第7話 幼馴染みの来訪

ーーキンコーンーー

 どうやって魔物を見つけるか色々と頭をひねっていると、来客を告げるチャイムの音が響いた。

 ああ、もう東京から戻ってきたのか。

 魔物の件は少し保留だ。

 庭から玄関へと回り込むと、ドアの前に白を基調にした振袖姿の女が綺麗にセットされたパーティ仕様にアップされた黒髪を揺らしながら立っていた。

「んー? 車はあるのに返事がない。さてはお取り込み中ですね?」

 さも嬉しそうに喉をくっくと鳴らした奴が、その白魚のような指をインターフォンのボタンの前に構える。

「おい」

「ひぁぁぁ! 指が! グキって逝ったぁ!」

 今まさにインターフォンに追い打ち連打をかける所だった振袖姿に後ろから声をかけると、犯人が叫びながら右手の人差し指を掲げのたうつ。振り袖が冬空に舞い、非常に晴れがましい。

「カノ、子供じゃ有るまいし連打はやめろといっただろう」

「だからって後ろから脅かすことないでしょ! 見て、幼馴染の可愛い指が大変なことに!」

 涙目でカノが指を差し出してくるが、当然痛めたばかりの指に異常が見られるはずもなく。

「とりあえず中に入ってあったまれ。駅から直接うちにきたんだろ?」

 ため息をつきつつドアの鍵を開ける。

 こいつの名前は結城カノ。いわゆる幼馴染みだ。

 たった今自分で証明したように、外見に似合わずやかましい所がある。

 カノは今日、勤め先である丸の内の本社で年始会をしていた。

 今はまだ日も落ちていない。遅くなるかもと連絡していたわりにはお早いお帰りだ。

 ドアを開けてやると、カノはお邪魔しまーすと言いながらさっさと慣れた所作で家に上がり込んだ。

 カノとは俺が子供の頃に引っ越してきて以来の付き合いなのでお互いに遠慮というものはない。

「うわさむ! エアコンもつけないで何してたの?」

 和室に入りさむい、さむいーと言いながらこたつに滑り込むカノを見ながらエアコンとこたつのスイッチをいれた。

「ちょっとな。防災セットをチェックして足りないものを補充してた」

「あー、車に積み込まれていたあれだね」

 途中で車の中身を見たのだろう、カノはなんでもない顔でみかんを剥き始めた。

 カノは俺がこの街にきた時の事情も、それが理由で防災に敏感で今回に限らず定期的に物や避難ルートを確認していることも知っている。

 というのも、俺と母はこの街に来た時、地域の顔役だったカノのじいちゃんばあちゃんにかなり世話になったからだ。

 カノと俺が仲良くなるのは必然で、付き合いは二人と俺の母親が亡くなっても続いている。

 そろって天涯孤独。ある意味お互いが唯一の家族だ。

「それにしても多すぎ。補給なしで九州にまでいくつもり?」

「まあな。今度は車で避難する事を想定してみた」

「愛の逃避行かー。んふふ、それもいいですねぇ」

「守るのは命であって愛じゃないんだがな」

 魔物から逃げる、なんて言うにはまだ確証はない。

 以外とそういう話が大好きなカノなら魔物を見つけたといえば飛び跳ねて喜ぶだろうけど、教えるのはもう少し先にしておく。

 カノは酔っ払いらしく、化粧映えのする派手目な顔をふにゃりと崩し、頭を揺らしながらこたつのミカンに手を伸ばして食べ始めた。

 他人の金で高い酒と珍味を口にできて上機嫌のようだ。

「それよりそっちの年始会はどうだったんだ? 予定よりだいぶ早いじゃないか」

「あー、その後に同期の新年会もあったんだけど、社内の年始会でお腹いっぱいになったから帰ってきたよ」

 良いものをたくさん食べてきたにも関わらずカノは顔をしかめてみかんを口に放り込んだ。

「相変わらず大変みたいだな」

 口直しに甘いものが欲しい所だろう。

 残っている栗きんとんを持ってきてやるか。

 作ったのはカノだけど。

 ダイニングに行って手早くお茶の用意をする。

 ぶっちゃけた話、カノはモテる。

 生まれついての容姿に入社二年目という若さも加わり、週末は社内外問わず食事に誘われるらしい。

 和服をきてもなおわかるスタイルの良さ、華やかでありながら楚々、二つの美を兼ね備えた顔立ちは今日の年始会でもさぞ人目を引いただろう。

「うんー、こっちが招待したハイクラスなおじさま達がギラギラしながらきたよ。お給料分くらいは働いたけど、最後の方はあんまりグイグイ来られて美味しいものが食べられなくなったからおじいちゃん達に守ってもらっちゃった」

 和室から聞こえる声にあいづちを打ちながら小鉢にきんとんを盛り付ける。

 ここで言うおじいちゃん達とは会社の役員達のことだ。

 美人と可愛いの間にある面立ちと、ある意味小生意気な物おじしない性格で、入社式で気に入られて以来カノは役員達のお気に入りになっているとのこと。秘書室への移動も計画されているらしい。

 銀座や六本木で遊びまわるような身分のビジネスマンでも、さすがに役員に守られては手を出せなかっただろう。

「相変わらずのじじたらしだな。しかしお前婚活しているんだろ? 外見だけでも好みな男はいたんじゃないか?」

 お茶をすすりため息をつきつつ聞いてみる。

 それを聞いたカノはしばらく胡乱な目でこちらを見て首を傾げていた。髪飾りがゆらゆらと揺れている。

「こんかつぅ……? ああ、婚活ね! してるしてる! でも今日のメンツにはピンとこなかったかな! 大体ほとんど役職付きのおじさんだったし!」

 急に早口で慌て始めた。こたつの上で手が落ち着きなく動く。なんだというんだ。

 自分で堂々と宣言したのにもしかして忘れていたのか? 週末は毎回のように終電で帰ってくるくせに。

 かろうじて平静を装っているけど、内心はモヤモヤしてしまう。

「あんまりフラフラするなよ。俺はばあちゃんにお前の事を頼まれたんだからな」

 カノ用に置いてある湯呑みにお茶を入れながらちょっと真面目な声で釘を刺す。

 途端に、猫の瞳のようにカノの瞼が細まった。

「え、なにもしかして妬いてるー?」

 長いまつ毛に縁取られたまぶたをおろした上目遣い。

 形の良い唇を少し突き出しながらするこの猫のような笑みは俺を弄ぶ時にするものだ。

「……馬鹿言ってんじゃない」

 ばあちゃんに頼まれたのは本当だ。

 家族のように面倒を見てくれたばあちゃんに病院で手を握られてカノを幸せにしてくれと頼まれた時は一切のためらいもなく約束した。

 ばあちゃんの言葉が俺にカノと結婚して欲しいという意味だったということは話の流れから当然わかっていた。

 ……けどなぁばあちゃん、そういうんじゃないんだよ。

 カノのことは異性として好きだ。

 高校でも、大学でも、社会人になっても、誰かを本気で好きになったことはなかった。俺の頭の、異性を意識する部分はとっくにカノで埋まっていたから。

 でも、ばあちゃんの葬式を終えてカノの家で休んでいた時ふと気がついた。

 ばあちゃんの願いを盾にカノに迫るのは卑怯なんじゃないかと。

 何日も思い悩んだ結果、俺はそれまで通りカノに接するようにした。

 カノの幸せはカノ自身が見つけて欲しい。

 カノに残された唯一の家族としての俺の願いだった。

 それが正解だったのか卑怯な逃げだったのかはいまだにわからない。

 去年になりカノが仕事に慣れてきた頃、何かの拍子に突然婚活を始めると言いだした。

 いつかカノから告白されるのでは、と心のどこかで甘く考えていた自分にとってその言葉はまさに冷や水だった。

 笑顔でへぇ、とだけ返した自分を褒めてやりたい。

 あそこで取り乱していれば今こうして同じこたつに入れていなかっただろう。

 結局、俺はカノにとって子供の頃からの家族なのだ。

 そう自分に言い聞かせ、今も家族らしく振る舞っている。

 ……だというのに、だ。

「妬いているならそういえば良いのにー。大丈夫、どれだけ男を見る目を磨いても、一番はリクトだよ」

 自分で作った栗きんとんを食べながら、満面の笑みを浮かべるカノ。

 こいつは人の気も知らずにこういう事を言ってからかってくる。

 正直言ってわけがわからない。

「そりゃどうも、まだまだ目を磨く必要がありそうだな」

 心の中でどこかほっとしつつ皮肉を言ってやると、なぜかため息をついたカノが恨めしそうにこちらを見ていた。

「……そうだねー。私の婚活はまだまだ先が長そうだわ」

 わけがわからない。いつもこいつは俺を翻弄してくる。

 本当になんだというんだ。 

 消化不良の胃の中を紛らわすように、大ぶりの栗をスプーンで口に運んだ。

 うん、うまい。カノが作るきんとんは美味い。

 カノもこの甘さくらいわかりやすければいいんだが。




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【あとがき】


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