第22話 ロズの正体
†
目を開くと、そこには意識を失う前と同じ姿勢のスイ様がいた。
背中に気配があったので振り向くと、そこには俺の身体を支えている水色の侍従の子がいた。
気付けをしてくれた、ということか。
「はぐっ……ハッ⁉」
振りかえれば桃色の侍従の子に気付けをされたカノがぼーっと虚空をながめていた。
「すまぬ。我らに余り時は残されておらぬのでな」
「かまいません。それで、使徒は何をすれば? 敵対する外神の使徒を殺してまわればいいんですか?」
時間がないのは確かだ。ここからは巻きで話をすすめよう。
と思って単刀直入に聞いたんだが、なんだか引かれている。
「う、うむ。良い覚悟だ。だが必ずしもそうする必要は無いぞ? 要は外神への信仰を辞めさせればよいのだ。少し手を伸ばして体内の杭をイメージして力を込めるがよい」
言われるままに手を左脇に伸ばして力を入れてみる。すると、そこに契約の杭が現れた。
「それを使徒に打ち込めば外神の杭が押し出される。後はニエとなったそやつらを神社に詣でさせよ。さすればそやつらは我らが勢力の使徒となる」
「どの神社でもいいんですか?」
「うむ、最初に詣でた祭神が氏神となる。ただ八百万の神にも戦いへの向き不向きがあるからのう。例えば経験を積めばそれに応じたいわゆるスキルが使えるのだが、戦いに向かぬ神のスキルは弱い。選べるのであればそのものらがのぞむ神社に詣でさせるのがよかろう」
え、属する神によって強さが決まる?
驚いているとスイ様が凍てつくような目つきでフッと笑った。
「お主いま我を弱いと思ったのだろう?」
ちょっとゾクッとした。
いやいや、思ってない。鹿島香取の神様の事が頭に浮かんだけど、さすがに神世七代の神様が弱いとは思っていない。
「確かに我はタヂカラオやタケミカヅチの様な特化した力はないが、こと防御には長けておる。お主が魔物や使徒を打ち倒し魔石や杭を砕き取り込んでゆけば比類無き守り手になる事だろう」
なんか何をいっても駄目な気がしたからひたすら頭を下げていると、かかっていた圧がフッとゆるんだ。
「それに、我の力はそれだけではない、見るが良い」
スイ様が檜扇で俺の後ろを指す、と同時に光が部屋を明るく照らした。
振り向くと、空中に浮かぶ玉が光っていた。
確かあそこにはロズが浮かんでいたはず。
光は大きくなり、座っている俺より大きくなり、爆ぜた。
おもわず目をつぶり、ゆっくりと眩む目を開いていくと、そこには中学生ほどのあどけない少女が文字通り浮かんでいた。
背中まである淡い緑の髪はトルコ石の様に涼やかで、きめ細やかな肌の小作りな顔に映える瞳は深い瑠璃色をしている。
薄い瞼は眠たげに半ばまで閉じているが、それさえ長いまつげに縁取られ、あどけなくも人から外れた美しさをたたえている。
細長い四肢を揺蕩いながら包むのは半ばまで薄く透けた衣、いわゆる天女のそれだ。
「え、ロズなの⁉」
「……うん」
光で我に返ったのか、カノが驚いた声を上げると、少女が鈴が転がるような声で答える。
予想外に変わったロズにしばしあっけにとられる。
ロズはこちらの驚きに構うことなくふわりと回りこんでスイ様の隣に座った。
「ヨロズサビクサリは我の眷属。力を失っている今はまともに顕現できるのはこの子くらいだがな。ああ、そういえばこの子の名はアヤだ。よろしく頼むぞ」
愛おしげになでるスイ様の手をロズ、もといアヤが気持ちよさそうに受け入れている。
うん、俺も今の姿をスライムの名前で呼ぶのは気が引けるし、アヤ呼びに切り替えよう。
「よろしくね、アヤ」
「……よろしく」
カノに向かってうなずくアヤを見て思った疑問を口にする。
「ん? 今の流れ、もしかしてアヤを現世につれていけという事ですか?」
「そうだ。すでにアヤの分解能力は知っているだろう、あれはそもそも何だと思う?」
「何って……?」
唐突に投げかけられた問いに戸惑っていると、いつの間にか隣にいた侍従の子が高台を持ってきてスイ様の前に置いた。まっ赤な錆びのような塊だ。
「これが活性を失った魔素だ。アヤ、やってみせよ」
「……ん」
アヤが上を見あげると、その視線の先にちょうどロズのような水の塊が生まれた。
視線を下ろすと、水は高台の上に下り、魔素の塊を包む。
「あ、銀色になった……!」
水が消えると、高台の上には錆びのような塊ではなく銀色に鈍く光る真珠のような玉が乗っていた。
「これは一般的なスライムが全て持っている能力だ」
魔素を活性化させる能力をスライム全てが持っている?
「もしかして、現世のスライムは、魔物じゃないんですか?」
「その通り。スライムは地球を再生させるために二十二神とは別の神が用意した魔素の賦活体だ。活性を取り戻した魔素を蓄えたスライムは魔物に捕食される。魔物はより強い魔物に捕食される。強い魔物が多く魔素を持っているのはそういう訳だ。そしてアヤはその上位存在で彼らを従える事ができる。どうだ、すごいだろう。アヤの力を持ってすれば魔物と戦う事無く魔石を回収し強くなることができるぞ」
なるほど、それは破格の能力だ。
それにしても魔物が強くなる仕組みは生体濃縮なのか。現世に現れた魔物はそうして強くなっていくんだな。
あれ、となると……
「もしかして、こうしている間にも現世の魔物ってどんどん強くなっているという事では?」
俺の質問にスイ様がハッとした顔をした。
いやいや、気付いてなかったのかよ。
「いかんな、久方ぶりの対話に思わず気がゆるんでいたようだ。これ、紙を持って参れ」
桃色の侍従の子が差し出した巻物をパッと広げ、スイ様がなにやら睨み始めた。
視線を上下に動かし、何かを読んでいる様にも見える。
「ふう……よし」
しばしの後、顔を上げたスイ様が巻物を手元でくるくるとまいていく。
「後の事はここに念写しておいた。少し現れるのに時間はかかるが、心配するな。あと巻物を使えば時間はかかるがやり取りもできる」
どういう意味……まあそれも巻物に書いてあるか。
失敗を取り繕うような半笑いで差し出された巻物を微妙な顔で受け取る。
最後の最後でぐだぐだになったな。
「ではお送りしますのでこちらへ」
水色の侍従が出口を指し示す。じゃあ、魔物や使徒が強くなって手遅れになる前に帰るか。
「あ、ちょっとまってリクト!」
ハッとした顔でカノが呼び止めてきた。
「なんだ、何か聞いとくことがあったか?」
カノが慌ててポケットから出したのは、スマホだった。
「スイ様、私のスマホにもマジックボックス機能ください!」
おねがいします、と両手で差し出されるスマホ。
「う、うむ? そうだな」
気圧されながらもスイ様が片手を差し出すと、一拍、ポウとスマホが光に包まれた。
「これでいい。が、向こうに行っても出来た事だぞ?」
「それじゃ遅いんです。だって食べ損ねたご飯を持ちかえりたいじゃないですか!」
カッと目を見開いて言ってのけたカノが改造されたスマホを操作して折敷の上の食べ物をカメラに収めはじめた。
「……まあ、喜んでくれて、なによりだ。向こうでゆっくりあじわうといい」
どこか疲れたようなスイ様を残し、俺達は館をあとにした。
カノ、現世にも戒律の神様はいるらしいぞ。暴食の罪で目を付けられるなよ?
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