第8話 襲撃を受ける
「それじゃ、送ってくれてありがとね」
「おう、ちゃんと風呂入れよ」
車の中から振袖姿のカノが古民家と言っていい母屋へと入っていくのを確認し、再びエンジンをかける。
帰り際、車のライトが白壁の土蔵を照らした。
「そういえばしばらく木刀を握ってないな」
死んだカノのじいちゃんは武術家で、俺とカノもじいちゃんに鍛えられた。
末流の田舎剣法だと言っていた割に指導は厳しかった。
多分俺を後継者にしたかったのだろう。
そんなわけで多少なりとも腕に覚えはある。
たとえゴブリンが襲ってきても負けることはないだろう。
などと考えていたからだろうか。
「……センサーが反応している?」
自宅が見えたあたりで違和感に気づく。
庭に設置していた防犯用の人感センサーが反応してLEDライトがついていた。
「正月から物騒だな……」
道に車を停め、助手席のベストを着込み、席の下からナイフとマシェットを取り出し外にでた。
マシェットを片手に、開きっぱなしの門を抜けてゆっくりと庭を目指す。
すると、何か話し合うような声が聞こえてきた。
(厄介だな、賊は複数か)
警察署での出稽古で逮捕術も教わっているけれど、本気の一対多数は危険だと散々教え込まれた。
防具のない背中でも容赦なく撃ち込んでくるのだ。警官はやっぱり怖い。
それはともかくとして、とりあえず現状確認だ。
壁の影からに庭の影をみると、LEDライトの元、二体の人型がこちらに半ば背を向け、玉砂利の上のスライムから出た玉を口に詰め込んでいた。
小学生くらいの猫背、髪のない頭に尖った耳、膨れた腹と細い手足。病的な白い肌に翠色の静脈らしい血管が浮いている。
いわゆるゴブリンで間違いないだろう。
相手に聞こえないようにゆっくりとため息をつく。
気取られないためだが、そうでなければ興奮のあまり叫んでいただろう。
スライムに続きファンタジーのモンスター二種類目。
ここまでくればもう疑うことはない。
日本は今まさに異世界に侵食されつつある。
圧倒的な未知だ。誰よりも早く真実に辿り着きたい。
「と、まずい、あいつらスライムを狙ってるのか」
ゴブリンの一体がスライムの入った水槽に手をかけている。
ここでスライムを失う訳にはいかない。
少し後ろに下がりマシェットで壁をゴリゴリと引っ掻く。
直後、おしゃべりがやみ空気が緊迫した。
ゆっくりと玉砂利を踏み締める音が近づいてくる。
足音は一匹分。うまく一匹だけ誘い出せたようだ。
このまま角を曲がってきたらマシェットで首を狙う。
残った一匹は即座に切り捨てれば他に仲間がいても問題ないだろう。
一歩……あと一歩
ーーブンッ!
さっきまで俺がいた場所に向けて、壁ごしに棍棒が振るわれ、地面に当たった。
直後、ゴブリンがその身を踊らせて視界に飛び込んでくる。
流石に不意打ちくらいは警戒していたらしくゴブリンは先手を打ってきた。
が、それはこちらも読んでいる。
敵が下から棍棒をすくいあげるより速く、マシェットで首を斜めに叩き切った。
骨まで断ち切ったので首がくたりと変な方向に曲がっている。
猪の枝肉で試し切りなどはしたことがあるけど、生きた動物を斬るのは初めてだ。
息をついている暇はない。
庭に飛び出てうろたえたもう一匹のゴブリンに素早く駆け寄り、武器をとる間を与えず相手の心臓を貫いた。
止めていた息を吐き、新鮮な空気を吸い込む。
続けて思考。他に敵はいない。ゴブリンは生身でも倒せる。力の強さは小学生の剣道少年くらい。フェイントなどを使うし、もし刃物で突き刺してくれば油断はできないだろう。
「さて、ここで魔石を取りたいところだけど……」
どこにあるのか。大きさとか部位とか、わかりやすいといいんだが。
毎回血まみれになりながらビー玉程度の魔石を探す、なんてしたくない。
そこまで考えていいことを思いついた。
「スライムに食わせてみるか」
昼間の実験でミミズは死体になってから分解されていたと推察できる。スライムは本来はスカベンジャーのように死体処理をする生態なのだろう。
となれば魔物の死体も分解するはずだ。
問題は魔石まで分解しないかということだけど、試しに一体だけ入れてみればいい。
そこで何も残らなければあきらめてもう一体を解剖しよう。
二体目の死体を一体水槽に沈めたところで一息ついて一つ一つ疑問を列挙する。
ゴブリンはスライムが出した鉄の玉まで食べていたが、スライムに放り込んだのはほぼ食べ物じゃない。
鉄まで丸呑みするなんて魔物の食性はどうなっているのか。
それに魔物のわく早さはどれくらいか、一気に強い魔物が出てくるのか、状況により対応が変わってくる。
思考をめぐらせていると、唐突にスマホが震えた。
「夜中には鳴らないようにしているはずなのに……『初回討伐達成報酬』?」
瞬間、血の気が引いた。
「待て、モンスターがここだけにいるとは限らない」
未知を前に頭がいっぱいになっていた。
真っ先に駆けつけるべき所があるだろう!
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