スマホの鑑定アプリでキノコを見ていたら『スライム』が見つかった。いつから日本のジャンルはファンタジーになったのだろうか?

空館ソウ

第1話 プロローグ

 雨を孕んだ雲が立ちこめる空の下、黒い幌つきトラックが縦列をなして見晴らしのよい未舗装の広場に停車する。

 大小のコンクリートの破片にタイヤを取られながら停車したトラックから武装した者達が飛び降りてきた。統制の取れたその動きは軍隊を思わせる。

 が、彼らの年齢、性別に統一性はない。それどころか装備すら違う。

 陸上自衛隊装備、警察機動隊装備。それだけではない。ライダースーツのようなSF的な装備。さらに奇妙なのは前近代的な鎧甲冑、映画でしか見ないような革鎧といった出で立ちのものもいる。しかも彼らの武器は防具に揃えたかのような刀槍だ。およそ物の役に立つととは思えない。


——ただし、それは相手が人間ならばの話。

 突如魔物と呼ぶ新種の生物が湧きだし文明を滅ぼそうとしている未曾有の災厄、『幻想禍』においては刀槍といった前近代的な武器が威力を発揮していた。

 戦闘力をもつ民間人で構成された民間自衛組織(プライベートディフェンシブフォース)、略称PDFはそれらを駆使して日夜魔物狩りを行っていた。


「車両は待機地点まで撤退して待機。PDF各スクワッドは残存構造物を遮蔽として漸進。各々魔物の斥候、尖兵を制圧しつつ目標『街喰らい』到達を目指せ!」


 装甲車から半身をさらした現場指揮官らしき男の大声に五、六名単位の集団が散発的にビルのがれきへと向かっていった。

 ほどなくして聞こえる発砲音と爆発音、そして——あきらかに人ではない何者かの咆哮。


「さて、これで俺達の仕事は終わり。後は奴等のお迎えまでは後方待機だ」


 指揮官の自嘲に装甲車の隣にいた重甲冑装備の若者が見る。が、その目は剣呑な物ではなく、多分に同情を含んだものだった。


「そう腐らないで下さい。多くの民間人がこの幻想禍の初期に生き残れたのは我々の尽力によるものと考えています。それに、ダンジョンで活動しているPDFに市街戦のノウハウはありません。今回の作戦でも各スクワッドに自衛官が一名ずつついて指揮をとっているから成立しているんですよ」


「次倒すのはこいつですって教えるのが指揮だというのならそうだろうな。今では三点バーストで死んでくれるのはゴブリンくらいのもんだ」


 鼻で笑う指揮官に若者は内心辟易していたが、それでも上官を慰撫するため若者は口を開いた。


「今回の突撃が失敗なら、次は我々主導の作戦が実行されます。修復された地対空ミサイルでの一斉攻撃でPDFの鼻をあかせてやりましょう」


 幻想禍の過程で自衛隊の大規模火力はその威力を発揮する前に大型魔物による基地蹂躙で破壊されていた。今回使われるのはかろうじてその機能を保っていた貴重な地対空ミサイルである。


「そうだな。やってやろう。各PDFが逃げ帰って虎の子のミサイルも効かないとなれば、立川の避難所はあの街喰らいに呑み込まれ、甚大な被害がでる。民間人を守る自衛隊として、負けるわけにはいかない」


 そういって指揮官が空を見あげる。若者もおなじように見あげた。

 その先にあるのは山、としか言いようのない、蠢動するなにかだった。

 体高数十メートル、体幅百メートル体長はキロは超えているなにかは地球上のどの生物にも似ていない。

 街喰らい。それが幻想禍最初期にあらゆる都市を蚕食して壊滅させ、混乱で機能不全に陥っていた国家にとどめを刺した化け物につけられた名前だ。

 再び現れた街喰らいを止めるのがここ立川の自衛隊と探索者の使命だった。

 しかし現実は無情にも悪化していく。


——パッ


 指揮官が欄干をギシリと握りしめた時、目の前の空に唐突に光る球が現れ落ちていった。撤退を意味する信号弾だ。

 それが合図であったかのように、次ぎ次ぎと同じ光が方々で上がった。


「駄目だったか」


 指揮官が手すりを握りしめてうめいた。


「街喰らいからあふれた魔物の量が予想より多かったのでしょう。これで後がなくなりました」


 複雑な表情で光を見つめる指揮官と若者が見あげる最後の信号弾が燃え尽きた時、不吉なサイレンが大音量で鳴り出した。

 PDFと自衛隊の混成部隊に退避を促す警報音だ。


「始まるか」


 数分ほど鳴った後、唐突にサイレンが止まった。

 反動で周囲は静けさに包まれる。遠くで未だ発砲音が鳴っているのは追撃してきた魔物への牽制だろう。

 大気に不安と焦燥が充満していく。

 自衛隊が、探索者が、非戦闘員の市民が。

 一心に街喰らいの死を望んでいた。


 そして時は訪れる。

 街喰らいの側面、もっとも回避が難しい中央部めがけて、ミサイルの炎が空を奔る。

 直後巨大な火球が生まれると共に爆轟の響きが指揮官らの耳を襲った。


「貫けぇ!」


 爆轟の残響を引き継ぐように指揮官の無意識の激が飛ぶ。

 街喰らいの装甲を破壊したせいか、巨大な噴煙の塊が街喰らいを覆っている。

 成果を確認しようと、指揮官の目が皿のように大きくなり、瞬間いぶかしげにすがめられる。

 直後、その目は最大限に見開かれた。


「なん、だと……」


 そこには装甲をいくらか破壊されつつも無事に蠢動している街喰らいの姿があった。


「SAMの斉射にも耐えるだと! どうなってやがる畜生が!」


 声の限り叫んだ指揮官だったが、言葉の終わりは弱々しかった。

 どんな殻してやがんだよぉ、と最後に呟き、手すりにもたれてしまった。

 気丈にも指揮官を励ましていた若者もそれは同じ。 

 地面に尻餅をつき天を仰いでいた。


「あれが……街喰らい……」


 万策尽きた立川の全勢力が絶望に打ちひしがれた。


 ただ、一つの勢力をのぞいては。




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【あとがき】


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