第27話 戦いの準備
「しかたないね、一緒に倒そうか」
ため息をつきながら、さも当然とでも言うかのようにカノが言ってきた。
いや、倒せるかどうかもまだわからないんだが。
が、カノの言葉は次の御先神様の言葉で否定された。
『いや、加勢は許されぬ。戦うのは目を付けられたリクトのみじゃ。荒魂が求めるのは贄として自らが定めた人間。戦いは一種の呪いの攻防じゃ。余人は影響をおよぼせぬ』
「なんで⁉ それって黙ってみてるしかないって事?」
『こればかりは仕方ない、あきらめよ』
かみつくカノに対し、御先神様は静かに、だが決然と首を振る。
呪いの攻防、つまる所、荒魂に生け贄認定された俺のみが荒魂に攻撃できるという事だろう。
ならやはり、これは俺が一人でやらなければならないことだ。
『して、リクトは武器はもっておろう?』
「とりあえず、これでいいか?」
手をかざしマシェットを取り出して見せる。
それを見た御先神様が露骨に肩を落とした。鳥なのに。
動作でここまで感情がわかる鳥というのもめずらしいだろう。
『魔物相手であればそれでも良いが、相手は神霊。日本刀、欲をいえば神職の打った日本刀はないのか?』
なかなか無茶を言ってくれる。刀鍛治で神職だなんてそんな人物なんているのか?
いたとしてもそんな人の打った刀なんて……
「あ、あった」
「あるのかよ」
となりで地面を見つめてストレージの中を確認していたカノのつぶやきに思わず突っ込む。
「はい、これで良い?」
カノが抜いて見せた刀の地鉄を見て、御先神様は満足そうに頷いた。
『うむ、上々。これならば荒魂を調伏することができよう』
刀は輪反りの大太刀でカノの肩くらいまである。俺で言えばだいたい胸元、いわゆる乳切木や杖のサイズだ。
カノから大太刀を受け取り抜き放つと、深く澄んだ地鉄に直刃の波紋が映える。
鋒が長大で全体に大ぶりな造りから慶長新刀かも知れない。
歴史的にも貴重な品だ。
「こいつを折ったらじいちゃんに申し訳が立たないな」
「命がかかってるのにそんな事言ってるばあいじゃないでしょ!」
鞘をうけとったカノが半ば本気な様子で怒ってきたので素直に謝った。冗談めかしたつもりでもそうはいかなかったらしい。
『折れる事はないから安心するが良い。神霊切りは物を斬るのとは違う。自らの神の加護をもって相手を調伏せしめるのじゃ』
「それって具体的にはどうすれば?」
『あの御方の杭を出す事はできるな? それを刀に宿せ』
言われるままに契約の杭を出し、それに沿わせるように刀を握ると、刀が杭を吸い込み、杭と同じ光を放ち始めた。
なるほど、神の加護である杭と一体化したことで刀が神を倒す力を宿したのか。
「これで戦って相手を斬れば良いのか?」
『うむ。魂が馴染めば完全に七代の御方の力を代行できるであろうが、今は現実的ではない。刀という依り代の能力を高めひたすら切り刻め。相手に杭を叩き込めば調伏完了となる。荒魂といっても衰弱した身、剣も顕現できぬ徒手の身じゃ。勝算はある』
「勝算ね。荒魂の戦闘力はゴブリンの何倍になるんだ?」
俺の言葉に御先神様はせわしなく動く首がピタリと止め、じっとこちらを見た。
『……お主はアリとスズメバチを比較できるのか?』
御先神様の容赦ない言葉にゆっくりとため息をつく。ほんとに、なんでこんなことになったのか。
声をかけただけでのろいがかかるってどんなトラップだよ。
荒魂がどれほど強いのか、自分の技が通じるのか、不安が胸にこみ上げてくる。
「……」
気付けばとなりでカノが鞘を抱いて不安げなまなざしでこちらを見あげていた。
いつものやかましさは鳴りを潜め、たよりなげな表情をしている。
この表情は昔と変わらないな。
苦笑した俺は一転、カノの顔をみすえ、大真面目な顔をしてみせた。
「知っているか? オニヤンマはスズメバチを食ってるんだぞ。そして俺はオニヤンマを斬れる男だ」
奴がスズメバチならオニヤンマを斬れる俺は奴より強い。
しばらく無言で見つめ合っていたが、こらえきれなくなったカノが吹き出す。
「っぷっ、なにそのめちゃくちゃな理屈。蜻蛉を斬ったのだって子供のころに起きた偶然じゃない」
眉をハの字にして笑うカノの様子に俺も口元をニッとつり上げた。
中学生の頃、蚊を追いかけてきたオニヤンマが真剣の素振りの軌道に偶然入ってきた。
蜻蛉切りだ! などと二人で喜んでいたが、もちろん狙ってやった事ではないので剣の技量とは関係ない。
そして今蜻蛉が斬れたところで荒魂を斬れるという保証もない。
それでも出来ると考える。無理矢理に因果関係を結び、強引に結論づける。
信じるというのは結局そういうものだ。
けれど、論理的なものが真実とは限らない。論理的な噓もたくさんあるからだ。
けれど、それならば、非論理的な真実があってもいいと思う。
それが大事な人の心を晴らすなら、あってもいいと思う。
「ふう……ま、結構あっさり倒せちゃうかもしれないよね」
「そういう事だ。やる前から結論を考えても仕方ない」
「よし、じゃあ、行ってきなさい!」
カノの顔にもう不安の色は無い。俺は満足して肩に担いだ大太刀を握り直した。
「それじゃ悪神退治といくか」
社殿の方角を向き、手元の得物を一振りした。
社殿の方角の桜の木立の間から青白い人影がふらりと現れた。
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