殻がカラリと鳴った。
「……という段取りだったのだがのう」
「この馬鹿がフライングして使徒になってしまったわけですね」
二人でため息をつき、同時に見たその先には寝こけたカノの姿がある。
時折足をピクッピクッと動かしている。良い夢でもみているんだろう。
「で、一応聞くが、お主はどうする?」
そんなものは決まり切っている。俺はカノの保護者だ。離れる事はない。
カノが戦うのに足手まといのニエのままでいて良いはずがない。
そういうわけで、俺は返事の代わりにあさりのはいった椀を手に取り、極上の香りのする潮汁に口を付けた。
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